第12話 彼女はスキップしていた②

 眠るのはあまり好きじゃない。両親の夢を見るから。両親の夢なんて見たくないのに、あの頃に戻ったような気がして起きた後で安堵する。良かった。もう両親はここにはいないって安堵する。

 法律上はまだ血のつながらない父がいるけれど、父はもうぼくの事など忘れているだろう。

 ぼくの今の体は正確には両親から貰ったものじゃない。似て非なる体だ。ぼくは三回体をロストしている。一回物理的に肉体を無くしている。今のこの体はイミナの両親が天使ポイントを払って作ってくれた体だ。

 起き上がってリザを認識する。リザはぼくを抱えながらカードで映像を見ていた。

「あら? 起こしたかしら?」

「ううん。少し……」

 嫌な夢を見ただけ。そう言おうとして、安眠を促す彼女にそう告げるのは悪い気がした。

 起き上がりロフトを下りて台所へ。コップに水を入れて飲む。

 部屋の空気が変わった。静けさに重みが加わるように痛い。お姫が帰って来た。インタホーンが鳴る。何度も鳴る。部屋の電気が点滅を繰り返しはじめた。ドアノブが何度も回される。とにかくうるさい。ドアを何度も叩く音。部屋の中が揺れている錯覚すら覚える。

 部屋中に血の手形が現れる。バンバンとうるさい手形がつく。

「ねぇ? 何か変よ? 何かあった?」

 異変に気付いたリザも動揺するようにロフトを下りて来た。

「ごめん。ちょっと面倒ごと。ロフトにいたほうがいいよ」

「面倒ごとね。借金があるとか?」

「違う」

 急に静かになった。

 お姫はカースドウェポンだ。

 人が魂を持つように物が魂を持つこともある。魂とは少し違うのだけれど、ぼくは勝手にヌースの領域と呼んでいる。根源と言ったらいいのか、そう言う意味では魂もヌースだ。

 カースドマテリアル。異物とか呪物とか呼ばれている。

 【お守りお姫】。その短刀には命を絶った古の姫の意思を模したようなものが宿っている。

 ゆらゆらと朧げな陰影が廊下を歩いて来る。傍で実体化した女性はぼくを押し倒しまたがって来た。

「痴情のもつれ? あたし場違いかしら。部屋を出た方がいいかしら?」

「そういうわけじゃないけれど」

 乱れた着物、赤い目、長い黒髪が揺れて、馬乗り。瞬きすらせず大きく開いた赤い目でぼくを見下ろしていた。人とは違う。右手に持った短刀が振り下ろされて、顔の横を穿った。刺された短刀は何度も捻るように動かされて、顔が近づいてきてねめつけるように見下ろされる。怒っている。

 手を伸ばしてお姫を抱きしめる。胸に抱きしめて何度も頭に唇を押し付ける。

「ごめん」

 謝る。触れた感触が無い。お姫に実体は無い。映像にヌースで皮を作っただけの存在。

 お姫は喋らない。体も何処か人とは異なる。人ではないからだ。

 カースドウェポンはぼくにとって大事なもの。

 それはお姫を好きだから、とかそういう理由じゃない。

 ぼくが戦うのにお姫が必要だからだ。

 ぼくはパーティを組めなかった。組んでもらえなかった。性質が盗賊だからだ。このスキル構成ではパーティ戦において斥候ぐらいの役割しか果たせない。ダンジョンに人が開けるような宝箱は無い。斥候なら技術さえあれば盗賊でなくてもできる。基本パーティは三人か四人だ。前衛が二人、後衛が一人ぐらいでちょうどいい。荷物持ちぐらいなら盗賊でもできるかもしれない。ただ単純に荷物を持つだけならば盗賊でなくても誰でも良い。戦士の方が力持ちだしね。

 解錠技術なら鍵屋をした方がよっぽど世間の役に立てる。

 ただその解錠技術のほとんどが犯罪に使われてしまっている。空き巣や強盗。盗賊にかかれば家に侵入して金庫を解錠し中身を奪って出て来るのに五分もいらない。

 それに実際盗賊によるトレジャーハンティングと言う名の盗掘は行われている。盗掘はグレーゾーンだ。

 窃盗や強盗はこの街において重い罪だ。

 性質が盗賊であることは周りの人間に示さなければならない。機関への登録もある。カードを見れば盗賊であることが一目でわかる。


 ぼくには戦う技術が無かった。

 どうやって戦えばいいのかわからなかった。戦闘センスというものがなかった。学校では柔道や空手の技術を先生が教えてくれる。でもぼくは年下にすら勝てなかった。ぼくに勝った女の子が初めて勝ったと言ったほどだ。空手もそう。相手の間合いに入るのが苦手だ。カウンターしかできない。攻めるのが苦手だ。カウンターすら苦手だ。

 体が小さい。リーチが短い。

 この先どうやって生きて行こうか途方にくれていた。

 ダンジョンへ挑むさなか体が壊れた。穴だらけだ。幸い天使に回収されてポイントの前借と言う形で事なきを得た。それが三度ほど続いた。

 それでもぼくにはダンジョンに挑む以外に生きる方法が思いつかなかった。頭が良くなかった。

 三度目に体が壊れた時、そのさなかで、ぼくは闘気法に出会った。

 正式名称は無い。闘気法と勝手に呼んでいるだけで他に呼び名があるのかもしれない。

 性質に頼らない。性質外の戦闘方法だ。

 盗賊が戦闘するに当たり一番のネックは決め手が無い事だった。とどめの一撃がない。重い一撃が無く戦闘時間が長い。銃に頼らざるを得ず、しかし銃には補正が無いので腕次第だし弾代もかかる。

 闘気法はその問題を解決してくれた。

 人の体は物理的に損傷すると動かなくなる。でも死ぬわけじゃない。

 まだライフキャパシティが残っている。このキャパシティが残っているとゴーストとしてキャパシティが無くなるまでは存在できる。このキャパシティすら失うと死だ。それは完全なる死で二度と蘇ることができない。自分が自分であるという証明のロストを意味している。

 文字通り二度とだ。

 ゴーストの状態は危険だ。人は脳に記憶や自我を持っている。だから脳を失うと自我や記憶が薄れていき次第に何もできなくなっていく。何も感じないし何も考えられない。ただゴーストとして存在し霧散するまで留まっている。何もできないと言う事すら感じない。ただあるだけでキャパシティを消費するだけの存在。

 脳に宿る記憶と自我が人を善悪足らしめているとぼくは思う。

 先も言った通り人は物理的に肉体が壊れても死ぬわけじゃない。ライフキャパシティが残っている。

 じゃあ肉体はあるのにライフキャパシティを失ったらどうなるのか、と言う話。

 実は肉体があってもライフキャパシティが無くなると生物は死ぬ。

 これは肉体としての死ではなくて個の死だ。

 これに例外は無く、天使でも悪魔でも魔物でもそうだ。

 ぼくはライフキャパシティ自体を攻撃する方法を編み出した。

 自分のライフキャパシティを消費して相手のライフキャパシティに攻撃を加える。

 これを闘気法と名付けた。

 ……天使も魔物も、そして悪魔も、もちろん人も、物理的に魂を攻撃することはできない。


 ぼくは自身のライフキャパシティを自在に操れるよう訓練した。

 ライフキャパシティは物理現象には干渉できない。

 ライフキャパシティを使用して生き物の体にダメージを与えることはできない。

 使うに当たり条件もある。ライフキャパシティは自身の脳が無ければ使用できない。魂に意思や記憶は無いからだ。幽体離脱のような方法で攻撃することはできない。

 脳を損傷したり自己を認識できない状態でライフキャパシティを使用したりすることはできない。

 人の魂での攻撃は、その性質上他者に対して物理的なダメージを与えることができない。

 そこで必要になるのが【お守りお姫】だ。

 お姫はカースドウェポンだ。呪われた魂を持つ武器だ。つまりヌースを纏っている。魂の原型、ヌースが刃の形をしている。

 ぼくのライフキャパシティでお姫のライフキャパシティを掴み使用すると、お姫のライフキャパシティの形で相手を攻撃することができる。

 今日キノコを倒したように斬撃を飛ばすこともできる。

 その斬撃に物理干渉をする能力は無いけれど、キノコのライフキャパシティを切り刻むことはできる。

 それは斬るという形だ。

 およそ武術とはかけ離れた技だ。およそ清廉とか真っ当な強さとかとはかけ離れた技だ。

 おそらく天使も殺せる。

 ぼくのヌースを使い、相手のヌースを掴み、肉体から離脱させることも穿つこともできる。でも使うのは一瞬がいい。

 ヌースを使うと肉体とヌースの境界を、正常をぼく自身が認識できなくなるから。

 だからぼくにはお姫が必要だ。


 この能力を編み出して使用することによる副産物はある。

 性質のレベルは肉体の限界であるレベル100が上限だ。それ以上は成長できない。

 でも魂は別だ。魂に上限は無い。

 魂は物理現象に干渉しない。でも一つだけ干渉する例外がある。それは己の肉体だ。自分の肉体と魂はリンクしている。そうでなければ魂と体の二つがなければ生を維持できない理由が説明できない。

 理解してから細胞の活性化を強く感じる。疲れを知らない。人より反応速度が速い。生命探知ができる。ヌースを感じるのに目はいらない。三百六十度どころじゃない。

 この能力を他に使用している人をぼくは知らない。

 この能力は他者が言う気や気功、闘気、生命エネルギーの類じゃない。

 それらはあくまでも肉体の宿すエネルギーだからだ。だから物理に干渉する。

 ぼくはこの世界が二つの異なる次元が合わさって出来たものだと思っている。

 一つは物理世界。物質、物体があり、それぞれが干渉し合う世界。

 もう一つはan物質の世界。ぼくがヌースと呼ぶan物質の世界。

 この二つが重なり合うことでこの世界はできている。

 その理由として空間というものがある。この空間という物は、概念であり物理的な干渉を受け付けない。

 何も入っていないコップに水を注いだとしても、コップの中の空間が無くなるわけじゃない。空間に物理的な干渉はできない。


 誰かに言う気もない。伝える気もない。ぼくのような戦闘センスの無いものでも使用できることを考えれば、他の人が習得するのは容易いだろう。

 この能力は天使を殺せる。殺せてしまう。それだけでぼくはこの能力を誰にも言う気にはならなかった。

 確証はあるのって話。ぼくは堕天使を一人殺している。殺してしまっている。

 もっと恐ろしいのは……。

 着信音――ポケットのカード。経吉。

 お姫が消失したからだろう。

 腕の中のお姫が指の間に指を絡めてくる。お姫は亡くなる時、その血が鞘や柄の中に深く浸透した。この鞘と柄は木製で、この状態にあるにも関わらずまだ生きている。

 それはお姫のライフキャパシティを見ればわかる。

 お姫の意思は、この木で作られた鞘と柄に宿った。

 でも木は木だ。お姫に思考能力はほとんどない。あるのは執着だけ。持ち主に執着する。その理由はお姫以外には知りようもない。

 そして姫の最後を強力に再現する。だから自害する時のみ強力な武器になる。痛くないように。でもやっぱり……姫は生きていたかったのだと思う。

 手の中に鞘が残り、お姫の姿は消えた。お姫が消えると同時に部屋の中に起こった現象も消失した。

「カースドウェポンね」

「……そう。ごめんね」

「相当好かれているのね。なんで謝ったの?」

 好かれているのとは違う。こういう性質の武器だ。

「それは違うと思うけど……カースドウェポンを知っているの?」

「知ってるわよ。世界三大異遺物の一つよね。ふふふっ」

 立ち上がり、刺さった短刀を抜き鞘に納める。鞘に何度か唇を押し付けて、貴方が大事ですよとアピールして胸に抱える。

「ごめんね。怖がらせて」

「別に構わないわよ? これぐらいの有事は添い寝屋を個人でやっている分にはマシな方だしね」

「そんなに危険な仕事なの?」

「まあね。殴ったり首を絞めたり、そういう人もいるのよ。血が好きな人とかね。でもあたしってそれなりに強いから返り討ちだけどね」

「筋肉、すごいもんね」

「そう? 鍛えてるからね。なんたってあたしはせ……バーサーカーだからね」

「それぼくが危険じゃない?」

「何もしないわよ? 何かしない限りは。ふふふっ」

 天使ポイントを使って再生したお姫の体にキャパシティを移せばお姫が人として再生するのではないかと疑問に思ったことがある。でもそれは無なそうだ。意思の薄い木のライフキャパシティに姫の強い意思が重なっただけだったから。

 お姫の強い意思が木に宿っただけで、木のライフキャパシティであることに変わりはない。ある意味スワンプマンと呼べる。

 スワンプマンは有名な思考実験で学校で習った。

 刃の部分は木材に含まれないのではという話。それはぼくも思った。それは刀身に深く浸透した姫の血が関係している。ぬぐってもぬぐっても決して取れないほど、この小刀は姫の血に浸かってしまっている。あたかも見えなくとも反応するルミノール反応のように。

「着信鳴っているわよ?」

 大事(おおごと)にされたら大変だと。でも本当はあんまり通話に出たくない。心の乱れを感じる。大丈夫だと言っても納得してくれるだろうか。あまり深く考えるのはやめよう。着信拒否したらダメかな。何度も着信が鳴るのでとってみる。

「先輩⁉ 先輩ですか⁉」

「今……夜遅くだよ」

「なくなったんです‼ あの‼ なくなったんです‼」

「何が?」

「お姫です‼ 抱いて寝ていたはずなのに‼ ないんです‼ けーさつ‼ けーさつですか‼」

 警察を呼ぶと逮捕されるのは君だよ。

 警察は昔の呼び名。今は治安維持公安部隊だから、公安と呼ぶのが正しい。でもみんな警察と呼ぶ。

「落ち着いて……」

「見失うなんて絶対に無いはずです‼」

 その自信は何処から来るの。

「心配じゃないんですか‼」

「あのっ落ち着いて」

「なんですか⁉ こんな時に落ち着いてられるのですか⁉ 薄情先輩‼」

「お姫ならある。手元に」

「っ……え? 何言っているんですか⁉ 頭ボケてます⁉」

「寝ぼけてない。お姫なら今帰って来たから。だから心配しないで」

「可哀そうに。先輩ってボケてたんですね」

 どうしよう、この人、ぼくがお姫を持ち帰られたのを気づいていないと思っているらしい。

「手元にある……」

「っ……何言って……。何言ってるんですか⁉ 寝室に侵入したんですか⁉ 夜這いですか⁉ その割に手を出さなかったんですね⁉ 最低です‼」

「……だっ。だすわけない。やめて」

「みじん切りですけど⁉ 冗談ではなく‼」

 だすわけないって言っているでしょう。

「……本当に先輩の手元にお姫はあるんですか⁉」

「……そう」

「本当に? 侵入したんですか⁉ 寝顔を見たんですね⁉」

「見てないよ……君の家が何処にあるのかすら知らないよ」

「ぱっパジャマをみたんですか⁉ パジャマを見たんですね⁉ この‼ 猫さんパジャマを‼ みみみみ見たんですね‼」

「見てないってば。猫さんパジャマなんか見てないってば」

「っなんで猫さんパジャマだってわかるんですか⁉」

「今、君が今言ったからでしょ」

 疑り深いな。カードの機能で通話に映像を乗せてお姫を見せる。

「ほら、ここにあるでしょ」

「刀身を見せてください‼ 花火模様。切っ先、ソリの角度。もっと寄せてください‼ 本当に? お姫? どうして? でもよっ良かった……。お姫が無事で」

 経吉も映像を乗せて来た。猫の寝間着が子供っぽい。パジャマっていうか着ぐるみだね。

「無事も何もただの刀でしょ」

「なんでそこにあるんですか⁉ おかしいですよね⁉」

「妖刀だって知っているでしょ。お姫は人を選ぶの」

「私より貴方を選んだって事を言いたいのですか? 足が生えてトコトコ帰って来たと?」

「そうだよ。足が生えて……正確には足以外も生えたけど、トコトコ歩いて帰ってきたの。もともとぼくが今の持ち主だから」

 そう言うと経吉は歯を何度か食いしばるような食い入るようなポーズを取り。

「このっ……泥棒猫‼」

 そう言って通話を切った。

 性質が盗賊のぼくにその言い草は笑えないし泥棒猫は君だ。

「まぁ素敵な彼女ね」

「あの子はまだ十三歳」

「初潮が来たら立派な大人よ」

「そう言う言い方はやめて……」

「ふふっ。何それ。可愛い」

 頭を撫でて来た。別に拒否はしない。

「彼女は否定しないんだ」

「彼女どころか、友達一人いない……」

「あらそうなの? じゃあ、あたしの独占ってことでいいのね。ふふふっ」

 そういう言い方はズルいし良くない。

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