第10話 ダンジョン指南終

 「お疲れ様でした」

 ダンジョンを出ると天使がお出迎えしてくれた。みんながちゃんとダンジョンを出たのを確認し、忘れ物がないかもしっかりチェックする。

「発破は仕掛けてきました。よろしくお願いします」

「わかりました。現時刻は十九時五十二分です。では起爆します」

 天使がスイッチを押すと、何時も通りダンジョンは消滅した。

「ダンジョンの消滅を確認いたしました。カードをこちらへ」

「みんなカード出して。一応ここでカードに登録して貰うまでがお勤めのうちだから」

「ふふふっ。ネネさん。丁寧なレクチャーだったようですね」

 五時間も待たせてしまった。さすがに名前を憶えられたかもしれない。負の方面の意味で。

「すみません」

「なぜ謝るのですか? 私は褒めているつもりなのですが」

「そっそうなのですか」

「カードをお返ししますね。ネネさん。これでC級に昇格ですよ。おめでとうございます」

 聞いてないよ。聞いてない。昇給試験だなんて聞いていない。不意打ちだ。天使の真意を考えそうになり、隠し事があるせいだと思い直す。

「……嬉しくありませんか?」

「いっいえ、嬉しい。です。そろそろ昇給したいと思っていましたので」

「そうですか? そうですよね。おめでとうございます」

 今上手に喋れたかな。声が上ずってそうで思い返したくない。

「さぁ、皆さんカードをお返しします。お疲れ様。疲れたでしょう? お家へ帰りましょう」

「天使って何考えてるのかたまにわかんねぇ」

 ティティがそうボソリと呟いた。

「天使って笑うんですねぇ」

「ぼっ僕も初めて見ました。天使が笑う所」

 天使は良く微笑むと思うけれど。

「では皆さん。一足先に私は戻りますね。シーユーネクスト」

 そのセリフは初めて聞いたかもしれない。

 三人に向き直る。

「みんな今日はお疲れ様。水分は良くとって。機関に寄るのもいいし、このまま帰宅して休んでから機関に報告してもいいし、そこは自由だから。あと、この素材の報酬だけれど、機関に提出したのちに四分割されて後で振り込まれるから、それまで待ってね」

「そうなんですかぁ。ありがとうございますぅ。先輩。そうだ。連絡先を教えてください」

「え?」

「なんですかぁ? 嫌なんですかぁ?」

「そういうわけじゃないけれど」

「あっ。俺も」

「じゃっじゃあ僕も。良かったらアドバイスください」

 少し悩んでしまった。でも明日以降関わりがあるとは思えないし、パーティを組めばおのずとぼくの事など忘れてしまうだろう。三人とも将来有望だし、性質の差が激しい。カードを差し出して登録する。登録すると通話ができたり、チャットができたりする。

「じゃあ先輩ぃ。またでぃーすぅ」

「はいはい。あっ。ちゃんと専用車両に乗ってね‼」

 ティティは何も言わずに後ろ手に手を振り経吉と歩いていってしまった。経吉はウィンクしてくる。なんだそれは。

「あのっ。今日は色々すみませんでした……。ありがとうございました」

 ファルが改めて頭を下げてきた。いい子だ。

「何も悪い所なんてなかったよ」

「でも、吐いて‼ ……戻してしまって」

「ぼくが初めてダンジョンに挑んだ時なんてもっとひどかったよ。君は全然マシな方だよ」

 ファルの気持ちはよくわかる。ダンジョン内は怖いし緊張する。体の反応は正常なものだしおかしいところなんてない。

「あっありがとうございます」

「気を付けて帰って」

「はっはい‼」

 ファルに手を振って見送った後、歩き出してお姫を返してもらっていないことに気が付いた。

「ったく。もう……」

 まぁいいか。どうせお姫は手元に戻ってくる。


 機関によってアイテムを提出。ファニエルさんと目があった。にこっと笑みを浮かべて手を振って来て、周りに視線を移す。ぼくに笑みを浮かべたわけじゃないんだよね。ぼくの隣、左右、手を振り返している人達が複数いた。

 とりあえずC級になったことだし、お家に帰ろう。明日も学校だ。

 着替えるついでにシャワー室を借りる。自室のシャワーより機関のシャワーの方が質が良いので時間に余裕がある時は借りている。

 電車に揺られて十五分。何度かカードに着信があり、チャットに文字が書きつねられていた。

『今何してますかぁ』

 これは経吉。

『お前いいお金の稼ぎ方しらね? できれば高い奴』

 これはティティ。

『今日はありがとうございました。つきましてはご相談がありまして、時間がある時で大丈夫ですので、よろしくお願いします』

 ファル。

 こういうのが苦手だ。返事を考えるという手間が好きじゃない。好かれるのにどう返事したらいいのかと考えるのが嫌いだ。その返事はぼくの返事ではなく、好かれるために考えられた返答でぼくの本心じゃない。

 だから返事をしないことにした。

 夜は八時を過ぎたのに窓の外はオレンジと紫の混じり合った色で綺麗だった。外に見えるビルは学校だろうか。明かりが透き通りビルを抜けて、ふと涙が出た。

 ぼくは後どれくらいこの光景を見られるだろうか。そう思ってしまった。

 人は寿命で死ぬ。ぼくも例外じゃない。この国の平均寿命は四十歳前後。あと二十四年前後。転生は必ずできるわけじゃない。転生しても記憶はない。転生したという証明も無い。

 ぼくにも前世はあるのかな……。

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