第9話 ダンジョン指南③

 お喋りもそこそこ左右を見て回り、左の通路にて樹を発見。三人に見せて触らせて発破の設置の仕方を教える。実際に設置して見せ、着脱し、一人ずつ実際に取りつけさせる。

 脇に植物を見つけたので次は採集をレクチャー。

「次はこれね。これ見て? 迷宮内にはこうやってダンジョンとは明らかに異なった植物等が生えている場合があります。ちなみにこれはタンポポ。ポピュラーな回復剤の材料だね。他にもヨモギの光種や、解毒に使われるアカジソなんてのもあるから、見つけたら採集してね」

 みんなまじまじと植物を見ていた。

「タンポポは根っこを採集するんだ。ヨモギは表面で光っている種。植物採集キッド支給されているよね?」

 カードを鑑定モードに切り替えて鑑定したいものを写真機能で画面に取り込めば、ある程度はカードが鑑定してくれる。

「こういうの、個別に採集依頼が出ている場合もあってね。鑑定する時に画面に依頼も表示されるから、参考にしてね。ただ早い者勝ちだから、あんまり期待はしない方がいいよ。生ものだから保存も効かないし、機関で薬学の資格も取れるから薬学に興味があればとってみるのもいいかもね」

 薬学の資格を取るのは大変だ。ぼくは持っていない。

 採集の仕方は簡単で、支給される植物採集キッドから採集缶という透明な円錐状の試験官を取り出して現物を納めるだけ。そしてコルクで蓋をする。綺麗に保存しなくていい。どうせグチャグチャにするからだ。

「物によっては個別依頼が無くとも金銭に変えてくれるから、そういう種類は覚えておくといいよ。いいお小遣い稼ぎになるから。参考までにヨモギの光種をこの試験管一杯に積めて持っていくと3000円になるよ。種とかは根っこと違って集めやすいし金銭に換算されやすいから、種だけじゃなくて何か気になるものを見つけたらカードで鑑定、積極的に集めておくといいかもね」

「鑑定機能は便利ですね」

「カードを使いこなすと効率を上げることができるから、色々試してみてね」

 終わったら少々の休憩を挟み真ん中の通路へ。一応狭い通路内におけるトランペットの倒し方をレクチャーする。

「トランペットはキノコ型の魔物。多分君たちは食べたことがあるんじゃないかな。スーパーとかで売っているキノコでエリンギって言ったらコレだよ。安くて美味しいからね」

 精神的な消耗からか三人は静かだった。初めてのダンジョンだものね。閉鎖空間にいるというだけで疲労してしまう。

 通路内を進む。

「壁に手を当てながら進むとわかるけれど、ここ。ここだ。ここから明らかに壁の色が変わっているよね?」

「そうですねぇ……色がくすんでいます」

「ここからがトランペットのテリトリー。壁の色が違う事に気づいたら注意してね」

「いやいやいや、色が変わっているって言うけどよー。ちょっと色が薄いだけじゃん‼」

「こういう微妙な変化を見極めるのが大事だから、最初は気を使って進むといいよ」

「うっわ。俺、こういうの苦手だわ」

「じゃあ手本を見せるね」

 三人が狭い通路に身を乗り出してすし詰め状態になった。そこまで身を乗り出さなくていいのに。

「それじゃあ行くよ。ここから見ててね」

 やり方は単純だ。相手が感知してから攻撃するよりも早く移動すればいい。トランペットの場所まで素早く移動する。駆ける。木の根を踏み、入り組んだ道を回転、壁に足をつき、転ばないように気を付けながら奥へ。

 自分の踏んだところが攻撃されているのを背後に感じる。

 三人は疲れている。手早く済ませてダンジョンを出た方がいい。

 コートから取り出した短刀。【お守りお姫】――ぼくが普段使っている短刀だ。

 トランペットを視界に捕らえる――ちょっとズルをする。

 闘気法――ヌースを使って魂を攻撃する。

 お姫――握った短刀にぼくの魂(ヌース)を流して力を増幅し、十字の斬撃を飛ばす。ヌースの斬撃だ。それは刹那にしてトランペットに寄生した種臓の命を両断した。三体同時に絶命させる。

 外傷なし。動かなくなったトランペット――切り刻み外傷をつける。完璧な形のまま維持された種臓をわざと破壊する。綺麗なまま採取された種臓など本来存在しないからだ。

 短刀を鞘に納め終(仕舞)い。

「終わったからみんな来て大丈夫だよ‼」

 声を張り上げて、しばらくしてからおそるおそるやって来た三人を見て少し笑ってしまった。ぼくは最初これよりひどかった。


 傷だらけのトランペットを解体する。

 やって見せて、値段の高い部分、値段の低い部分、品質、鞄への仕舞い方などをレクチャーする。

「収納バッグってぇ、天使ポイントで買えるんですよねぇ」

「そうだね。天使ポイント十で交換できるよ。空間湾曲結合システムを直接貰えるから、バッグでもポケットでも自分の好きなものに使えるよ」

「そうなのですねぇ」

「ちなみに知っていると思うけれど、譲渡は不可。発覚したら重罪だからね」

「天使の法によりぃですよねぇ」

 人の法に天使を拘束する力は無い。だけれど天使の法は人を一方的に拘束できる。これは単純な力の差によるものだ。天使のやり放題じゃないかって反発する人もいるけれど、天使の法は人に普通に生きましょうって言っているだけで、普通に生きる分には何も拘束されない。ぼくの両親のような屑でも拘束されない。天使の法の拘束力は強いけれど、おおらかで具体的だ。通常人には干渉しない。


 空間次元湾曲結合システムは、二つの空間を直接繋げる技術のことで、利用している別の場所、空間にリンク(繋げる)させる技術のこと。

 ぼくの場合、二重スリットになった奥が普通のポケット。手前が湾曲ポケットだ。左は機関にある緊急バックアップシステムロッカーに、右のポケットは自室の押し入れに繋がっている。

 この技術を用いれば人を空間から空間へ直接移動できるのではと思われるかもしれないけれど、そううまくはいかない。繋げた先は閉じられた空間でなければならない。人が入ることはできるけれど、入った先は閉じられた空間で、出るには入って来た入り口に入らなければならない。

 もし入り口を破壊されたらどうなるって、永遠にそこから出られなくなる。これはガチの話だ。リンクさせた空間は隔絶空間と呼ばれ、解除しない限り次元を超えて決して開かない。

 ぼくのポケットの空間にアクセスするには、ぼくの服のポケット以外に方法は無い。

 機関にあるバックアップロッカーは当然開かないし、自宅にある押し入れも、襖を開けることは決してできない。中の物が取り出せるのはこのコートのこのポケットからだけだ。

 もしこのコートが物理的に消失した場合、バックアップロッカーの中身と襖の中身は空間ごと何処かに行き、何もない空間だけが残る。

 この技術が如何に恐ろしい技術かわかる。

 だから設定するものは慎重に選ばなければならないし天使の法に縛られる。

 もっとも絶対に壊れない物は存在している。ぼくのコートもそうだ。絶対に壊れない。ほつれない。いかなる攻撃もその形状を変えることのできない次元防具だ。

「それ俺も欲しい。天使ポイント十ポイント貯めればいいんだよな」

「それだけじゃなくて、一定以上の強度を持った入り口足りえる物がなければだめだよ」

「なんだよそれ‼」

「自力で見つけるのもいいけれど、天使に次いで五ポイント支払うとエンジェリンクバッグって言うのが貰えるから心配ないよ」

「そうなのか‼ ……五ポイント増えてるじゃねーか‼」

「そっツッコむ所は、そこなの?」

「てめぇうるせぇぞ‼」

 ファルに八つ当たりしないでよ。

「ちなみに天使が貸してくれる空間は最初十リットルの空間だけだよ」

「面積、いえ、容積じゃないのですか?」

「なんだお前、年上の癖に間違えてんのかよ‼」

「年は関係ないでしょ。ちなみに体積、容積ではなくてリットル表記だよ。これガチ」

「マジかよ‼」

「なんでなんですか?」

「なんでだろうね。それはぼくもわからないけど。ただ天使にポイントを支払えば四十五リットル分のロッカーを占領させて貰えるよ」

「自宅いらねーじゃねーか‼」

「そっそんな広くないですよ。ごっゴミ箱ぐらいです。せっせめて六十リットルは欲しいですね……」

「住めるようなコンテナ並みになると試験や面接が必要になるから。あと説明を聞いたら絶対中に入りたくなくなるから、まぁすぐにわかるよ」

「へー物知りじゃん‼ さすが先輩じゃん‼」

 ティティって口は悪いし調子いい。

「ところでぇ、短刀使ってましたよねぇ?」

「そうだね」

「ちょっとぉ、見せて頂いてもいいですかぁ?」

「いいけど?」

 短刀を経吉に渡す。

 この短刀の名前を【お守りお姫】と言う。

 詳しい事はその場にいたわけではないので何とも言えないけれど、その昔、お姫様が自害用に持っていたもので、実際に使用されてしまったものだと言われている。

 柄に順手と逆手の形が残っていて、その上から握ると良く手に馴染む。

 カースドウェポンだ。専門的な言い方をすると妖刀になる。

 効果は自害する時、楽に死ねるというもの。あと呪われる。

 フリーマーケットに出品されていて二万円で買った。刀身の花火模様と黒い鞘に描かれた赤と金色の植物模様が綺麗で気に入っている。

 経吉の性質は侍だから刀とかに興味があるのかもしれない。

「これぇ……妖刀ですよねぇ」

「よくわかったね」

「わかるんですよぉ。生きているって」

 経吉は刃先に視線を添わせて舐めるように短刀を見回していた。その間、二人にエリンギを片付けさせる。

「先輩」

 いきなり経吉の声で先輩と呼ばれたのでびっくりしてしまった。

「えっなに? どうしたの?」

「これください」

 経吉は【お守りお姫】の刃を鞘に仕舞ながらこちらを見た。

「なんで?」

「気に入ったからです」

「ダメだよ?」

「くださいぃいいいいいううああ」

「情けない声出さないでよ……。ダメだよ。それに妖刀だってわかるでしょう? その短刀って自決用だからね」

「それでも欲しいですぅ。大事にしますからぁ」

「ダメダメ。気に入ってるんだから」

「返しません‼」

「子供か‼」

 子供だった。

「お前馬鹿かよ。こういうのは金が必要なんだよ。金がよ。いくらだ? 五千円か?」

「お金の問題じゃないよ。何言ってるの」

「はぁ!? なんでだよ‼」

「ティティさんはお金で何でも解決すると思っているのですね。こういうのは誠意ですぅ‼」

「はぁ!?」

「いや、お金でも誠意でもダメだから」

「むうん。むんむんむん」

「変な唸り声をあげてもダーメ」

「どうしてもダメですか⁉」

「どうしてもダメ」

「どー‼ してもダメですか⁉」

「どーしてもダメだよ」

「じゃあダンジョンを出るまで一緒にいさせてください」

「……出るまでだよ」

「にひひっ」

 お姫を抱く経吉は無邪気な子供のようだった。

 ダンジョンを出る。

「あ、そういえば、これ回復薬。支給されるから」

 ポケットから回復薬のタブレットケースを取り出す。回復薬は基本的に錠剤だ。回復薬は体の傷を急速に癒し、メンタルを回復してくれる。緑のカプセルに入った錠剤。回復薬五個支給と言われたら、このカプセルが五個だ。

「噛まずに飲む。水なし一錠ね」

「あっこれ、私飲んだ事ありますぅ」

「あー俺もこれ風邪引いた時飲んだことあるわ」

「ぼっぼくもです」

「いや、そんなわけないでしょ。探索者にのみに支給されるものだし、探索者以外の所持所有は基本的に禁止だから似ているってだけだよ。傷やメンタルを急速回復してくれるけど、多用は厳禁。カロリーが凄いんだ」

「そうなんですかぁ?」

「一錠で4500キロカロリーだよ」

「マジかよ‼」

「ひぇっ」

「だからどうしても回復したいって時に飲むんだ。ダンジョンから出た直後とかね。間違っても寝る前に飲まないでよ。朝起きたら飲んで。あと食事の代わりにはならないから、そこも注意してね」

「うぇー噛んだら苦いですぅうう」

「噛まずに飲むって言ったじゃん……」

 ポケットから経口補水液を取り出して経吉に差し出し口をゆすがせた。

 ちなみにB以下探索者の一日の消費カロリーは平均的に五万キロカロリーらしい。

 B以上になると二十万カロリーとか普通に消費すると聞いた。

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