第8話 ダンジョン指南②

 「移動しながら話そうか」

「はーい」

 返事をしたのはゆるふわガールだけだった。ゆるふわガールって言い方やっぱ変な言い方だよね。恥ずかしくなってきた。

 機関の外へ出る。

「じゃあ、まず初めにカードを受け取っていると思うから、カード出して」

 ダンジョン探索にあたり最初にすることは文字通りダンジョンを探すことだ。

「街の全体マップを開いて? そうそう、上手だね。現在確認されているサブダンジョンが表示されるから。この赤いマークがダンジョンの位置。でマークにハネがついているのが占領済みダンジョン。ペケがついているのが攻略済みダンジョンね」

「はーい」

「路面電車、普段から利用するよね? ここから攻略するダンジョンを探すのだけれど、他の人も攻略しているという事も踏まえて探してね。要は他人とかぶると効率が下がるし、争いの元になるってこと。でもまぁルートがかぶらないわけもないから、そんなに気にしなくていいかも」

「どっちなんだよ」

 目つきの悪い女の子を見る。

「ルートはなるべくかぶらない方がいいけれど、かぶったら距離を取った方がいいってことかな。機関から遠くなればなるほど空いている場合もあるし、それを理解して外周から回る人達もいるから、その辺はマップを見て臨機応変に対応してね」

「はーい」

「わかった」

 なんだ。目つきはアレだけれど、素直でいい子じゃないか。

 気弱そうな男の子は何も言わないな。緊張しているのかな。既視感がある。

「それでぇ、今日はぁ、何処に行くんですかぁ?」

「そうだね。これから他の面子、君たち以外の子達のルートを考えると、多分空いている西ルートがこれから混むだろうから、南のルートに行こうか」

「南はペケ多いぞ?」

「すっ……空いている北か東ルートがいいんじゃないかな……」

 普通に意見できて偉いね。男の子。いいよ。それ。

「そうだね。確かにそれもいいけれど、攻略済みが多いって事は、新規参入があまりないってこと。それを踏まえて、これまで攻略していた人達が帰還する可能性も高い。つまりこれから空く可能性が高いってこと」

「なっ……なるほど」

「お前何カエルみたいにきょどってんだよ。しっかり喋れ」

「いやっ……あの」

 カエルは可愛いのに。

 男子生徒と目が合い苦笑いをすると男子生徒も少し苦笑いをした。無言でわかりあえるって素敵だ。

「きもっ」

「それはぁ、さすがに言いすぎだよぉ」

「ちっ」

 ゆるふわガールがそう言い、目つきの悪い女の子は舌打ちをした。

「悪かった。気持ち悪いってそう言う意味で言いたかったわけじゃなかった」

「いや……大丈夫。ぼくも、そう自分の行動にそう思っているから」

 なんだか微笑ましい。頭を撫でていいのなら、頭を撫でていただろう。悪い子達じゃないのは十分にわかった。言葉使いや態度で生活環境がわかるというのは、あながち間違えじゃないのかもしれない。

「次は狙う獲物のチェックね。魔物は基本的にどの種も弱い強いは無いって覚えておいたほうがいいかな。同じ種族でも個体差があるからね。一度倒した経験があるからと言って同じだとは思わない事。今日はポピュラーなキノコを狙おうね」

「は~い。質問です」

「なんですか?」

「キノコってキノコですか?」

「みんな多分食べた事があると思うよ。サブダンジョンで出現する魔物には種類があって、人型、動物型、植物型、鉱物型が主かな。どれも癖があって一筋縄ではいかないのは覚えておいてね」

「は~い」

「それじゃ電車に乗って移動しようね。電車は一般車両と特殊車両があるから気を付けて。制服を着ている時は一般車両に、任務中は特殊車両に乗ります」

「はぁ~い」

「わかっ……わかりました」

「チッ」

 目つきの悪い女の子。舌打ちは良くないよ。


 「私はぁ、ケイトリンって言います。五条菜日束ノ経ト凛(ごじょうなかつかのけいとりん)です。家族からはぁツネとか経吉とか呼ばれています。よかったら皆さんツネキチって呼んでくださいねぇ」

 そこはケイじゃないんだ。

「ティティだ。エッフェルティティ。だからティティだ」

「ファ……ファルネシアです。ファルネシアファル。ファルって呼んでください」

「よろしくね。ぼくは寧々。ネネでいいよ。年上だけれど、呼び捨てでいいから」

「ネネさん。よろしくですぅ。ちなみにぃ性質は侍です。レベルは3ですぅ」

 察した。ツネキチは名家のお嬢様なのだろう。性質侍は特質した血統の一つ。存在自体が珍しい。戸部季鈴と一緒だ。その割に刀を持っていない。全然回復系じゃなかった。ごめんね。

「刀は無いの?」

「ぷぷっ。刀はないのっだって」

 ごめんね。

「俺は巫女だ。レベルは5」

 ウソでしょ。その性格で性質が巫女って……失礼だったかもしれない。巫女も珍しい性質の一つだ。特別な血統、もしかしたらティティさんは砂漠地帯の出身なのかな。

「ぼくは……魔術師、です。黒魔術師。レベルは7です」

「みんな珍しい性質だね」

「そうなのですかぁ? 家(うち)の家系ってみんな侍なんですよねぇ。だからぁあんまり珍しいとは感じてなくてぇ」

「チッ」

「なんでぇ、舌打ちするんですかぁ。私ぃなんか嫌な事言いましたかぁ?」

「悪い。癖なんだよ。悪気はねぇ」

「そうなんですねぇ。変わった癖があるんですねぇ。不快な癖ですぅ」

「きー悪くするなよ」

 侍は刀、槍、弓を扱うのに補正が入る性質だ。戦闘職。特質した血統性質の一つ。

 巫女は変わった性質だ。神降ろしと言う一つの技しかもっていないけれど、降ろした神様によって攻撃、回復、サポートなんでもこなせるようになる。神様と呼ばれる存在は大体なんでもできるので、この一つの性能で全てを賄える。かなり強い。

 黒魔術師は闇に特質した魔術師だ。四大元素(火、水、風、土)は使えないけれど、闇に特質した魔術が使える。例えば影なんかを操れる。シャドークローは影の爪を使って攻撃する黒魔術。攻撃力が高い。変幻自在で羨ましい。

「ネネさんはぁ、盗賊なんですよねぇ。三年でレベル15って聞きましたけどぉ、やっぱりレベル上げって大変なんですかぁ?」

「そうだねぇ。でもぼくと違って君たちは大丈夫だと思うよ」

「そうなのですかぁ?」

「盗賊ってあんま人にすかれーねだろ。察しろよ」

「そうなのぉ?」

「そうだよ」

 察しが良くて助かる。

「たっ大変ですね……」

 少し笑ってしまった。世代が若くなるほどに性質に対する差別意識は薄くなるのかもしれない。この子達が特別なだけなのかもしれない。

「これから映像なんかで知る事になると思うけれど、盗賊ってあんまり良い性質ではなくてね。嫌悪されがちなんだ。性質で人を区別するのは間違えだけれど、性質が盗賊の人間は基本的に信じない方がいい」

「それはネネさんもですかぁ?」

「そうだね。基本的には天使の輪を参考にして。性質が何であれ、天使の輪がグリーン表示なら大丈夫。逆に天使の輪を装着していない人は警戒したほうがいいかな」

「そうなんですねぇ。参考になりますぅ。普段から装着したほうがよさそうですね」

「そうでもないかな。探索者って目の敵にされることもあるから」

「そうなのですねぇ。ちなみにぃネネさんはぁ、普段は着けているのですか?」

「普段はつけてないかな。ぼくは盗賊だからね。揉め事に巻き込まれると色々不利なんだ」

 揉め事が起こったさいに後だしで見せると有利になるからとは言わなかった。

「そうなんですねぇ」

「そろそろ第一候補につくね。降りようか」

「はーい」


 電車を降りてしばらく――歩いているうちに、なんだか懐かしい気持ちになってしまった。ぼくが最初に攻略したダンジョンとほぼ同じ位置にダンジョンがあったからだ。

 天使が一人いて、占領済みではない事はマップで確認済み。

「知っていると思うけれど、ダンジョンの前には天使さんが一人いるから、カードを提示して、占領したい旨を伝えてね」

「は~い」

「こんにちは。すみません。こちらのダンジョンを占有させていただきたいのですが」

「かしこまりました。カードをどうぞ」

「手順は毎回一緒だから覚えておいてね。占有済みのダンジョンはマップに表示されるのはもちろんだし、天使さんが赤旗を持っているからすぐにわかるよ」

「は~い」

「わっ……わかりました」

「問題ありませんね。では十四時二十四分。ダンジョン占有を許可します。発破です。どうぞ」

「こうして許可申請が下りて、カードを返してもらったら、ダンジョンに入ります。それと発破を貰います。発破というのは爆弾のことです。ダンジョンを壊すのに使用します」

「は~い」

 ダンジョンの入り口は木の洞だった。サブダンジョンの出現場所は基本的にランダム。けれど、こうして場所が重なることは稀に良くある。既視感。デジャヴ。

「ダンジョンに入る前に、各々装備を確認してね。道具に不具合や忘れ物がないかチェック」

「は~い」

「次に敵の情報を見ます。このダンジョンに出現している敵はトランペット。エリンギになるかな。数は三体……とあら、ガキも一体いるみたいだね」

「ガキ? ってぇ、子供?」

「呼び方は色々あるかな。ゴブリンって言えばわかるかな」

「あーゴブリンですかぁ」

「ダンジョンに入る前に必ず敵の情報は再度確認してください。何と戦うのか、どう行動するのか、再度確認する意味でもあります。今回は占領してから確認したけれど、敵を見てから侵入するダンジョンを探すのもアリです。普通はこっちが主流かな」

「は~い」

「じゃあ入ろうか。あっ、水分はとらないようにね。口に含む程度で」

「いっ……いよいよですね」

「最初は緊張するよね。緊張すると体が強張るし、良くないって言う人もいるけれど、ぼくは何時までも緊張感はもっていた方がいいと思うよ。ダンジョン内では各々自由なスタイルでいいから覚悟だけはしてね」

 電灯は持ち歩いた方がいいと言おうとして、ちょっとウザいかなと言わないでおいた。

 洞の中へ入る――左手に電灯を持つ。

「一つ、ダンジョンに入ると街と匂いが違うよね。匂いが変わったら環境が変わったと思ってね。これはこれから先も役に立つから。いい? 匂いが変わったら警戒ね」

「いや、わかんねぇよ。なんだよ匂いって」

「あー確かに匂いがちょっと違いますねぇ。匂いの変化は環境の変化ですか」

「そっそうだね……。全然違う」

「嗅覚は目に見えないものを警戒してくれる。目に見えない毒物も嗅覚なら感知してくれる可能性があるから、嗅覚には注意していたほうがいいよ。あくまで可能性だけれど」

 無味無償の毒ガスもあるとは言わなかった。

「ふーん。そんなもんかねぇ」

「あっ歩きにくい……です」

「だっせぇなお前。ちゃんと歩けよ」

「ごっごめん。気を付けてるつもりなんだけど……」

「ファルは体幹を鍛えた方がいいかもね。どんなに歩きづらくても両手は常にフリーにしておいたほうがいいからさ」

 最悪口でライトを咥えて照らすのもありだ。

「はっはい。気を付けます……。その体幹てなんですか?」

「お前そんなのも知らねーのかよ。要はバランス感覚だぜ」

「経吉は体幹がすごくいいね」

「えっへんへん」

 体幹はダンジョン探索において重要な要素の一つだ。一に体力、二に体幹だ。体幹の良さは経吉、ティティ、ファルの順で良い。経吉の体幹はおそらくかなりレベルが高い。侍は瞬発力と持久力に特化するって聞く。タフで丈夫で足が速い。

 奥へ行っても広場へ出ない。通路状ダンジョンかな。分岐点へ出る。広さは八畳程度。これは……広場なのかな。広場へ出たのかな。

 カードを出してマップを表示。

 選択肢は色々ある。

 樹とエリンギ、ガキがいるパターン。

 樹とエリンギがいるパターン。

 樹とガキがいるパターン。

 エリンギとガキがいるパターン。

 エリンギ、ガキ、樹が三つとも別れているパターン。

「はい。では、索敵を開始します。こういう場合、色々なパターンがあるけれど、一番気を付けないといけないのはトランペットです」

「ゴブリンじゃないんですかぁ?」

「ゴブリンももちろん気を付けないとダメだけど、一番気を付けないといけないのはトランペットです。まずは通路の入り口をライトで照らして見ましょう」

 ライトで中を照らす。浅ければすぐに何かが見つかる場合もある。一番左の通路は下側に向かっている。根の洞がデコボコしているので奥まで光が届かない。

「見えたかな? では次に入り口の前で伏せます」

 みんなで一斉に一つの通路の前で伏せる。

「これに何の意味があんだよ?」

「音、聞こえない? ガキは……ゴブリンは基本的に行動しているから、足音が聞こえる場合があります」

「まどろっこしいな」

「まぁね。自分に自信があるのならこんな事はしなくていいよ。音はしないね。じゃあ真ん中の通路はどうかな?」

 経吉が通路をライトで照らして見、続いて伏せる。

「通路は上方向に続いています。音……なんでしょう。さわさわと音がしますぅ」

 傍に行き伏せる。風がそよぐような、生き物が動くような微妙な音がする。パキパキとも何かを踏む音のようにも感じる。

 起き上がり、ティティとファルにも音を聞かせる。

「たっ確かに音がします」

「何の音だ?」

「この音はね。トランペットの音です」

「へぇー。じゃあ真ん中の通路にはトランペットがいるってことか」

「なんでぇ、こんな音がするんですか?」

「良い質問。トランペットは周りの壁や床を浸食しながら増殖します。つまりこの音は周りの洞を削っている音です。最初に言ったけれどつまりなぜトランペットが一番危険なのかと言うと。それはこちらが視認する前に、向こうから攻撃を受ける可能性があるからです。壁に触れる。床を歩くという行為を感知してトランペットが攻撃してくる可能性があります。こう言うのすごく重要だから覚えておいてね」

「へーそうなのかよ」

「ぼくたちの場合、天使さんたちが事前に情報をくれるからトランペットがいるのを知れるけれど、君たちのランクが上がって紫谷なんかのメインダンジョンに挑むことになると前情報はないからね。不可視攻撃と言って、こちらは視認できていないのに向こうから発見されて攻撃されることがあります。ということを覚えておいてね」

「なっなるほど」

「不可視攻撃の中には未然に防げないものもあってね。かなり理不尽だから、その場合は運が悪かったと思ってあきらめるか、気合でなんとかするしかない」

「気合か。いいじゃん」

「ネネさんて、Dランクですよね?」

「そうだよ?」

「どういう意味だよ?」

 ぼくじゃなくてなぜかティティが経吉に聞き返した。

「いいえぇ、何もないですよぅ?」

「なんで聞いたんだよ?」

「別にぃ、何もないですよぉ」

「きっ緊張を持ってよ‼ ぼくはいっぱいいっぱいなんだ‼」

 右から駆けて来る音がする。音に反応された。真ん中の通路の音も止まった。魔物は自分たち以外の生きとし生きるものを攻撃する性質を持っている。魔物によっては同種でも攻撃する。

「右の通路からゴブリンが来る。今回はぼくが手本を見せるから見ててね」

 というわけでゴブリン不意打ち講座だ。ゴブリンは人型の魔物だけれど、インテリジェンスと言うほどの知能は無い。弱いかと言われれば、そんなことはないけれど、何が言いたいかと言うとつまり不意打ちができると言う事。学習しないと言う事。

 大きさは色々ある。大きさによって呼び方が違う。

 初級ゴブリンは一メートル未満のものが多い。足音から体重体高は推測できる。シーフとしての斥候能力とも言える。

 経吉とティティを下がらせ、ゴブリンがやってくるだろう通路の真ん前奥にファルを立たせる。ファルには囮役をしてもらう。

 足音が大きくなってきて、ファルの体が震え出してきた。緊張しているみたい。ライトを持った手が異常に震えている。瞳孔も開いているし、恐怖耐性があまり高くないのかもしれない。ぼくもそうだった。後でフォローしよう。

 飛び出して来たゴブリン。顔面に横から前蹴りを入れて壁に押し付けてトマトが潰れるような音がして動かなくなった。

 人型のゴブリンのような魔物は種臓が大体頭か心臓にある。

 ぼくはとある理由により何処に種臓があるのかが見える。頭ごと種臓を潰した。

「これがゴブリンです」

「たっ……たはったっ……」

「トマトみてぇに潰れてるじゃねーか」

「不意打ちで一撃ですねぇ」

「この方法は覚えておいた方がいいよ。ゴブリンへの不意打ちの仕方ね」

「一人を囮にしてぇ、注意を反らした所を一撃なんですね」

 囮じゃないのは初めてだけれど、上手にできて良かった。

「ちょっとくせぇなこのゴブリン。なんかくせぇぞ」

「いい所に気が付いたね。ゴブリンて自分の排泄物とかを手で弄ったり投げたりするから手がすごく汚いんだ。この爪で引っかかれると感染症になったり、病原菌に感染したりするから、だから基本的にゴブリンの攻撃は受けちゃダメだし、殺すときは躊躇しちゃダメだよ。向こうは躊躇してくれないからね」

「はっ……はっ……はひっ」

「お前大丈夫かよ」

「ごっゴブリンの顔ッ。見た。目が、目が合った」

「どうだった?」

「しろっしろかった‼ しろかった‼ 白かった‼」

「パンツみてぇに言うなよ」

「ちょっとぉ。わたしぃ、そういう下ネタは嫌いなんですけどぉ」

「ぶふふっ。そんななりして初心なのかよ」

「どういう意味‼」

「悪かったって」

 これが今の十三歳か。ぼくが十三歳の頃はイミナのパンツを見ても別に何もなかったな。感性が大人びているのかな。若いな。

「すっすごいですね」

「君ならいずれ簡単に倒せるようになるよ」

「そっそうですか……」

「あっ、ゴブリンに触ってみる?」

「いっいいですいいです‼ いいです‼ いいです‼」

「いや、いずれ触らないとダメだよ」

「ひっ……」

 頭にナイフを刺し入れて傷口を整える。脳髄のような肉の中から割れた種臓の欠片を取り出していく。厄介なのは血液、飛び散るから。ちなみにゴブリンの回収箇所は歯と髄液と種臓。歯と血液は薬の材料に種臓は燃料になる。

「ゴブリンでお金になるのは歯と髄液と種臓だね」

 ゴブリンてめちゃくちゃ汚い。めちゃくちゃ汚いのでめちゃくちゃ耐性がある。未知の病に対してめちゃくちゃ強くて血清が作れる。

「これが種臓です。これが魔物を作る元凶だと言われている臓器です。硬いのに水のように滑らかに見えるでしょう?」

 特に野生のゴブリンでダンジョン奥深くに生息するものはその耐性量が並外れている。

 野生のゴブリンの髄液には需要がある。

「歯は何に使うんだ?」

「ぼくも良くはわからないんだけど、何でも特殊な処理の後、粉末状にして飲み薬にするらしいよ」

「なんだよ知らねーのかよ」

「こういうのって知らない方がいいよ」

「なんでだよ?」

「歯磨き粉の材料がゴブリンの歯だとか、そう言うの知りたくないでしょ?」

「あー……そうかも」

「それはぁ……知りたくないかもしれませんねぇ」

「コイツ等自分の排泄物食べるんだよ」

「なんてこと言うんだコイツ‼」

「もうぅ歯磨き粉使えません」

「あははっ。うそうそ」

 三歳以下の子供にゴブリンの髄液から生成した特殊な血清を打ち込むことで、病気やウィルス、寄生虫等に対する高い免疫力を得ることができる。

 これがあるかないかで、その後の生存率は段違いだ。

 ちなみにこれは街の政策なので子供は強制的に打たれる。

 ゴブリンを倒したら髄液を採取して持っていけばお金になる。

 コートの中から採取缶を出す。採集は手早く行わないとダンジョンが死体を回収してしまう。背中の定位置に採取缶を押し当ててスイッチを押すと中が真空状態になり、突き出た針が髄液を回収してくれる。

「これが髄液採取缶ね。位置は結構癖があるから上手に行うには慣れが必要かな。蓋を外して背中首元定位置に押し当てボタンを押すと液体で満たされるから、満タンにしてね。満タンになったら自然と針が引っ込みます。それを確認して蓋をかぶせてしっかり保存してね。蓋をかぶせると勝手に自己冷却します。これで三時間は持つかな。三時間以内に機関へ持ち込んでください」

「色々道具があるんですねぇ」

「採集終わったのかよ」

「骨髄と種臓は終わった」

「それでぇ、大体いくらぐらいになるんですかぁ?」

「これで大体三万円ぐらいかな」

「へぇ……結構金になるんだな」

「四人で割ると一人当たり七千五百円になるね」

「歯はペンチとかヤットコなんかで引っこ抜くんだけど。虫歯が多くてね。虫歯の歯は持ち帰っても値段が付かないから、採取することはほとんど無いかな」

 一応歯も見たけれど、欠けたり虫歯だったりするせいで異常なほど尖っている。

「指を怪我することも良くあるから、歯を採取する際は気を付けてね。素手では絶対に触らないように。このゴブリンは虫歯ばかりだから採取はしません」

「あとは真ん中のトランペットだけだな」

「そうだね。先に左右へ行って、樹が無ければ真ん中を攻略しようか」

「先に真ん中じゃねーのかよ」

「今回は狭いからね。トランペットにとって有利なんだ。ここ重要なんだけれど、危険な場合は無理をしなくていい。ダンジョンを形成する樹を壊す事でも討伐はできるからね。これ重要だから覚えておいてね。魔物を全滅させなくてもダンジョンは破壊できるってこと」

「なるほどぉ。ダンジョンの破壊だけが目的ならぁ、中にいる魔物を討伐する必要は無いって事ですねぇ」

「そうそう」

「じゃっじゃあ、魔物を一切討伐せずにダンジョンを破壊しても、中の魔物は討伐できるってことですか?」

「そうだね」

「デメリットはお金にならないって所ですかぁ?」

「あっそうか。素材を回収できないのか」

「そうなんだ。ダンジョン自体の破壊報酬は一万円ぐらいだからね。パーティを組むならそれなりにダンジョンを壊さないといけなくなる」

「三人で分けても三千三百円か。一日十個壊せたとしても結構な額になるな」

「ただ、そこから手数料とか税金とかあって七割取られるからね」

「マジで!? 七割もとられんの⁉ なんで⁉ 天使って業突くなのか⁉」

「いや……税金や手数料を取るのは街だから。天使じゃないから」

「マジクソじゃん……。命かけて街守るためにやって金までとられんのかよ⁉ マジクソなんだけど」

「つまりぃ、素材回収はそれなりに実入りが良いってことなんですね」

「このダンジョンを余す事なく攻略できれば六万はかたいね」

「でも命を賭けて六万だろ。割にあわねーよ」

「まぁ……」

 まぁ、これにはカラクリがある。

「……これは大事な事なんだけれど、みんなダンジョンで死んだ人の話ってそんなに聞かないでしょ?」

「え? そういや……」

「そうですねぇ。サブダンジョンで死亡した人ってあんまりニュースでは見ませんね」

「こっここ近年での死亡率はゼロだよ。メインダンジョンでは今年二百四十四人が行方不明になってる」

「なんか理由があんの?」

「これ探索者になる上で重要な事なんだけれど、モラルの問題で暗黙の了解になっていることがあってね」

「もったいぶってねーで言えよ」

「なんて言ったらいいのかな」

「あーもうなんなんだよ‼ はっきり言えよ‼ 言えって‼」

「ぼくたちは性質を発現した時から肉体の死が死ではない」

「は? 言っている意味がわからねぇ」

「ステータスってあるよね。もちろんライフポイントというものもあるよね」

「ありますねぇ。これがゼロになったら死ぬってことですよねぇ」

 ファルの喉の鳴る音がした。いや、そんな緊張するような話ではないのだけれど。

「それはあってる。いい? ぼくたちが普通イメージする死っていうのは肉体の死だ。首と胴が離れたら死ぬ。心臓の鼓動が止まったら死ぬ。体を潰されたら死ぬ。血が無くなりすぎても死ぬ。とにもかくにも生命活動の維持や継続が困難になり動かなくなった状態を死と言う」

「……どういうことだよ。それじゃ死なねって言うのかよ」

「ライフポイント……つまりそう言う事ですね」

「どういう事だよ‼」

「にっ肉体が活動停止してもライフポイントが残っている場合は死なないってことなんじゃ……」

「その通り」

「は? つまりどういう事だよ‼」

「肉体がどのような状態になろうと、ライフポイントが残っている場合、ぼくたちが死ぬことはない」

「つまりどういうことだよ‼」

「ぼくたちは体と魂という二つの状態を持っているってこと。体を失っても魂として生きている」

「わけわかねぇぞ。つまりその、あれだろ。体が死んでも、心は生きているってことだろ? あれ? 心が生きているってなんだ。わけわかんねぇぞ‼」

「いあ、わけがわからなくていいんだけどね。つまり肉体の死が死ではないってこと。でもね、ライフポイントと呼ばれているもの、ソウルポイントでも性質量でもいいけれど、これがゼロになったらぼくたちは死ぬ」

「肉体を失ったらどうすればいいんですかぁ?」

「味方に魂を回収して貰うか、天使に回収して貰えば蘇生して貰える」

「マジで⁉」

「マジで」

「天使すげーな‼」

「それは同意するよ」

「肉体の活動が停止したこと、あるのですか?」

 経吉の言葉にぼくは同意した。

「何度かある」

「どうでしたぁ?」

「不思議な気分だったよ。ただ、あまりいい気分ではなかったね。自分がわからなくなる。空気の中でもがいているみたいな感じになる。自力で動くには強い意思が必要で、回収されるまで何もできなかった。できればもう体験したくはないね」

「そうなのですねぇ。肉体が消失していた場合はどうなるのですか?」

「一からの再生は時間がかかるよ。ボロボロでも肉体があったほうが早く蘇生できるしお金の消費も抑えられる。仲間が死んだ場合は魂の回収が最優先、余裕があれば肉体も確保したほうがいいかな。最悪手足を切り落として胴体と頭だけでもいい。頭は特に重要だよ。魂の記憶は定着が薄くて時間と共に忘れちゃうんだ。機関で記憶の保存はできるから、保存はしておいたほうがいい」

「うっつげぇえ」

 ファルがえずきだし、盛大に吐いてしまった。

「きたねぇ‼」

「ずみばぜん……」

 彼らは曲りなりにも性質は得たけれどまだまだ子供だ。死を連想させる言葉がストレスに感じるのもわかる。通った道(未知)だから。

 それが身近であればあるほど、実感すればするほどにストレスになる。命を賭しているという実感はストレスになる。ぼくだってそうだ。

「回収には封魂瓶(ふうこんびん)を使う。天使に貰えるから最低人数分は確保しておいたほうがいい。でもサブダンジョンではそんなに心配いらないかな。ダンジョンの前に天使がいるでしょう? 天使が回収してくれるし蘇生もしてくれるから」

「ぞっぞうなんでずが。よがっだ……」

「もし……もしですが、魂の状態が長かった場合はどうなるのですか?」

 魂の状態だとライフポイントは消費され続ける。つまり魂の状態で長く生きることは不可能と言う事だ。記憶がどんどん薄れていって自我も薄れていって抵抗すらできなくなっていく。そして――。

「行方不明になる」

 それは完全なる死を意味している。

 それがこの世界での行方不明と言う名の正体だ。

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