第7話 ダンジョン指南①

 「ごめんなさい。大丈夫ですか? ネネさん」

「……あっ。はい。大丈夫です」

 ファニエルさんは天使の姿に戻っていた。立ちすくむぼくの頭に手が伸びて来て、ゆっくりと撫でられる。

「動画は私達が責任をもって削除要請いたします。問題が起こらないように対処しますので、安心なさってください」

「すみません……」

「お気になさらず。暴力を振るわれていますし、相手には法律より何かしらの音沙汰があると思います。何かあれば追って報告いたしますね。カードをお返しします。D級までへの探索を許可します。くれぐれも無理はなさらぬように。何かがあった場合は速やかに救難信号を発信してください。いいですね? くれぐれも無理はなさらぬように」

「あっはい」

「こちらは支援アイテム。回復薬五個です」

「ありがとうございます」

 カードを受け取りそそくさとロッカーへ向かった。

 そっと視界の隅にファニエルさんが笑顔で手を振っているのが見えた。綺麗すぎる。高嶺の花。自分とは一生関わり合いが無い。その優しさに勘違いしてはいけない。好きになるのは自由だけれど相手の迷惑になってはいけないと強く自分を戒める。


 アイテム保管庫。ロッカールームへ向かう。

 頭も体も思考も重いけれど、ぼくはぼくとして生きなければいけない。引きずってでも生きなきゃ。飲み込め、ストレスも思い出も何もかも呑み込んでしまえ。自分に言い聞かせる。

 惨めでも生きるしかない。どんなに惨めでも歩かなきゃ。

 ロッカールームへ入ったら自分の番号の場所へ。

 四四四番。この国では不吉な数字らしく誰も使わないので、ぼくが使っている。

 でも四はぼくの一番好きな数字。

 ロッカーの扉には鏡がついており、自分の姿を映す。

 久しぶりなので手順を少し忘れてしまった。

 鏡に手を当てて指紋を認証。

 カードスロットにカードを差し込むと扉が開く。

 探索着と銃、弾倉、サイレンサー、装着型のライト、小刀、天使の輪、封筒、手袋、ブーツ、ガンベルト、ハンマー、リュックが保管されていた。

 あー……こんなのあったなと思う。サイレンサー……。この小刀、結構傷だらけだな。

 探索着は機関からの支給品。上下黒くて繊維質。ポケットが多い。

 銃を手に取る――Revolver Fender On 993。4インチモデル。

 重量592g。

 993年に製造されたと刻印されている。いつの時代の993年なのかは不明。骨董品だから何かの模造品なのかもしれない。安かった。

 ちなみに今は凛雪三年になる。昔は西暦というものがあったらしいけれど、この街にはない。他の街にいけばあるかもしれないけれど、迷宮化の事情により他の街に行くには複雑な手続きが必要になる。

 弾丸はシュレディングブリット。スイングアウト方式。

 ダブルアクション。安全装置はある。

 ダブルアクションはシングルアクションと違い、トリガーがハンマーを起こし撃発する構造。性能上の問題で強力な弾丸を発射すると壊れる可能性がある。

 装弾数は6つ。

 スラリとしたバレル、続くヨーク、シリンダーの重心バランスが良く、引き金、女性のウェストを思わせるフレームからグリップへと続く。手に良く馴染む。

 表面上の名称部位数は23。

 重さを控えているのは女性のためとも片手で撃つためだとも言われている。

 シュレディングブレットは通常弾の事。

 シュレディングブレット。ブリットかブレットか。パンなのかどうなのか。バレットかもしれない。

 リボルバーに標準で採用されている弾丸。通常使用されるものなので、ブレットと言えばこの弾を指す。

 昔は38スペシャル弾とか色々な名前で呼ばれていたらしい。

 リムファイア方式とセンターファイア方式があり、センターファイア方式にはベルダンプライマーとボクサープライマーがある。

 シュレディングブレットは通常ボクサープライマーが採用されている。

 弾は被甲に包まれ、ボディと密着している。ボディの中には火薬と空気が少し含まれており、フラッシュホールが一つ、プライマー(雷管)が設置されている。

 弾丸一発約九円。支援があるので通常より値引きされている。


 小刀。骨董品。刃渡り21㎝。黒い鞘、ロック付き。鞘に手形が付いている。握り使い込んだ跡。順手跡と逆手跡、そこへ手を這わせるとピッタリと寄り添い強く握れる。鍔が無くてもこの凹凸のおかげで指が飛ぶことがない。何の変哲もない小刀。結構擦り減っている。

 ハンマー。柄から先まで全部金属。少し重い。これは私物。鈍器部分に傷が目立つ。

 三年前初めて使っていた装備。そのすべてが懐かしく酸っぱい匂いがした。


 天使の輪(エンジェルリング)。これは一種の安全装置。頭の上に置いてもいいし、手首や足首に装着してもいい。色は緑、黄色、赤で緑に常時装着義務はない。黄色になったら常時装着義務が生じ、赤になったら強制装着される。要は犯罪歴の可視化。

 探索者の証でもある。

 ぼくは二つ持っていて、ロッカー内にあるのは旧式の方。

 着替えてガンベルトと鞘を装着し、ブーツを履く。膝下までを覆うブーツはスネ、つま先、足の裏に繊維状の金属が使用されていて足を保護してくれる。作業着も見た目は布だけれど金属を繊維にした特殊なもの。

 ブーツの紐をきつくしばり、しっかりと足にフィットさせる。最後に手袋をはめたら準備は完了。

 懐かしい初期装備だ。この装備は機関支給のもの。

 最後にお気に入りのコートを羽織る。黒いシースルーのコート。内側に色々仕込めて重さを感じさせない魔術がかけられている。シースルーだけど丈夫で撥水加工もある。

 ぼくが普段から使っている武器は銃一丁と短刀一本だけだ。

 後は内側のポケットが空間湾曲していて道具箱に直結している。直結している道具箱は家にある道具を入れた箱で色々必要な道具が入っている。

 ぼくが持っている持ち物の中で一番高価なのはこのコートだ。このコートだけあれば後はどうでもいいとすら思う。

 ロッカーを出る。

 二年前ぐらい前は毎日エーデルワイスを潰していた。効率はあまり良くなかったけれど。

 統一機関に所属するメリットはある。

 もっとも最たるものが天使ポイントだ。

 そのネーミングはどうなのと思うかもしれないけれど、天使ポイントであっている。先も言った通り、天使は通常人には治せないような怪我や病気も治してくれる。その際に必要となる機関貢献度ポイントの事を通称天使ポイントと呼ぶ。

 天使ポイントがどのような場合に付与されるのかは不明だ。この天使ポイントを使えば通常ではなし得ないような事柄を天使が叶えてくれる。

 特殊な条件さえ満たせば、死者ですら蘇生してもらえる。

 天使ポイントはこの世界においてもっとも価値のあるものの一つだと言われている。

 転生も若がえりも可能だ。まぁ……転生しても記憶は引き継がないし、若返りをしても条件を満たしていなければ結局寿命で死ぬのだけれど。

 金銭への換算も可能だ。天使が管理する場でのみ金銭と交換できる。それ以外での換金は無効。つまり天使が換金する以外の天使ポイントの換金は無効だ。勝手に行(おこな)っても天使ポイントが消失するだけで買ったほうが損をする。

 現在の相場だと一ポイント十三万円ぐらい。

 他人の天使ポイントを使用して他人の願いを叶える事は可能だ。でも無理やりとかだと当然ダメだし、高いけれど暗殺なども請け負ってくれる。当然だけれど本人が正気で同意がなければ無効だ。判断は天使がするから天使の判断で決められる。

 なんで知っているのかって、本人たちがそう言っている。

 天使ポイントを貯めるのは目標の一つだ。

「あ、まだいましたね」

 フロントに出るとファニエルさんが声をかけてきた。

「ぼくですか?」

「はい。寧々さん。実はあなたにお願いがあるのですが、お話よろしいでしょうか?」

「はい。大丈夫です」

 天使の言う事は基本断れないし断っちゃダメだ。

 近年天使が人を支配するのではなく、人が天使を支配するべきだと言う人達が出て来ている。法案まで提出しているらしい。

 そんな法案がまかり通ったら天使は人を見捨てるだろうなと考えなくともすぐにわかるのに、それでも天使には人が必要だと思ってい込んでいる人達がいる。

 もしそれで天使が逃げ出すというのなら、捕らえればいいとすら言う人達がいる。

 正直狂っていると思う。

 遠い昔、生類憐みの令という法案が通ったことがあるらしい。その内容を聞いた時、ぼくは正直嘘だと思ってしまった。現実に通ったらしい。まさかとは思うけれど、正直怖いよ。歴史に笑われるという言葉がある。もし天使は人の下に付くべきだという法案が通ったのなら歴史に笑われるのだろうなと、なんとなくそう思ってしまった。

「貴方達、こちらへ」

 ファニエルさんが連れて来たのは数十人からなる男女だった。

 年の頃は十二ぐらいだろうか。所属したての人達だと思われる。服装が皆一緒なのは、初期装備のせい。ぼくとお揃い。でもぼくの方が劣化している。

「お話と言うのは?」

 なんとなくぼくの方から伺ってみる。

「実は、この子達、新しく所属する新進気鋭の方々なのですが、ダンジョン攻略を指南してほしいのです」

 数人が値踏みするようにぼくを見た。

 ぼく、盗賊なのだけれど。レベルも十五ぐらいで把握されているはず。

 ちなみに性質のレベルは百が限界で、それが人の肉体の限界だと言われている。

 どんな性質の人でも百が上限でそれ以上は存在しない。肉体に依存するので年を取るとステータスは当然下がる。とは言ってもレベルが百の人なんて数えるほどしかいない。

 人が普通に生活して到達できるのが四十代だと言われている。頑張っても七十で折り返しが来て、徐々に下がって三十代前半ぐらいで安定すると聞いた。

「ファニエルさん。お話と言うのは?」

 男性の声がして視線を移す。ぼくの他にも複数の人が声をかけられたみたいだ。正直ぼくはいらない気がする。こういうのって公開処刑だ。

「はい。集まりましたね。では改めて説明しますね……」

 ぼく達に言った事を改めて伝えていた。伝え終わると男性がこちらを向く。自信に満ちた目というのか、希望に満ちた目をしていた。眩しい。

「まずは俺から自己紹介するよ。俺は新井礼二仁也(あらいれいじひとなり)。性質は戦士、レベルは三十五だ。今年で十八になる。機関に所属してからは六年ぐらいになるかな。よろしく。ちなみにランクはBだ」

 そのレベルでランクBになれるのは素直に尊敬する。単純に強いってことか、パーティを組んでいるかのどちらかだ。

「私は園村のどかよ。性質は魔術師。レベルは三十七よ。年は内緒ね。礼二……新井とはパーティを組んでいるの。よろしくね」

「ナツメグです……。性質は回復術士。レベルは四十。よろしく」

「メグったら。この子も私達とパーティを組んでいるの。みんなよろしくね」

 自己紹介が始まって、少し居た堪れない気持ちになってきた。さらに数人が挨拶して、視線が一斉にぼくへ集まって来た。この流れ苦手だな。ぼくもしないとダメかな。嫌だな。

「盗賊、レベル十五、ランクはD。よろしく」

 誰かの吹き出す声が聞こえた。

「あの? 何年ぐらい所属しているのですか?」

 一人女の子が手を挙げて聞いて来る。

「三年ぐらいかな」

「それでまだ十五なんですね」

「まぁね」

「性質差別は良くないってわかるよね? そう言う言い方は、この方に失礼だよ? 組分けは、自由にするって感じでいいですか? ファニエルさん」

 園村さん気を使って頂いてどうも。

「そうですね。かまいません」

 当然と言えば当然だけれど、ぼくの所に来る人はいな……いたわ。三人いた。

「よろしくお願いします。盗賊さん‼」

 髪の毛がゆるふわな回復系と思われる女の子と、目つき悪い女の子、それと気の弱そうな眼鏡の男の子だった。

「けっ」

 目つき悪い女の子、態度も悪い。

 気の弱そうな男の子はこっちに来たけれど何も言わない。ぼくにどうしろって言うんだ。ファニエルさんを見ると、ファニエルさんはニコッと微笑んできた。どうしろって言うのかどうするのだ。

「君たち」

 金髪の男が話かけてきた。ぼくにじゃなくてゆるふわガール達にだ。ゆるふわガールってちょっと言い方がダメかもしれない。表現力がね。ぼくの表現力が乏しい。ぼくみたいな男の事をカエルと言うらしい。カエル化しているんだぼくは。

「良かったら、僕が面倒見てあげるよ。僕は騎士。レベルはまだ二十だけれど、どうかな?」

「えぇー……そうなんですかぁー」

 ゆるふわガールがぼくに視線を移し、ぼくは首をかしげる。こういう場面何度かあった。パーティ組むよう言われて合流した面子が、ぼくより容姿が良く性質の異なる人達に連れられていく。

「せっかくの申し出、ありがとうございます。ですがぁ今日は、盗賊さんについて行こうと思います」

 マジデジマ。なんでなんで。行っていいよ。

「大丈夫かな? ねぇ君も僕たちの方がいいと思うよね。なんなら君も一緒にどう?」

 ぼくに同意を求めないでよ。

「好きにして。どっちでもいいよ。ぼくに拒否権はないよ」

「だって? どう?」

「あの……ごめんなさい。今日は盗賊さんについていきます」

 珍しい。

「そう? じゃあ連絡先教えてよ」

 さすがにそれは良くないと思う。実は男女間のトラブルは結構多い。

「それ以上はやめてください。早馬さん」

 ファニエルさんが前に一歩出て来た。

「……わかったよ。またね」

 ファニエルさんが男にそう言うと、男はため息をついて離れていった。

「悪い方ではないのですが、女性に対して少々近すぎる方です。では寧々さん。お願いしますね」

 ぼくもため息つきそうになった。

「あの。あんまりこういう事を言いたくはないけれど、できるなら他の人に指導を受けた方がいいよ。ぼくは言った通り盗賊だからね。ぼくなりのやり方でいいのならいいけれど」

「寧々さん。そう言う言い方は良くないですね」

 ファニエルさんの目が真剣にぼくを睨んでいて怖い。受けた手前、全力でやって欲しいと言うのはわかった。

「すみません。これは仕事という事ですね。理解しました」

「はい。仕事です。よろしくお願いしますね」

 拒否権はなさそうだった。

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