第6話 この世界④
学校は午前で終わる。
移動するために乗った路面電車の中でぼんやりとする。
今日はお金を取られなかったけれど、お腹を何発か殴られた。あんな男子でも彼女がいるのだから不思議だ。
窓の外から入る人工燈の明かりが目に痛い。太陽にみたいに眩しいらしい。
昔は自動車というものが街の中を走っていたと聞く。今は燃料の問題で走っていない。路面電車には二種類あって、白い一般車両と黒い専用車両が走っている。
学校の制服では一般車両を利用しないとダメだし、探索着を着用したのなら探索者専用車両を利用しないとダメだ。
後中等部以下は黒い車両を利用していい。その方が安全だから。
カードを出して中空に浮かんだ文字列を指でタップする。専用のアプリを起動して情報と地図を表示。これで街中にあるエーデルワイス(サブダンジョン)がわかる。
エーデルワイスを駆除するのはD~B級までの仕事。ぼくはD級探索者なのでエーデルワイスを駆除する依頼は受けられる。
B級からはゾンターク(メインダンジョン)へ挑めるようになる。
地図を参照しながら電車を乗り継ぎダンジョンを見て回る。路面電車は基本時速30kmほどで走っており、空いている電車であるのなら走行中に乗っても良いことになっている。
そろそろ機関に顔を出さないといけない。
非正規にメインダンジョンに挑むことはできる。
街の中に封鎖された区域が幾つかあり、非正規ルートとして民間が管理している。お金さえ払えばそのルートを通じてメインダンジョンに入る事ができる。
もっとも命の保証はないし、入り口によってはマージンを取られることもある。民間にも色々あるし、企業で独占している場所もある。
統一機構はそれらの入り口を使うことを推奨していないが封鎖もしていない。
機関のランクを上げるのは時間と労力がかかる。機関への奉仕活動や品行方正を求められるし、非正規ルートを選ぶ人は多い。
ただやっぱり民間は管理している業者がとにかくウザい。上から目線だし、レアアイテム等の提出を求められることもある。結構理不尽に強奪される。
サブダンジョンを民間が占領することは法律に反する。
サブダンジョンなんてそれこそ民間に任せればいいと思うかもしれないけれど、色々な問題もある。占領した挙句、育つまで放置してメインダンジョンへの入り口等にしてしまう人がいるからだ。
この世界が壊れようが街が壊れようが構わないという人達が一定数存在する。
自分たちが大金を稼げるのなら他人への迷惑なんて関係ない。
それ以外にも複雑な問題があってサブダンジョンを民間が占領するのは禁止されている。
目的地に到着したので降りる。
人類統一機構チャシャーキャット統括機関オーダーライン。通称ライン戦線。
「ようこそオーダーラインへ。今日はどのようなご用件でしょうか?」
いつもの受付のお姉さんの所へ行く。
ファニエルさん。天使。比喩じゃなくて本当に天使。背中に羽がある。
カードを提示する。カードにはステータスとかレベルとかが記載されていて、提出すると色々なフォローを受けられる。仕事を斡旋して貰えたり依頼を受けられたり。
カード情報は更新しないと使えない。でもぼくのレベルや内情を知られると困るのでステータス情報だけは更新していない。最悪隠蔽することも視野に入れている。別に隠さなくてもいいけれど、おならを見られるみたいで恥ずかしい。
レベルはステータスの高さから統合された基準だ。ステータスの高さからレベルが逆算されて、そのレベルがステータス総合の基準値となる。要はレベルが高いほど強いよってこと。
「サブダンジョンへの探索許可をください」
定期的に更新してサブダンジョンを攻略しないと色々な処分を受ける。処分と言ってもそんなに大した事ではなく、復帰時にお金を支払うことになるだけ。B級とかになるとさすがに降格処分もあるみたいだけれど。
「かしこまりました。確認しますね」
ファニエルさんが少し笑みを浮かべてカードの情報を確認していた。
「うぇーい‼」
体当たりを受けると認識していた。かわすのもありだけれど、前に出た腕、肘を痛めると手の平が床につく。痛い。
割り込んできた人を見た。体格は大きく太っている。
まるで突撃してきたイノシシのような笑みを浮かべて男はぼくを小馬鹿にしていた。
奇怪な声を発した男に体当たりされた。本当にそんな掛け声を上げる人がいるのかと、瞳孔が開いていた。
プライドを優先して争うか、時間の無駄、プライド等豚の餌だと退くか。考えるまでもなくぼくは後者を選んだ。この国は、街は曲がりなりにも法治国家だ。力よりも法が勝る。そして法は穴だらけだ。下手な諍いは闘争をうむ。ぼくが我慢すれば済む話だ。弁護士とか裁判とか面倒だしね。
頭に上がった血を下げる。
この手の輩は目を合わせなければいい。柴犬と一緒だ。
次の瞬間打撃音が響いて固まった。
「お客様。割り込みはご遠慮ください」
目の笑っていないファニエルさんが台パン(台をパンチ)した音だった。
「ぎゃはは‼ みんな見ってるー!? 本日のテーマはこちら‼ 天使を怒らせてみた‼ でーす‼」
再び拳が台を叩き、打撃音が響く。その衝撃に、ぼくも、そして周りの衆目も緊張を見せていた。
「うわっ‼ ガチギレじゃん‼ 天使ちゃんおこでーす‼」
カメラをこちらへ向けて来て反射的にぼくは顔を手で隠していた。
「ぶふっ。コイツ顔隠してやがる。顔出しする勇気もねー奴がダンジョン探索なんかするなよなー。何のためにやってんの? マジ受けるんだけど」
ぼくの性質は盗賊だ。ぼくが目立つわけにはいかない。絶対にダメだ。
ダンジョンの攻略動画はお金になるから顔出し配信とかする理由はわかる。
「おっ。すげー。見てる奴千人超えたんだけどっ。マジうける‼ チャンネル登録よろしくう‼」
男のカメラが吹き飛んだ。
黒い霧が視界の中へ入ってくる。
天使と悪魔は表裏一体。
天使が本気で怒った。
無言でカウンターより出てきたのは赤黒い血のようなオーラを纏い悪魔の羽を持ったファニエルさんだった。
「お客様、お帰りはあちらです」
「おいおいおい‼ 最新の動画撮影機材だぞ‼ 弁償しろよ‼ なんだよ‼ やるってのかよ‼ おーいみんな見ろよ‼ これが天使の本性だぞ‼ 俺達は天使に支配されているんだ‼」
「いい加減になさい。どうして貴方のような人がいるのか理解不能です」
「おい‼ 今の発言聞いたか‼ コイツ今差別発言したぞ‼」
「やめろ」
強い口調でそう言ったのは、長身の男だった。隣にいる女性の顔を見て、顔を背けてしまった。
「なんだお前‼ ガキはすっこんでろ‼」
「おっさん。いい加減にしろよ」
「なんなんだよお前。ガキはすっこんでろよ。英雄にでもなったつもりかよ。うわっ萎えるわー」
ガキはすっこんでろって台詞、好きなのかな。
最近の若い奴は。傍にいた男性がため息交じりにそう呟いた。
それはあの男と、そして無様に尻もちをついている自分を指している気がした。世界の中にはそう言われても仕方のない若者が一定数いるとぼくも思うよ。ぼくも含めて。
「うるせぇ老害が」
また誰かがそう声を上げ心が縮む。殺気立つような爆発しそうな空気。意地とプライドだけが張り付いたような空気。
老害と呼ばれても仕方のない人も一定数いると思うよ。ぼくの将来も含めて。
「つか触んじゃねーよ‼ あぁ⁉」
「お前がまずやめろ」
「あぁ‼ クソガキが‼ おめぇしょんべんくせーんだよ。舐めてんじゃねーぞ」
「うわっコイツ、舐めてんじゃねーぞって、お決まりのセリフ言いやがった。マジやっべぇ。なにコイツ。マジやばくね」
「つうか相手すんなし。定峰も煽んなし」
幼馴染を含むグループ。人数は四人。
天王寺義時(てんおうじよしとき)。鳴時イミナ(なるときいみな)。戸部季鈴(とべきりん)。定峰修吾(さだみねしゅうご)。
イミナがぼくを見た。その目は触れたくないものに触れたようなそんな雰囲気を纏っていた。知り合いだから知らんふりもできない。聖女になってからイミナの性格は少し変わったとぼくも思う。
だけれどぼくも知り合いだと知られたくない。顔を伏せ知らないふりをする。
「はははっ。四人でヒーローごっこか‼ ガキ共が‼ お前らは天使の犬か何(なに)かなのか⁉ この姿を見てまだ天使に従うのか⁉」
「そういうのは他所でやれ」
「言論の自由は何処へ行った‼ これだからガキは‼」
男が天王寺の胸ぐらを掴み、そこからは一瞬だった。腕を捻られた男が地面に転がり関節を決められる。慣れた鮮やかな手並みだった。
「おっさんさー。いい加減にしろし。迷惑なの見ればわかっしょ」
「あばずれ女がっ」
「あ゛!?」
「そうだぜおっさん。ほらっ治安部隊のお出ましだ」
すぐに男は治安部隊に拘束されてしまった。
「離せ‼ 触るな‼ 弁護士を呼べよ‼ 触んな‼ 気持ちわり‼ ヘルメットの中腐ってんじゃねーのか‼」
「立てるか?」
天王寺が目の前に来ていた。ぼくのような人間にも手を差し伸べてくれる。
「ありがとうございます」
「いや、いい。あぁいう手合いには歯向かわない方がいい」
四人が去る時、イミナがちらりとぼくを見た。可哀そうな弟を見るかのようなそんな眼差しだった。
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