第43話 勘違い

「暴走?」


 グラサンの発言は穏やかではなかった。事実、いつもは泰然たいぜんとしているグラサンの様子にも、どことなく緊張の色が見える。


「奴の主張を簡単に言うとこうだ。『ああ面倒くさい、下級神の一人くらい、居てもいなくても関係ないのではないかね?』」


「……もしかして、モノマネのつもりか……!?」


 それとなく似ているのが少し悔しい。


「どうだ、似てただろう?」


 こう自信満々で迫られると、俺としてもどう返答して良いか分からない。グラサンってこういうキャラだったのかなと、ふと不安になる。


「ま、まあ、悪くはない」


「そうだろう。まあ、ああいう方だからな、それなりに特徴があって、そっちの方は人気もある」


 俺たちは何を話しているんだろう、という疑惑も湧いたが、これもグラサンなりの気遣いなのかも知れない。俺は少し呼吸を整えた後で、遂に、今まで胸中に秘めていた疑問を口にした。


「グラサン、もしかしてあなたは、ドルンドルンなのではないか……?」


 グラサンの真意が分からないまでも、彼が俺に対してして来たこと、及び、パンドラについて知識を持っている点からしても、そうとしか考えられない。


 グラサンは短く宙を仰いで何事か考えていたが、やがて意を決したかのように言葉を捻り出した。


「違うと言えば違うが、全く違う訳でもない。厳密に言えば、ドルンドルンの波動を帯びているが、奴自身の魂そのものは、もう俺の中にはない。安心しろ、奴の意識は別の所にある」


「しかし、何かしら関係があるということだな。一体何を考えている? 簡単にでもいい、説明してくれないか」


「そうだな、まあ、この世界の中ならば、少しばかり時間もあるか。ドルンドルンの罪そのものは知っているな、天界のことも少しは理解しただろう。それでもな、ドルンドルンは人間たちの可能性を諦めきれなかった。そこで一つ考えた。神々の間でも、異世界という形、もしくは並行世界という可能性は知れている。それで、その中からドルンドルンと波長の近い奴、及びタイミング、それらが上手く合致した、人間の可能性を知る者を、俺たち二人で呼び寄せたという訳だ。無論、禁忌だがな」


 グラサンは依然として表情を変えず、しかし言葉には熱がこもっているようだった。俺自身、この男が敵ではないとは知っている。それに、ここでの暮らしをそれほど悪いものとは思えなかったという素直な気持ちもある。元の生活も名残惜しいが、そちらは駄目なら駄目で構わない。


「なるほどな」


「正直、貴様には色々な物を押し付け過ぎたとは感じている」


「もっとも、俺はそれほど嫌な思いはしていない。天界の神々には分からないだろう。俺はこの街の人間たちより、ずっと未来と言える環境の中で生きて来た。便利で食べ物にも娯楽にも事欠かない時代だ。だが、それでも、本当にそれが良かったのか考えるきっかけになったよ」


「俺も、貴様が来てくれて良かったと思っている。まさかこうも人間たちというものが力を持ち得るものだとは、つゆにも思わなかった。誰もがここまで出来るものではない」


 俺はグラサンのことをそれほど詳しく知らないが、何しろ第一印象が悪い。遥か頭上の絵画から顔だけ出して、何やら偉そうにしていたのだ。それもあって、なかなか素直になることは出来ないが、当然ながら心の中では大に感謝している。


「もしかすると、俺たちはどこかで腹を割って話す必要があるのかも知れないな。その点をもっと詳しく尋ねたいが、しかしその前にゲイドリヒの動きだ。実際、俺ことドルンドルンは、このままだとどうなる? 具体的に彼はどうしようとしているのだ?」


 グラサンはサングラスをきゅっと持ち上げて、重々しい口調で答えた。


「審判の前に、貴様の存在を消そうというのさ。審判対象がいなければ、それにわずらわされることもない、単純明快な理由だ。無論、他の神々から様々な意見を受けるだろう。だが現在、上級神たちの間でも意見は割れている。ゲイドリヒ殿を下手に制しては、無用な闘争の火種となりかねず、結局、有耶無耶うやむやに終わるのではないか、という危惧きぐがある」


「では、他の神々は文句を言ったり、もしくはそのような暴挙を制裁することはないのか?」


「ゲイドリヒ殿はあんなだがな、力は凄い。下手に派閥に入らず、超然としているから、誰も何も言わず、これといって意見をする者もいない。一方、今回の審判対象、ドルンドルンは他から見ればただの下級神の一人だ。ゲイドリヒ殿との軋轢あつれきを見越してまで、強く擁護する者もいないだろう」


「殺され損、という訳か。それで、あなたはその動きを一早く察知して、俺に教えに来てくれたということだな。ならば、奴も早急な行動をしようという訳ではないんだろう? もう少し、この世界を見て回る時間はありそうだ」


 グラサンは意外と抜け目のない奴だ。俺のやろうとしていることの一端を見る為だとはいえ、夜月と楽しむ時間を見出したのだ。つまり、時間的のまだいくらか余裕がある。ゲイドリヒが行動に出るのが、まさか今日明日にどうにかなることはないだろう。


 グラサンが意見を語る。だが、その間、俺は何か背中に冷たいものを感じていた。


「この世界も元は俺がドルンドルンに渡したものだ。もちろん秘宝級だぞ、もっとも、俺もドルンドルン自身はなかなか有用な使い方を思いつかなかった。ここの使い方はそれこそ千差万別だが、俺もそれなりに勝手は知っているし、推測も出来る。ここでの時間の流れは、外とは違うのだろう?」


「時間の流れを速めてはいるが、確か、俺が目覚めている時は向こう側の時の流れに近くなる」


 不意にグラサンが黙り込んだ。それから、彼にしては、やや切れ味の鈍い口調で答える。


「……そうだったかな。まあ、そういうこともあるだろう」


「それで、ゲイドリヒの行動予測は?」


「直情径行な所があるからな。俺がその動きを察知したのが少し前だ。彼は恐らく午後の義務を終えた後、下級神エリアを探しに行くだろう。それから、貴様の姿が見えないとすれば、直接自宅に乗り込む可能性がある」


「もし、天界とこの世界、パンドラとの時間間隔が同じだとしたら、それはいつ頃になりそうだ?」


「……ぼちぼち、かな」


「……し、しかし、このパンドラの門の存在は分からないだろう。一応、タペストリで目隠しをしてあることだし」


「一昔前はそうだったかも知れないが、今やこの世界にはそれなりの力が満ちている。上級神であれば、その出どころである門は難なく勘付くだろうな。俺でさえ容易く感知出来たのだ」


 ……!


 俺はグラサンが言葉を言い終わるのを待たず、勢いよく立ち上がった。もし、人間の存在と、その活動を快く思わない者が、パンドラの存在に気が付いたらどう思うだろうか。ましてや相手は本当の神と言える力を持っている。


 彼ら神々にとっては、この世界など仮想空間のように感じるかも知れない。現実とは感じないのだ。それを消すことに躊躇ためらいなどあるだろうか。


 ならが俺が見出すべき道は一つ。ゲイドリヒがパンドラの存在に気が付く前に、最悪、俺が生贄となってでも、その足取りを止めなければならない。


「あ、おい、どこへ行く」


「行かなければならない」


「待て、何か勝算はあるのか!?」


「無い! 無いが、可能性がゼロでなければやるべきことがある」


 そのまま、俺は店の裏口から飛び出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る