第34話 力の条件

 神の力。


 かつて受講した「自然力」という講義の中で、講師である中級神が言うには、神としての力を顕現させ、超自然的な力を引き起こすことをいう。


 だがそれには当然ながら適正があり、仮に力を持っていても、その事象をその者が引き起こせるかどうかは別の話だという。


「雨よ、降れ」


 俺は先程と同様、力を込めて空に向かって祈りを捧げてみたが、変化は見つからない。やはりそれぞれに権能があり、俺は人間の神として、天候を操る力はないのだろう。


 左右を見ると、先ほどまで血気盛んに敵愾心てきがいしんを飛ばし合っていた両陣が、今や俺に対して怪訝けげんな目を向けている。手には弓を持つ者もいる。


 草原の中の木の下で、俺は何とも不安な心地であった。


「ヒスイよ」


 俺はドルンドルンとしてヒスイに尋ねた。ヒスイも俺とリプリエとの会話を聞いていたはずだ。そして、その話を理解できなくとも、雰囲気に飲まれるように、さきほどとは異なり従順な面持ちをしている。その表情はタツネへではなく、神へ向けた態度と言えるだろう。


「は、はい」


「神とは試練を与えるものだ。この状況、何とかしてみせよ」


「はい。……え、えっ?」


「案ずるでない。責任はドルンドルンが取るだろう」


 正直な所、俺はこの状況を前に、自分が取るべき行動が今一つ分からなかった。それならば、より事態を見知った者に行動を預ける方が賢明というものだろう。


 しかし、狼狽ろうばいするヒスイを前に、俺はふと思い出した。そういえば、この姉妹の関係性は良くないのだ。優柔不断で、何かとヒスイに頼りがちなタツネのことを、ヒスイは時折、複雑な眼差しで眺めている。


「……ふふ、などと言うと思ったか、ヒスイよ」


 彼女らはドルンドルン教の巫女だ。それらの関係性が悪いのを、神として見過ごすことは出来ない。


 スズネの時もそうだったが、後代を見据えた時、問題があるのなら、それを解決していかなければならないのだ。ともすると、それは損な役回りであるかも知れないが、俺は何かとそのようなものを見過ごせない性質たちでもある。


 だからこそ会社で便利役の如く使われていたのだが、今にして思うに、その全てが強制されたものでもなかった。中には、いや、どちらかと言えば、俺から名乗り出たものの方が多かったかも知れない。


 まあ、自分で言うのもなんだが、愛すべき憎めない奴なのだ、俺は。


「ヒスイよ、姉の姿、よく見ておくのじゃぞ」


 いかん、ちょっとメルが混ざってしまった。口調を真似ることで、彼女の力が少しでも使えればいいが、そんな都合のいいことは起こらない。本物が来るまで、俺が少しでも場を繋げなければならない。


 俺はヒスイをその場に残すと、前に歩み出て、高らかに言う。


「皆の者、我が名はドルンドルン、そなたらの神であるぞ」


 一瞬、場が静まり返った。食糧不足、水不足を前に、憔悴しょうすいしながらも、それでも血気盛んな者達が黙り込んだのだ。これぞドルンドルンの威光よ。俺は心の中でほくそ笑んだ。


 だが。


「神が今更、何の用だ、本当に神様だって言うのなら、この窮状を救ってみせい」

「エセ神様!」

「神をかたる従者ダルムムンめ!」


 どちらか一方からならまだ分かるが、しかし非難は両陣から飛んで来る。一瞬の内に、なぜこうなってしまったのだろう。ヒスイを案じた俺に、配慮が足りなかったとでも言うのだろうか。


 しかし、俺は確実に神としての力を増している。今の所、顕著なのは例の色欲力くらいなものだが、人間を何人か行動不能にすることなど、いともたやすい。


「不届きな輩どもめ、神の力を思い知るがいい」


 俺は俺たちを軟禁していた勢力の数人に視線をやると、その者達との快楽にふける姿を妄想した。これで少しは神の力を示せるはずだ。


 だが。


「おうっ、なんだ、むず痒いぞ」

「お前もか? 不思議な感覚だ」


……。


 俺は呼吸を整え、そして努めて冷静であろうとした。


 落ち着くのだ。不発というか、効果が薄かったことは何も初めてではない。リプリエを始め、これまでにも少なからずあった。俺の力が弱まったのではない、何か、これまでにも感じていた力の発動にルールがあるはずだ。


 その点で、これまでに感じていたことがある。単純に性欲を浴びせ掛けるのではなく、そこに複雑な心境を絡めるのだ。世に言う、寝取り寝取られといったものから、禁止された場所だったり、内容だったり。もしくは背徳感。そのような複合化が条件なのではないだろうか。


 そのイメージを加味することは、言う程に簡単ではない。抱いた生の感情に、不純物を自らで加えるのだから、より上位の想像力が必要になる。


 たが、巫女の体であれば少しばかり楽でもあった。


 タツネは処女だ。今、それを誰知らぬ者が突然奪うとなると、やはり間接的に俺が奪ったことになるのだろうか。それをしようというのだから、当然ながら後ろめたい感情が出る。


 そう、俺、タツネは痴女ではなく、淑女なのだ。故に襲うのではなく襲われる。誰知らぬ男たちに囲まれ、好き勝手にされ、しかも、その体は俺が操っている。その時のタツネの心情を考えれば、色欲力に必要な後ろめたさをすぐにでもイメージ出来る。


 その俺の仮説は途端に功を奏し始めた。男たちは急激に悶え始め、その場に膝を付く。


「な、なんだ、急に体が熱く……」

「くそ、さっきまでとは全然、違うぞ」


 人は神秘的なものもそうだが、何より異質なもの、そして自らに危害を加えるものを畏れ、忌避する。あまりにも自分たちの理解に負えないものに、神秘的だとか祟りだとか、そういう近寄りがたいレッテルを貼るのだ。


 とにかく、俺は確かに今、意思を持って彼らを苦しめている。全てが俺の力ではなく、リプリエから貰った力が多くを占めているのかも知れないが、しかし傍目はために、俺の所業であることは明らかだ。


「ど、どうだ、思い知ったか」


 俺を見る険しい眼差しが、少しずつ変化をし始めた。同時に、双方が少しずつ冷静さを取り戻し始め、俺への罵声は完全になくなった。


 しかし人間とは現金なものである。


「な、ならば神様! 恵みの雨を、是非とも我らに!」


 まあ、やはりそうなるだろう。しかしそればかりはメルの到着を待たなければならず、また、確実にその結果が得られるもかも分からない。


 故に、とにかく俺が言える言葉は一つだけだ。


「しばし、待て!」

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