第33話 成長
「天候……不順?」
「う、うん」
「悪天候を操れるってこと? それなら、嵐でも何でもいいから、とにかく水が欲しいわ。雨なんかも降らせられるの?」
「……ど、どうかなぁ……」
「どんな神様?」
「のじゃって言う」
「?」
すまぬメルよ、色々とハードルを上げたり下げたりしてしまった。
とはいえ、この小屋のような所に軟禁されたままでは、いずれにせよ何も出来ないままだ。どうやら俺たちは丸一日ここに居るようで、現在、俺たちを人質として、土地や食料の交渉がそれぞれの村でなされているという。
それから少し、奇妙な沈黙が入り込んだ。
相変わらず俺たちを包み込む空気は良いものではない。なんでも、タツネにはやや思い切りが弱い所があって、しばしば、意思決定などを妹に頼ることがあるという。その点がヒスイにとって不満なのだろう。
更に数分。沈黙を破るように、うっすらと戸が開いた。男がのそっと顔を出して言う。
「おい、付いて来い、前方へ移動する」
小屋を出るとそこは村外れの一角で、周囲には数十人の人間たちがたむろしているのが見えた。成人男性が多いが、中には女性や子供も混じっている。雰囲気はものものしいが、どこか疲弊しているようにも見える。あまり覇気がないのだ。
時代はスズネの頃から少し下って、ちょうど中央集権的な国家へ推移している頃合い。
人々の技術も少しずつ発展しているが、それでも暮らしぶりが安定するのは、まだ先だろう。そんな折だからこそ、信仰が重要視され、何を信じるか、そして信じさせられるか、というのは非常に大事な事なのだ。それが人々の思考を分けて、敵と味方を作る。
大地は確かに乾いていた。草木は茶色く変色し、大地は所々がひび割れている。視界に広がる田畑も、生気を無くしているのが一目でわかるほどだ。
その後、俺たちは草原地帯にある、一本の木の下に座らせられた。後ろ手に縄を掛けられ、常に一定の距離から男たちに監視されている。
反対側を見るとまた別の集団がいた。
これは人質の引渡し現場のようなもので、俺たちの命と引き換えに、村人たちは食糧や飲料を引き渡すのだろう。既に片側、つまり俺たちを人質に取られた側は、その覚悟を決めているように見えた。資材を前線に運び込み、そしてちょうど今、その話し合いが終結しようかという頃合いだ。
「お母さん、お父さん……」
ヒスイが力なく呟いた。タツネの記憶も、あの中に両親がいると告げている。だが、俺は全く別の地点に視線を向けていた。
「……リ、リプリエ……」
若干離れた地点で、木々の影からそっとリプリエが様子を見ていた。さすがに俺の手縄を見て、顎をくいっとはしなかったが、しかし表情は険しい。何か不満がありそうな顔つきだ。
「どうしろって言うんだ……」
俺が途方に暮れていると、なんとリプリエはその場を飛び出して、もはや人目に付くことも
「全くもう、今度は今度でどうして捕まってるのよ!?」
当然ながら、周囲の皆の視線がリプリエと俺に一斉に注がれた。俺はやや小声でリプリエに意見する。
「そ、それはもちろんだが、しかしいいのか?」
俺は顔を左右に振り回した。リプリエも同様の動作をして、少し気恥ずかしそうに舌を出して見せたが、なりふり構わず、といった
「こうでもしなきゃ、あなたに近付けないじゃない。それより、縄の一つ二つ、すぐにでも抜けられるでしょうに。もう昔のあなたじゃないのよ」
確かに、パンドラには創造神ドルンドルンとしての名が、それなりに定着している。神への信仰として世に広がり、それが力となって積み重なるというのなら、確かにその言葉も頷ける。
「そうだな、よし、やってみるか」
俺は自身の後ろ手の縄が千切れるようなイメージをした。もしくは糸が消失したり、ひとりでに緩んだり、飛んで行ったり、砂のようになったり。つまり、色々とイメージはしてみたのだが、なかなか希望通りの結果は得られなかった。
それを見て、リプリエが苦笑いをする。
「あ……。全てではないけど、一旦は私の方に力が来るようになってたんだった。ごめんね、今、とりあえず一部を分け与えるから……」
そう言うと、リプリエは決まりが悪そうに俺に近づき、そっと俺の肩に手を触れた。瞬間、俺は確かに生暖かいものが、俺の中に流れ込んでくるのを感じた。タツネの体ではなく、俺の魂そのものに注ぎ込まれるような感覚だ。
「よく分からないが、今度はいけそうな気がする!」
俺は再び意識を縄に寄せた。するとどうだろう、縄がまるで意識を持っているかのように、その場で勝手に
「え、え、どうなってるの……?」
ヒスイが目を真ん丸にして驚いている。俺は彼女の手縄もその力で解ききると、その場にゆっくりと立ち上がった。
「ヒスイ、ドルンドルン神を信じてる?」
「そんな、まさか……」
「今日、もしくは今だけかも知れない。でも、今の俺はドルンドルンなんだ」
リプリエは一旦俺の体の陰に隠れたが、もはや俺自身には逃げる場所はない。警戒を露わにする男たち、そして不思議なものを眺めるような眼差しで見つめる、タツネの両親たち。それらに挟まれて、一体俺に何が出来るだろう。
「何か考えはあって?」
「うん、リプリエ、今の向こうの時間は? 今日はメルと落ち合う約束もあった、もしかしたら異変に気が付いて来てくれるかも知れない」
「昼過ぎくらいじゃないかしら。多分だけど」
「この場はメルに賭けるしかない。連れて来れないか?」
「でも、ここへの鍵はあなたの体が持っているんでしょう?」
「……怒らないで聞いてくれ、もしかしたら、鍵を掛けてないのかも知れない」
俺がドルンドルンとしてパンドラを最後に脱出したのは、イブとの一件の後だ。つまり、心理的に疲弊しているか、もしくはテンションが異常で、とにかく不安定な時だった。
俺は鍵を掛けるまでもなく、体を引きずってネクタルのある台所にまで駆け寄ったような記憶がある。仕方ないだろう。
「まあ、あの時は私しかいなかったから、何かあったらすぐに見つかってしまいそうだったけど、今はそれなりに隠れる場所もあるからね」
リプリエが何か不満を漏らすかと思っていたが、その心配はなさそうだ。そうなると、後はメルが俺の異変に気が付くかが問題となる。パンドラまで来てくれれば、リプリエが察知することが出来るだろう。
「だが、メルが来るとしても、もしかすると数時間掛かるかも知れない。……あ、いや、そうか、今は時間の流れが天界側と同一だったな。それなら、ぼちぼち来てくれる可能性もある」
「そうね、メルちゃん、あんなだけど鋭い所は鋭いし」
「ああ、俺が宮中に居ないと知ると、まずはこちらへ来てくれるだろう。メルが来たら、すまないがリプリエは彼女に簡単に事情を説明してくれ」
俺は周囲をそれとなく見回した。乾いた大地を前に、リプリエは俺の言わんとする事を理解して答える。
「分かったわ。メルちゃんの力を借りたいのね。それじゃ、入口付近で待機しているわ。あなたも頑張って」
リプリエはそう言うと、人目の付かない所を目指してふわりと飛んでいった。
「後はこっちか……、僅かなりにも時間稼ぎが出来ればいいが」
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