第31話 会者定離

「……ま、まさか、ダルムムンだと? 従者であってこのような絶対的な力を持っているのか。ならば創造神リプリエの力とは一体、どのようなものなのだ……」


 男の一人が狼狽しながら、ひねり出すように声を出した。得体の知れない力を前に、彼らにはスズネの背後に威光が差すように見えているだろう。それが上手い具合に、俺の狼狽を消してくれるはずだ。


「ち、違う! そなたらの神はドルンドルンだ。そして、リプリエが従者なのだ」


 声を張った後、頬を膨らませて不平を訴えるリプリエの顔が頭に浮かんだ。やはり、彼女を従者とまで下げるのは良くない。


「……いや、リプリエは余の補佐者だ。詰まる所、その名前と、我らの関係性を間違えるでないぞ」


 先に隣村の者達に語ってしまったが、これもまあ結果オーライというものだろう。


 やがて俺が冷静さを取り戻し、神としての役割へと思考がシフトすると同時に、彼らの不調は解除された。男たちは戦慄せんりつの眼差しを俺に向けながら、一人が声高に叫ぶ。


「くそ、神を憑依させられる巫女がいるなんて聞いてないぞ、野郎ども、撤退だ!」


「あ、待て、きちんとそちらの村の者達にも伝えるのだぞ! ドルンドルンの名前と、補佐者リプリエとの関係だ、おい、大丈夫か!?」


 男たちが引き潮の如く引いていく。松明の明かりが徐々に遠ざかっていく様を見ながら、俺は複雑な心境に陥った。


「行ってしまった……」


 古来、神は人間たちにとって絶対的な存在であった。全知全能で、全てのことわりを理解し、人智の全てを尽くしてもかなわない、唯一無二の存在。だが、自分がそうであると実感するには程遠い。


 とはいえ、俺が侵略しようと息巻いている敵対勢力を追い払ったのは事実だ。そう思い、ふっと背後を振り返ると、いつの間にか多数の村人たちが集まっている。


 ……。


 一瞬の沈黙の後。


「うおおおおお、ドルンドルン! ドルンドルン!」


 割れんばかりの歓声が鳴り響いた。これに一番驚いたのは俺だ。何が起きたのか、よく分からない内に事が成就し、自分でもいささかか茫然自失としていた所に、この歓声である。


「ドルンドルン!

「ダルムムン!」

「神様! リプリエ!」


 勢いで間違いを叫んでいる者もいるが、その内に訂正されるだろう。俺は胸を張ってその彼らの熱狂に応え、少なからず気持ちの良い思いをした。


 そうか、彼らの目には、俺が劣情を抱いて敵を追い払ったなどとは、微塵も思わないのだ。


 傍目はためには、俺が神の威光とでも言うべき、人智及ばぬ不思議な力で、奴らを委縮せしめ、逃走へ追いやったと見えることだろう。つまり、俺の性力は神力である、と言い換えることも出来る。人間たちが勢力を増し、彼らの生命力がパンドラに満ちたことで、俺自身の神としての力が増大しているのだ。


 そう思うと、俺も急に元気が湧いて来た。


「諸君、これぞ神の威光よ!」


「うおおおおおお!」


 その後、俺は冷静さを取り戻した村人たちと共に広場に戻ると、彼らに神としての偉業を語り聞かせた。


「初めに、私は『光あれ』と、このパンドラの世界に命じました」


 実際、俺もその手の話は詳しくないが、イブに分身たちを注いだと直接的に語るよりは、適当な比喩で乗り切った方が神聖さを増すだろう。少しでもドルンドルンの名声を高め、彼らと、そして後代の信仰を得る為に働かなければならない。


 それからも俺は、思い付く限りの創造神話を様々に語り尽くした。ダルムムンやリプリエ神がまかり通る世界だ、その内により良い形で変化していくだろう。


「……ふう」


 やがて、村人の興奮冷めやらぬまま、集まりはお開きとなった。どっと疲れが出て来たように感じる。


「スズネちゃん、お疲れ様。あ、ドルンドルン様でいらっしゃいますか?」


 俺に声を掛けて来たのは、姉貴分のマキエ姉さんだ。夜になり、白色を基調とした清楚な服装に着替えている。それがネグリジェを思わせるようで、ほのかにエロチックなムードを漂わせている。


 今日は良くやった。少なくとも、この時代では十分な成果があった。ドルンドルンの名を知らしめたこともだが、俺が神の力を認識するようになった事も大きい。それらも全て人間たちのお陰だが、そこに俺の色欲力が重なることで、一見すると神の威光とも言うべき力へ昇華させられる。


「い、いえ、私はスズネです。マキエお姉さん。本日は色々あって疲れてしまいましたわ」


「そう、スズネちゃん、今日はご苦労さま」


 今日の成果に、少しくらい甘えてもいいだろう。マキエがそっと手を広げ、俺は身を預ける。ほんのりとした胸の温かみと膨らみが、疲れた俺を癒していくようだった。


 と、しかしこの俺の魂の宿命さだめだろうか、幸せはさほど長くは続かないようだ。俺は視界の端にエノの姿を見付けた。


 リプリエの話では、今後、もし俺が次の世代に転生するならば、それはドルンドルン神と関わりのある者になる可能性が高いと言う。巫女の間に百合の文化が目覚めるかは分からないが、その一端を楽しみに待ち受けるとしよう。


 レズビアン文化は海外では早くからきざしていた。それこそ紀元前からだ。日本では百合文化に関してはデータが少ない一方で、男色に関しては戦国武将などが、戦場で熱い抱擁を交わしていたようだ。


 その上で敢えて語らせてもらうが、文化、とりわけ性文化の開化は早い方が良い。女性用風俗がもっと歴史の早い所で出て来てもいいし、女性だけが勤務して女性だけが訪れる、完全な女性用の実店舗があってもいい。


 今後、スズネとマキエ、エノは三角関係となって、複雑な時代を迎えるかも知れないが、それも文化の礎の為なのだ。両者を抱擁し得た者として、それを見届けることは出来ないのが悔しいが、こればかりは後代から歴史を学ぶしかない。


「……お休みなさい、そしてさようなら、マキエ姉さん、エノ。少し早いですが、私は間もなく眠りに就こうと思います」


 名残惜しいが、俺は神として、スズネからの信頼も得なければならない。


 仮に身体に邪神が憑依していたとなれば、それは間違った信仰を生み、その先で神の敵対者に鞍替えしないとも限らない。


 俺は清らかであろうと心に誓った。


「さようなら、スズネ。元気でな」


 とこに就くと、短い時間だったが、この地で過ごした出来事がフラッシュバックするようだった。最初は自分勝手だった俺も、スズネの心身を案じ、遂に神としての力を拡大させることに成功した。そう考えると、非常に有意義な時間であったろう。


 静かな夜。良い雰囲気だ。スズネもきっと、今なら心を許してくれるだろう。俺はそっと股座またぐらに手を伸ばす。


 ガッ!


 しかし、敢え無く不思議な力で押しはばまれた。自らの秘部への憧れは、次回の転生へ持ち越されることになりそうだ。

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