第30話 視線
一瞬の沈黙の後、判断を仰ぐ為、村人たちは一心に俺を見た。
あと十秒ほど時間があれば、せめて名前と関係性について訂正することが出来たのに、全く運が悪い。だが、今はスズネとしての威厳を守る事に専念しよう。ここで自分勝手に話を進めれば、下手な疑心を抱かせてしまいかねない。
「恐れてはなりません。皆さま、いつも通りの行動を。残念ですが私の話は後日と致しましょう」
スズネの知識によると、そのような小競り合いは特に珍しくないことのようだが、重ね重ねタイミングが悪い。
「巫女様も早く避難を!」
「くそ、奴らめ、まさか昼間の内に近づいていたのか!」
「男ども、集まりやがれ! あ、いや、ちょっと旗色が悪い、ど、どうする?」
瞬く間に周囲は喧噪に包まれた。見ると、そう遠くない位置に
くそ、あいつらさえ、こんな時にやって来なければ……!
俺は心中に激しい怒りを燃やした。あと、そう、たった数分あれば、俺の些細な願いが達成されたはずだ。創造神ドルンドルンと、それを補佐するリプリエの話をして、少しばかり、この世界の成り立ちを説明するだけだ。それ以上のことは求めない。
それが出来なかったばかりに、この世界がリプリエに支配されてしまうかも知れない。そもそも、リプリエだって、小さいけど魅惑的なあの体の中で、何を考えているか分からない。
『私、疲れるのは苦手なのよ』
ふとリプリエの声が聞こえるような気がした。まあ、彼女に限ってそれはなさそうだ。
とはいえ、このまま逃げる話があるだろうか。この後、なし崩し的に解散となって、夜が来て、俺が眠ってしまえば、次にどの時代に目覚めるか分からない。その頃になると、リプリエが望むかどうかに関わらず、リプリエ神が既成事実として存在してしまいかねない。
「あ、巫女様、どちらへ!?」
俺は考える間もなく、その場を飛び出していた。一体どんな奴らが攻め込んで来たのか、それを確認して文句を言ってやらなければ気が済まない。
薄暗い道を先陣を切って駆け抜ける。及び腰だった村人たちも、困惑しながらも付いて来る。
「何か考えがあってのことに違いない。皆の者、巫女様に続けっ!」
俺も当てがあって走っている訳ではないのだから、付いて来られるのも困りものだ。しかしもう何を言っても聞かないだろう。後はどうにでもなれだ。
松明を目指して数分ほど行くと、次第に相手側の喚声が轟いて来た。人数にして二、三十人ほど。男ばかり、手に色々と物騒なものを掲げた集団が見えて来る。
「水を奪え!」
「食糧を奪え!」
厳しい環境の折、生存の為にも当然のことだ。
「女も奪え!」
何だと。これも確かに種の存続、もっともなことだが、これまで、金銭的対価の上で遊んで来た俺からすると、納得がいかない。
やがて彼らは、その目的の一つである俺が迫って来るのを発見して、やや戸惑いながらも様々な声を上げた。
「お、お、なかなかの上玉姉ちゃんが歩いて来やがる!」
「ありゃあ、あの村の巫女じゃねえか」
男たちの刺すような視線が俺を貫いていくようだった。その視線を感じて俺が感じたことがある。それは、スズネの女としての感性だろう。
それは、一種の快感であった。女性は見つめられると綺麗になる、という表現があるが、彼らのギラついた眼差しが、賞賛にも似ているのだ。
男たちは素早く俺の周囲を取り囲み、相変わらず性的な眼差しで俺を見ていた。
俺も負けじと周囲を見つめ返した。松明の明かりを受けて、俺の目はきっと獲物を狩るような目つきとなっていたかも知れない。そう、実際のところ、もしこの男たちの中で関係を持つのなら、誰がいいだろうと、そういう品定めの眼差しをもって彼らを眺めていた。
(あ、あの人がちょっと気になる……)
当然ながら相手もこちらに注目している訳で、目が合うと鼓動が高まるようだった。
(私を見ているわ……)
不意に女言葉になってしまう。だが、今の俺は女なのだ、その気持ちに間違いはないはずだ。
「おいおい、
(違う、あなたじゃない……!)
声を発したのは、俺が見ていた男性の前に居た荒くれである。荒くれの号令を受けて、周囲の者達がじりじりと俺に歩み寄る。
だが、その様を見て、俺自身、僅かに呼吸が荒くなっていた。興奮していたのだ。もし、これだけの相手に好き勝手にされたら、一体どうなってしまうのだろう。男としての快楽は知っているつもりだが、女性となると未知のものだ。
男女で刺激の強弱を比べると、女性の方が大きいと言うのは有名な話だ。
スズネには悪いと思いつつ、そのことを想像するだけで体が
まず、羽交い絞めにされて、そのまま押し倒される。それから一人が上に乗る。そして、たくさんの手が伸びて来て、体の到る箇所が侵略される。荒々しいものもあれば、優しいものもあるだろう。でも、最後にはやっぱり無理矢理……。
しかし、俺が現実を受け入れ、そして覚悟を決めた瞬間、男たちに異変が起き始めた。
「ぐわっ、何だ、気持ちが悪い……」
「体がおかしい、駄目だ、立っていられない」
俺が性的な視線を向けた地点を中心に、男たちが不調を訴え始めていた。俺が視線を左右に向けると、一人、また一人と脱力したように膝を屈していく。そして全ての者達が
状況は何となく理解できる。
俺の色欲力が男たちに発揮されたのだ。相変わらず、今一つコントロール性に欠けるものだが、効力に確かな上昇が見られるようでもあった。パンドラで人間たちが活動を開始し、文明を持ち勢力を増した今、それが俺の力へ還元されているのだろう。
「……わ、我が名はドルンドルン、この世界の創造神である! 今、この娘の体を借りて、由々しき事実を訂正する為に顕現している!」
意図した状況ではないが、利用しない手はない。俺はこれまでにない高らかな声音で、彼らに語り掛けた。
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