第18話 提案

 はにかみながらも、メルは俺をまっすぐに見つめてそう言った。


「期待? ド、ドルンドルンに?」


 今まで、ドルンドルンに対して同情的な眼差しを向けるものはいたが、期待という表現は初めて聞いた気がする。


「そうじゃ、知っての通り私は天候不順の神。と、何度も言わせるではない、ちと恥ずかしいのじゃ。……まあ、何も無ければ、大した力を得ることも出来ず、かと言って地上は平和で、全く手詰まりじゃ。そこを崩してくれそうな動きをしたのがドルンドルン、お主のことよ。もっとも、生憎と失敗に終わってしまったようだがのう」


「俺が……?」


「うむ。それもあって、アタシはお主を認めておる。神々の中で神々でない、何かをしでかしそうな者としてな」


 メルは一人で元気を出したかと思えば、瞬く間に沈黙してしまった。じっと口を結んで、悲しそうな横顔を俺にさらしている。程よい夕日の残光が頬を照らし、頬をほんのり赤くを染め上げていた。


 俺はその横顔を見て、ふと考えたことがある。ほっぺたが柔らかそうだ、と。


 本来ならばドルンドルン自身の事について、何かしら探りを入れるべきかも知れないが、メルはこう見えて鋭そうな所がある。それよりも、女児らしいふくよかな頬を前に、俺はまあ、やはりアレらの感触の想像をしてしまった。


 人間たちの法がどうとかいう前に、俺がその方向に走る可能性は決して無いはずだ。稀に、幼い少女を眺めていて微笑ましい気分になこともあるが、その感情は父性から来るものであって、賞賛されるべきものであろう。事実、こうしてまだ知り合って僅かな時間しか経過していないというのに、俺はメルをいじらしいと思っている。そう、子どもを相手にして、その成長を見守るような感覚なのだ。


 また、メルの言葉を聞いて、これまではっきりしなかった事に対し、ようやく一つの答えが見えた。俺は今まで、パンドラはドルンドルンの性癖の為に隠されており、それは誰もが持っているものだと思っていた。だが実際には、他の神々はあのような世界を持っておらず、ましてや下級神には過ぎたるものなのではないかと思い始めていた。


 メルは力を十分に得られないと言った。もし、そのことに対して不満があるのなら、自分の世界を作って、そこに嵐でも台風でも作り出せば良い。


 リプリエは、最初の素材があれば、あとは俺とリプリエの存在が触媒のようなものとなって、力が循環するようなことを言っていた。メルがそれをしないことがあるだろうか?


 これらの事情から、俺はパンドラの存在が、何か特別な意味を持っているのではないかと考えるようになったのだ。


「メル、いきなりで不躾に聞こえるかも知れないが、頼みがある。もちろんタダでとは言わない。これは一種の取引だ」


「ほう、何じゃ。言ってみるが良い」


 メルの瞳が興味の色を宿して輝いた。最初に自分でも言っていたが、メルは寂しいのだろう。表情や言葉尻からそのことが窺い知れるようだった。


「メルの天候不順の神としての力だが、ここではそれほどの力を得ることはできないかも知れない。だが、もしかすると、俺なら上手くやれる方法を見付けられるかも知れない」


「な、な、な、何じゃと!」


 メルの食いつきぶりは想像以上のものだった。突然立ち上がったと思うと、ぐっと身を近付けて来る。俺は座ったまま、少し見上げる形で言葉を続けた。


「他言は厳禁だ、守れるか?」


「秘密ということじゃな、うむ、悪くない! して、どうするのだ?」


「ただ、その為には少しばかり条件がある。なに、難しいことではない」


 メルは細身で、全体的に肉付きは良くないが、頬は別だ。子供らしい柔らかさと肉感が、こうして目の前にいるだけで想像できる。そしてその感触は俺の中で別の物として認識されるだろう、目を瞑れば大体のことはカバー出来る。


 そう、俺はもう辛かった。何せ、普段の生活では風俗を除き、あまり女性との関わりがない。それなのにここの生活と来たら、俺が実際に会話を交わした相手だけではなく、他にも魅力的な神々が大量に溢れている。


 それでいて、俺は精力を蓄え続けている。以前は、精力の有無で、何かしら他の神々に悪影響を及ぼさないかという危惧の為だったが、反面、俺は俺に宿った不思議な力の効力を実感していた。


 考えようによっては、俺が相手に性欲を抱くだけで、それが力になるのだ。


 最初は奇妙な物だと思ったが、さほど悪い事態ではない。俺が「抱きたい」と思っただけで相手は悶え、とにかく色っぽくなる。相手に何らかの力を与える可能性もあり、同時に危険性を孕んでいるとも言えるが、力を上手く操れるのならそれに越したことはない。


「ふむ、それで、一体アタシは何をすればいいのじゃ?」


「うん、その前に、これは必要な事で、変な意味ではないのだが、その、何と言うか、ほっぺたをちょっと触らせて欲しいんだ」


 メルはきょとんという、いかにも子供らしい表情を見せた。


「……うむ、よく分からぬが、まあその程度ならば好きにするが良いぞ」


 表情を崩さないまま、俺は心の中でガッツポーズをした。肉感さえあれば、想像に任せて胸が揉めるというものだ。また、それでいてメルに対して欲望はなく、彼女に悪影響を与える心配はない。


 もしここでメルが何らかの症状に襲われるというのなら、俺は自分自身に対して不信が出る。俺がメルの頬に指を突き立てるのは、それを確かめる為でもあった。果たして俺は本当に正しいのか、それを知る必要がある。


 日が若干傾いて来た。メルは少しだけ俺に身を寄せて近付く。俺も上半身を前のめりに、そっと手を差し出す。


 構図を見ると怪しい。俺もそこに幾ばくかの危険を感じない訳ではないが、後ろめたさを隠すかのように、えいやっと勢いを付けて、メルの頬に指を突き立てようとした。


 しかし、その指が彼女の頬に届く前に、俺は悲しみと共にその手を下ろすことになる。


「ああっ!?」


 突拍子もなく、メルの吐息が漏れた。まだ俺の指は触れていないのだ。メルも突然のことで驚いただろうが、俺の方がその度合は大きい。


「ち、違う、違うんだ……」


 俺は身を引いた衝動から、その場に尻もちをつき、メルから遠ざかるように後退した。

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