第17話 少女の横顔
だが振り返るとそこには誰もいない。
「ここじゃ! 全くベタな反応じゃのう」
声に導かれて、視線を下に下げる。そこには十歳程度の少女がいた。関係を持ってしまうと確実にアウトだと、本能がすかさず警鐘を鳴らす。今や会話をするだけでも細心の注意が必要な時代になってしまった。
俺は咄嗟の判断の上、逃げようと考えた。ここが異世界であり、元の世界の法律などある訳がないのだが、もはや条件反射に近い。君子危うきに近寄らず。そして繰り返しになるが、俺は至ってノーマルだ。それならばまだ男の娘に走る。
「は、はい、初めまして。少し急いでますので、それでは……」
「喝!」
少女は短い叫びと同時に、俺の脛を思い切り蹴り上げた。予想外の展開に俺は全く防御と心構えが追い付かず、直撃を受けてその場に膝を付く。
「あいたたた……」
少女が俺を見下ろしている。左右におだんごを巻いたツインテールスタイルで、いかにも活発そうな外見をしていた。
「アタシが話しかけてあげたのに、何じゃ、その態度は!」
例外も少なくないが、ドルンドルンは概ね各方面から辛辣な扱いを受けている。事実、こうして地上で神々を見掛けることもあったが、どれもそそくさと距離を置いて離れてしまうことがほとんどだ。その点、この少女はまったく異なる態度を示している。確かにそれを無下に扱うことには、やや抵抗がある。
「あ、ああ、ありがとう。でもちょっと急いでて、どうかしたのかい……」
しかしそれはそれだ。顔に面倒だと張り付けてある相手を前に、俺はなるべく関わるまいとした。適当に話を聞いてあげれば、満足して帰っていくだろう。だが。
「おお、よくぞ聞いてくれた!」
少女は顔を輝かせた。ああ、これは捕まった感じだ。俺は逃走を諦めて、少女と向き合う腹を決めた。
彼方では日が暮れようとしている。地上の環境そのものは俺の知る世界と似通っており、世界には四季もあれば、こうして日没もある。雨も降るし雪も降り、気候もほぼ同じだ。
そして、神々の末端を預かるものとして、俺もそのような暑さ寒さの不快な感情に苦しむことはない。
その後、俺は少女に案内されるがまま、小高い山の傾斜に足を運んだ。大陸西部にあるその山からは、夕日が海に落ちていく様が一望できる。俺たちは適当な岩肌に腰を下ろし、穏やかな波の音を聞きながらその絶景に見入っていた。
何とロマンチックな雰囲気だろう。ただ、相手が年端も行かぬ少女であることがやや残念だ。
「そういえば自己紹介がまだじゃったな。アタシはメル。こう見えてお主と同じ下級神じゃ」
見た目にそぐわず、この少女は非常に気位が高いのだ。俺は言葉を選び、無難な返答を心掛けることにした。
「うん、俺はドルンドルン」
「うむ」
少しだけ奇妙な間が空いた。メルは何かを考えているような表情を浮かべながら、やはり傾きかけた日を眺めていた。淡いオレンジ色に染まるその横顔を見ていると、ふと思うことがある。
丸みを帯びた頬が柔らかそうである。ともすると、その感触はアレやコレに近いのではないか……。
思想は胸中に秘めている限り、全て保護される。そう、思うことは誰しもが自由なのだ。仮にそれが犯罪臭を漂わせていたとしても、まだ許される。
俺はこの世界で、ルナータ、リプリエ、マニラ、そしてあの神秘的な青髪のお姉さんと、立て続けに魅力的な女性に出会って来た。
しかし悲しいかな、俺はそれらに対して、きっと良からぬ感情を抱いてしまうだろう。それ自体を止めるつもりはないのだが、相手を苦しませてまで、俺が快楽に酔い痴れようとは思わない。
その点、メルはどうだろう。まず、俺が色欲を抱くことはないはずだ。頬をアレやコレに例えて触れてみた所で、そこに明確な感情はない。それはまやかしの一種であり、実害があり得るはずがない。メルに直接の色情を向けるのではないのだから、あの力が働くこともないはずだ。
よって、俺はより具体性を持って想像を膨らませた。
さて、頬を抓むとなると、さすがに行き過ぎな気がする。突っつくらいがちょうどよく、まあ無遠慮にしても許される範囲だ。弾力を楽しむ、そのくらいは許されて然るべきではないか。
とはいえ、さすがにいきなりは失礼だ。話を交えつつ、適当に落としどころを探そう。
「メル」
「何じゃ?」
「地上に居るということは、メルも何かの管理をする神なんだろう?」
「う……」
それまで
その後、数秒の間を挟んで、メルは絞り出すような声で答えた。
「……て、天候不順の神……」
「うん、天候不順?」
俺はあまり聞き慣れない言葉を前に、軽く聞き直した。するとメルはちょっと顔を赤らめた。
「……今、ちょっと変な担当だと思ったじゃろう?」
気候の神として、雷や吹雪などというと、いかにもファンタジーらしい響きが感じられる。しかし、天候不順とは一体どういうものか。ともすると、地上にとっての悪天候を、一挙に操作出来るという線もある。
しかし、メルの調子からすると、なかなかそうは思えない。
「ごめん、いや、ピンと来なくて……」
「よいよい。天候不順の神とはな、その名の通り、天候不順になれば、その様に応じて力を得られる神だ。特に天候を操れる訳でもなく、また、地上では恵みこそすれ、環境を
「つまり?」
「まあ、お主と同じく力無き神なのじゃ。しかも、天候に関する他の神々は中級、上級神が多い。なかなか接点が持てず、ちょっと寂しい思いをしておるのじゃ」
最初、ややもすると生意気な気配を漂わせていたが、そういう話を聞くと不思議と
「それもあって、少しお主に期待しておったのじゃ」
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