第12話 一つの決意
リプリエの言葉は頼もしいが、かつて彼女は、自身が賛同しかねることは協力出来ない、とも言った。
俺が人間を進化させて、その先で何をしたいのかという問いに対する答えは明確だ。俺は、人間たちが風俗店を作る技術を持つまでに発展させたい。安くて質のいい風俗を求める、これだけは転生前後で変わらない、一本の筋が通った、俺の真っ当な希望だ。
人類史上において、風俗、及び類似のサービスの歴史は非常に古い。古くメソポタミアでは、寄進の対価として神殿娼婦がいた。古代ギリシャなどにも高級娼婦が存在していたという。その後、それらは宗教的な抑圧の中でも黙認されながら、脈々と受け継がれて来た。
その慣習は人類の発展とは切っても切り離せない。性欲は睡眠や食事と同様に語られる欲求であり、種の生存そのものにも不可欠なのだ。
しかし、ただ生殖に励むだけで人類は満足するのか? 断じて否! 俺が重視するものは、行為そのものより、シチュエーションとバリエーションだ。
性、及び性癖とは多様であるべきであり、そこへ至るまでには更なる道のりが必要となる。
だが、その大義を考えるよりも先に、俺はリプリエに意見を聞かなければならないことがあった。マニラへの興奮を前に発現した、あの不思議な力のことだ。現状、ある程度の仮定があるとしても、なるべく多くの知見を集めておきたい。
「リプリエ。少し実験体になってくれないか、特に難しいことはない。それは今後の為にも必要なことなんだ」
「私が疲れないことなら別に良いが」
「その点は大丈夫だろう。俺が今からすることに対し、どう感じたかを教えて欲しいだけだ」
俺はリプリエの肢体を眺めながら、あらぬ妄想を浮かべた。彼女は約30cmと小さいが、少しくらいサイズが小さくても構わない。寧ろ、その方がよりアブノーマルな体験を想像できるようで、俺としても新鮮な興奮がある。とはいえ、最後はやはり同じ大きさになってもらって……。
俺が想像を逞しくするに従い、リプリエが僅かに痙攣した。
「あうっ?」
「……どうだ、何か感じるか?」
「どうだろう、以前に感じた不思議な感覚がある。でも、ちょっと違うかな、なんかくすぐったい感覚だね。あなたの仕業?」
それはマニラが示した反応とは明らかに異なっていた。リプリエは以前、その感覚と同様のものを感じたはずだ。その上で、今、彼女が得られる感覚が違うという事は、俺の予測が何かしら間違っている可能性がある。もしくは条件や、他の要因が絡んでいるのか。
「突然試すようなことをしてすまない。だが、まだその確証はないんだ。ただ、この力のせいで、俺は良いような悪いような、複雑な気持ちを抱えるようになってしまった」
「ふーん、まあ良く分からないけど、それが人間を進化させることと、何か関係があるの?」
もし、俺の欲情が何かしらの力の源になるとして、俺が女性だったらどう考えるだろう。神々にも争いや派閥がある以上、
そう、いかなる危険が待ち受けているか分からないのだ。自己防衛の為にも、俺はこの力に対する知見を急ぎ必要としていた。
そして、それへの一時的な対処が、この世界に於ける風俗産業の発展へと繋がる。
もし俺がこの世界で、希望通りの風俗街を構築できるならば、再び俺は風俗へ足繁く通うだろう。俺は毎夜、賢者として生まれ変わる。そうすると、宮殿内において、むやみに性欲が現れることもない。神々に下手に発情することもなくなり、先のような心配事も全て
俺は神の力を用いて、人間の進化を促進させる。通常であれば膨大な時間が必要だろう。しかし、この世界の中であれば、時の流れを速めることさえ可能なのではないか、と俺は考えた。そしてそれにはリプリエの協力が不可欠だ。
しかし、馬鹿正直に風俗街を作るなどと言えば、リプリエが難色を示す危険性もある。ある程度は騙し騙しで進めなければならない。
「ある。あるにはあるが、しかしまだ公には出来ない理由がある。どんな危険性があるか分からないからな」
「そうか、ならば深く尋ねることはするまい。ただ、人間を進化させるとは言うが、まずはその源が必要となる。それをどうするか考えているのか?」
「……と言うと? 俺やリプリエの力で何とかならないのか。時間を速めるなどの手段で、とにかく彼らに時間を与えるんだ」
「一つ問題がある。何であれ、そもそもの始まりは持ち込まなければならない。それさえあれば、時間の操作は可能だから、後は私たちの存在が触媒となって、世界の中で勝手に力が回転していくと思うけど……」
俺とリプリエの力を用いて、無から人間を創出することも可能だと思っていたが、その見通しは甘かったようだ。やはり最初は地上から人間を連れて来なければならない。しかし、そのようなことが可能なのだろうか。
俺の不安げな顔を見て、リプリエはその答えを先回りするかのように答えた。
「神々と一緒ならば、人間も地上と天空を行き来することが出来るだろうし、この世界への扉を潜ることも出来ると思う」
リプリエはこの世界の運営に関する知識はあるが、外の世界、すなわち神々の天空や地上の様子はあまり分からないと言った。ならば、その方面で、試すべき手段が見つかるかも知れない。
「いや、ちょっと待てよ」
俺の視線の意図を察したか、リプリエが小さく呟く。
「あ、なんか私を変な使い方しようと考えてるな」
「リプリエはこの広い世界の中で、いつもどこにいるんだ? 俺がここへ来たら、それなりの速さですぐに駆け付けてくれるが」
リプリエは人差し指を顎に当てて、青空を見上げて考える仕草をした。
「何ていうか、私が私を意識していない時、私は無なのよ。眠っているようなものかしら。で、あなたの気配がしたら、あなたを意識するの」
「そうなると、自動的に移動している、みたいなものかな。その力をどうにか応用して、他の物も一緒に移動できるというのなら、地上の人間もろともに、ここまで移動出来るかも知れないと思ってさ」
「どうだろう。もし出来るにしても、何か疲れちゃいそうね。私の力はこう見えて有限なのよ。結果が予測出来ない行動をして、私のような可憐な存在が消えてしまったらつまらないでしょう?」
リプリエが儚げな視線を俺に送る。彼女に消失の可能性を匂わされては、俺としても何も言えない。
「分かった、それでは、人間の方はこっちで何とかしよう」
「でもさ、私が時間を速めたとして、それで人間たちは勝手に増えるものなのか?」
この質問には二つの意図が読み取れる。彼女が人間の繁殖力について懐疑的なのか、もしくは、彼らから生殖という概念そのものが失しているのか。
「どうかな、それにはもう少し、俺も人間の生態を調べてみなければ分からない」
リプリエに返答しながら、俺は将来的に起こり得る可能性を想像し、心密かに、ある決意をした。それは紛うことなき創造主としての意志であり、俺がこの先、神々として君臨する為の決意でもあった。
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