第11話 滅びゆく運命……

 俺の戸惑いをよそに、俺たちの視察は順調に進んだ。とはいえ、視察と言っても、特に難しいことをしている訳ではない。現在の地上は、それほど目立った変化もなく、環境の管理自体も楽だという。


 しかし、俺の頭の中では依然として、考えがまとまらず、もやもやしていた。


 現状に対する俺の推測は、人類が未だ進化の途上である、ということだ。人間は猿、類人猿、人間へと進化した。環境により、進化や発展が遅れることは特段おかしなことではない。


 しかしその一方で、猫や他の生物が、俺の中の知識と大差がないことが気に掛かる。同一の時が流れているにも関わらず、人間だけが進化していないとでも言うのだろうか。


「どうだ、何か異常らしいものはあったか」


 俺は動揺を隠す為、会話のきっかけを探りつつ、ルナータに問い掛けた。


「いや、特に見当たらない。上手く他の神々が管理出来ているんだろうね。……こういうのは、他者との関わり合いに由来するものあるから」


 ルナータは言葉を選びつつ、言いよどんでいるように感じた。違和感を覚えなかったと言えば嘘になるが、えて言及することもはばかられるようだった。


 しかし、俺も何の収穫もないまま戻る訳にはいかない。


「人間についてはどう思う? たまには他の神々からの意見が欲しい」


「……予想通りに数を減らしている。ドルンドルンには悪いけど、まあ仕方ないだろうね。神々の手で滅ぼさないのは一種の慈悲だと思う。そう思わないと、あなたもやっていけないでしょう?」


 俺は人間たちの現況に対し、神々の関与を確信した。しかし、俺は元人間として、"人間"という種族を特別視しているが、お偉い神々からすれば、数多あまたある動物の一種に過ぎないという考えも理解できる。


 また、それは階級に関わらない。全ての神々が、種族に対して差異を設けず、平等に接するべきなのかも知れない。それが神というものだ。


「まあ、そうかも知れないな」


 ならば、俺自身もそうであると見せかけた方がいいだろう。事態が見えるまで、人間に特別な感情を抱かず、ただの一介の下級神として行動する。下手な行動をして怪しまれても詰まらない。


 しかし、ほんの僅かだが事態が見えて来たような気がする。恐らく、これは相当に大きな事件の余波の為だ。神々の中では、それを知らない者などおらず、一種のタブー視さえされている。


 俺はルナータからそれ以上の情報を聞き出すことを諦め、別の切り口から考えていく必要性を見出していた。


「今日は特に何もなかったね。そろそろ戻ろうか、ドルンドルン」


 人間がいない世界、もしくは彼らに科学技術がなかった時代。石器時代や縄文時代など、俺はあまり歴史に詳しくはないが、その辺りの年代なのだろうか。地上はどこまでも平和で、調和が取れており、穏やかな空気が流れていた。


 人間はしばしば悪に例えられる。俺もたまにそう思う。人類はほんの二百年ほどの間に、地球を大きく汚し、他生物を絶滅に追いやり、自らにとっても大切な環境を破壊し続けている。


 しかし、俺のように特に力もなく、偉くもない一個人では、それを深く考えることは少ない。どうしようもない事態なのだ。


 しかし、俺の考えが正しいとすると、人間を管理していた俺の方にも、何かしらの落ち度があるのかも知れない。それがドルンドルンの罪となり、この面白くない立場に追いやっている。そうとも考えられる。


 ルナータとの関係を改善できたことは喜ばしいが、しかし、より多くの謎を抱えてしまったようで、俺は暗澹あんたんたる気持ちに沈みながら、その場を後にした。


 その後、ルナータに先導され、深い森を抜け、山道を登り、山のいただきに到ると、俺たちは不思議な暖かい感覚に包まれた。体が上方へ引っ張られる感覚がしたかと思うと、天界への帰還がほぼ一瞬で終わっていた。目を見開くと、俺は元来た宮殿の最下部に立っていた。


「あなたは人間の神として、その力はさほど大きくないとしても、一応私たちの仲間なんだからね、あまり変な行動をしてはダメだよ」


 思えばマニラも同様のことを語っていた。地上で占有する生物種、環境、つまりそれらの資源により神々は力を得る。それらを巡り、神々にも派閥のようなものがあるのだろう。


「昨日、ふらりと倒れてからというもの、何だか気分が悪くてね。今も、たまに眩暈めまいがすることもある。気を付けるよ」


 俺は「優しい嘘は許される」派だ。その言葉が優しいものかは置いておいて、少なくとも、俺たちを繋ぐ潤滑油の役割を果たすことは期待できる。


 ルナータは伏せ目がちに、ぽつりと呟くように言った。


「もしかしたら、その方が良いのかも知れない。軽く記憶を無くして、気楽に生きていけるなら、ドルンドルンもその方が楽だと思うよ」


 ルナータとは色々あったように感じるが、結局のところ、彼女は優しいのだ。一方で、他の低級神たちが俺に向ける負の感情の根源は未だに分からない。人間の神という立場に向けられている感情なのか、もしくはドルンドルン個人に向けられているものか。


 神々は寝て食って、たまに適当な遊びをして、みたいな暮らしを想像していたのだが、これもまた当てが外れたようだ。だが、それらは神々の義務、もしくはいさかいであって、俺はそれらに関わりたくない。


 しかし悲しいかな、怠惰たいだを得る為には、その努力が必要であることも、また事実だ。


 俺に出来ること、やるべきこと。俺がドルンドルンとして生きていく為に、手をこまねいてばかりではいられない。


 俺が最も安心感を抱いて接することができる相手はリプリエだ。彼女が本当に俺の分身で、あの世界の管理者であり、そこから出られない存在であるのなら、俺にとって、これ以上安全な話し相手はいない。


 ルナータと別れると、俺は一つの決心を胸に抱いて、レプリエがいる世界へ赴いた。そこで考えを打ち明けると、彼女は怪訝けげんな表情を見せた。


「人間に進化を促す? 何を言っているのだ」


 彼女の言葉尻に棘があるようにも見えたが、その割に表情は柔らかい。


「何か問題があるのだろうか」


「大ありだ。なぜそのような事を考えるのだ? りてない、とでも言うべきか」


 リプリエは俺の周囲を飛び回り、そしてじっと顔を覗き込んだ。それから、考える仕草をしながら、小声で呟くように言った。


「いや、好きなようにさせた方が面白いかも知れないな。このドルンドルンという奴は、私の分身であるというのに、全く行動が予想出来ない突飛とっぴな奴だ。まあ、そこが良いとも言える。私も幾ばくか退屈であるし、少し行動を委ねてみるのも悪くない」


 それはリプリエの心情のようだ。しかし自分でも気が付かない内に、心の中がすっかり漏れ出している。


 彼女が分身という言葉を発したことを受け、俺は改めてリプリエを眺め見た。リプリエは俺の視線に気が付くと、はっと目を見開いて、微かな笑みを湛えて俺を見つめ返す。


「……はっ、い、いや、まあ好きにやってみれば良かろう。何事か知らないが、強い意志を感じる。私はそれに従うまでさ」

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