第5話 ノスタルジーの中で

 今後もドルンドルンとしての生が続くのならば、その性格や人となりを知っておくに越したことはないだろう。思えば、少し会話を交わしただけで、レヴォンにも怪しまれたのだ。


 目の前の妖精らしきものの正体が分からないにせよ、ドルンドルン邸の中の、更に隠れた空間にいるということは、少なくとも敵ではないはずだ。そもそも、俺もドルンドルンと敵対していた訳ではない。この妖精と反目し合うことにはなるまい。


 また、俺はこの妖精に対しては、いくらか腹を割って話し合う必要性を感じていた。


「そうだ、俺はドルンドルンではない」


「じゃあ、誰よ」


「それはまだ言えない。だけど、ドルンドルンの敵ではない。しかし、そういう君こそ一体誰なんだ。いきなり攻撃してきて、それも卑怯な箇所を狙い撃ちだ」


「そ、それは……」


 気が強そうに見えて、押しに弱い者もいる。俺は妖精のタイプを見抜き、素早く攻守交代を試みた。少なくとも、俺はいわれなき被害者であり、相手に引け目がある内に、少しでも優位性を確保しておきたい。


「別に怒っちゃいない。まあ、まずは俺に敵意がないことを理解して欲しいんだ」


 妖精はうつむいて何かを考えていた。俺は真面目腐った表情をして、じっと彼女の様子を眺めていた。


 もちろん、その視線には下心が多分に秘められている。先の話し振りでは、展開や状況次第では、彼女が大きくなってくれる可能性もある。もし、今の悩ましい格好のまま、俺と同じサイズになるというのなら、それはもう凄い事だ。


「そ、そうね、アンタも変な奴じゃないみたいだし。まあいいでしょう。私はリプリエ、この世界を管理しているわ」


「さきほど、俺は何者かに、この世界は俺の世界だと言われた。ならば、俺とリプリエではどちらが偉いのだろう」


「あら、そう言われたのならあなたが主人ね。私は結局、この世界に作られた存在。でも、こうして自我を与えられている」


「協力するもしないも、そちらの意思次第ということか?」


「そうは言っていない。私はあなたに協力して、そしてあなたが為そうとしていることを見届ける義務がある。だけど、あまりにも私の手に負えないと思うことは賛同出来ないわ」


 俺は自分の世界を作ることが出来ると聞いて、色々な事を考えた。やはり、その最たるものは欲望に直結したことだ。まして俺は神、世界の創造主とあれば、それはもう好きなことが出来る。


 俺は転生しても風俗に通い、よしんば経営したいという大志を抱いていた。しかし、こうなると安くて質の良いお店を開拓したり、自分の好みに店をカスタマイズする、などという話ではない。


 俺の欲望は膨らみ続けている。今、俺は子供の頃、憧れを抱いて通ったあの街並みを再現したいのだ。記憶の中そのままの、ちょっと古めかしさが残る街、その全体、その雰囲気。


 かつて地域清浄化の波に飲み込まれ、俺が楽しむことができなかった街。そう、俺が望むのは単なる店舗ではない。様々なしがらみから解放された、純粋な街を作りたいのだ。


 しかし、それもこのリプリエがノーと言えば立ち消えになりそうだ。それだけは避けなければならない。


「なるほどな」


 俺は聞き分けの良さそうな返事をしたが、出鼻を挫かれたようで、それなりに萎えている。


 だが、それはこの先の展開次第でいかようにも変えることが出来るだろう。下手に焦って波風を立てるべきではない。


 次に問題となるのが、相手に俺の正体をどこまで話すか、ということだ。そもそも俺はリプリエを騙せるほどの知識はない。そうなると、彼女に媚びる訳ではないが、いっそ、自らの命運を預けた方がいいのかも知れないとも思える。


「あなたがドルンドルンでないことは分かったわ。でも、それならどうしてここへ来れたの? 彼の話では、ここへの道はしっかりと閉ざしていると言っていたけれど」


 俺はそれに対しては素直に返答した。それはドルンドルンの責任だろう。


「まあ呆れた、植木鉢の下に鍵を隠すなんて。全く、私に何かあったらどうするのよ」


「でも、一応は自宅内なんだ、そこまで言う必要はないんじゃないか」


「下級神にも確かにプライバシーへの配慮はあって然るべきだろうけど、中級神以上からすると無いも同然よ」


「だが、ドルンドルンのプライバシーを侵害するものがいるだろうか」


「まあ、普通はいないでしょうね。むしろ、誰もが毛嫌いして避けて通るわ」


 少しその言い方に気になる所があったが、俺は聞き流した。相手が変な嫌悪感を抱いていない内に、事を進めなければならない。不憫ふびんがってくれているのなら、それはそれでありがたい。


「まあいい、それで、リプリエの方は、この世界をこうしたいという、希望らしい希望はないのか?」


「無いわ。あなたの希望を実現させることが私の存在意義。あなたがドルンドルンではないとしても、この世界があなたを認めたのなら、それに違いはない」


 「ならば、今すぐに大きくなれ」、と彼女に命令することが出来れば、俺はどんなにか気が楽だろう。リプリエが、子供のようなスタイルであれば思い悩むことはないが、いかんせん、かなりのナイスバディだ。それを余すところなく見たい、という欲求には抗えない。


 しかし当然ながら懸念もある。ルナータ同様、リプリエとの関係性を悪化させてしまっては、今後の活動に支障が出ることは明白だ。


 そう考えると、風俗というのはつくづく素晴らしいシステムだ。仮に相手に嫌われたとしても、俺から指名しないか、それか向こうからNGが出れば、二度と会うこともない。下手な後腐れを気にすることもない。


 つまり、風俗というのは一種のファンタジーではないかとさえ思う。更に、入店時と退店時では、俺たち男はまるで別人、つまり転生しているといっても過言ではない。


 ただ、仔細は分からずとも俺はこの世界に転生した。俺は今、ドルンドルンと風好フーゴが合わさった別人なのだ。それならば生き方を変えていかなければならない。


 小さな変化だが、大きな勇気が必要だった。そして、その勇気は然るべき代償をもって支払われる。


「リプリエ。俺は君と、きちんとしたパートナーとして関わり合いたい。その為に、いちいち見下ろしたり、見上げたり、どこにいるかと探したりするのは面倒だ。そう、互いの業務遂行の為だ。……改めて、俺と同じくらいの大きさになることは出来ないだろうか」


 下心から派生したとはいえ、この決断は、俺にとって今後の一つの指針となった。より真剣に、この世界での暮らしに目を向けるきっかけとなったのだ。


「そうしたい気持ちもあるけど、でも今の私は本当に力がないんだ。出来るとしても一瞬だけ。もっとも、この世界に生命力が満ちて、そうすればもっと長い時間、大きいままでいられるかも」


 そう言うと、リプリエは僅かな時間だけだが、艶めかしい服装はそのままに、ごくごく普通の大きさの女性に変身した。それはたちまち俺の感覚を支配し、瞬間的とはいえ俺はリプリエのとりこになった。


 始め、確かにそれは俺の希望であった。だが、今後を占う危険な一歩でもあったかも知れない。


 リプリエが小さな姿に戻ってしまった後、俺はちらりと現れたリプリエの姿を脳裏に焼き付けながら、複雑な色を秘めた溜め息をいた。

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