最終話 神無き世界の歌

カールの死より1258年。

カールが打ち立てた王朝は跡形もなく瓦解していた。

圧政の象徴、暴虐の都はすべて焼き払われ、国が産まれ、国が滅び、人が産まれ、人が死ぬ。

けして平和な世界が訪れた訳ではない。しかし、人々の顔には活力が溢れていた。


悪逆王と罵られたカールの名は人々の記憶からも風化して、神話へと変わっていく。

私は悪逆王の治世に、業を煮やし世界に死を齎し主神として降臨したことになっていた。

人の世では私は彼の魂を氷に閉じ込め、輪廻の輪へ永劫に返さず罰を与えていることになっている。

実際は今でも彼の魂は、輪廻の輪を何度も回り都度死の間際にだけ私は彼の労をねぎらい続ける。


彼は転生するたびに人に愛されるそういう宿命を私は与えた。

狂気に捕らわれないように、あの地獄をまた味わないように……。

生まれ変わるたび、彼はその短い命の中で世界に光を齎していく。

彼の言う通りだった。

人間に神の愛は重すぎる。

人を救うのはやはり人でしかないのだ。


私はカールの死を嘆いた後、俗世の干渉をやめた。

世界は神の存在が感じられない事に、最初は酷く混乱した。

しかし、次の世代になるころには問題なく世界は回っていた。

私は人の死をただ嘆き悲しむ、平和な日々を過ごし続けたのだった。


大国の圧政に苦しんだ民の英雄が道半ばで倒れる悲劇。

貧困で生れ落ちてからもすぐにやせ細り死んでいく悲劇。

愛するものを失う悲劇。愛したものを置いていく悲劇。

悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。


止めどなくあふれる涙は、私を変わらず満たしていく。

氷の棺の上で私は、その悲嘆にくれる毎日を過ごしていた。


1000年すぎようと、私はあいも変わらずの日々だ。

2000年すぎたころには、人は新たな神を願っていた。

その偶像の神の信奉者は私を信奉していた民を虐殺した。

3000年すぎたころには私を知る者はほとんどいなかった。

かつて、悪逆の王がいたことだけが戒めとして残った。

4000年、5000年、10000年、世界は私の存在を忘れ、都合のいい神を作り出し争い競い、そして発展した。

父上から時折、よく発展させ人の子に幸福を与えたと褒められる。

都度、何もしていないことに居心地が悪くなった。


父上たちはまた新しい世界をつくり干渉して人の子に絶望したらしい。

懲りない事だ。


人はすぐに神の補助輪など必要としないのだろう。

一人の英知は継承され、繁栄へとつながっていく。

我らが愛すような一部の天才や英雄は時代の変革を齎すだけで、それを維持するのは凡人たちの献身と工夫だった。

その一つ、一つの命すべての死に嘆き続ける。

これまでも、これからも、我が名が失われようと、だれも私を知らなくても、彼らを見守り愛し続ける。

それが私の、罰。いや望み。彼との約束なのだ。


10000年すぎても私は彼に恋し恋焦がれ、どうしようもない約束を守り続けている。

そして私は彼が転生するたびに逢瀬を重ねていた。


そしてまた彼の命の灯が消えた。

今回は科学者として、神の奇跡への挑戦に一生を捧げた男だった。

それは不死の研究だった。

不死を否定した男が、不死を望むという姿はあまりにエスプリが利いている。


妻を早くに亡くし彼女を生き返らせようと、狂気に取り付かれた男だった。

その男の死にざまは悲惨なものだった。

何の成果も出せず、失意のまま死んだ。

それもその筈だ。すでに彼が愛した妻は輪廻の輪に取り込まれ別の人生を歩んでいる。

当然の結果だ。人に命を操ることはできない。


私は彼を迎えにいく。

最初に会った黒いドレスの姿のまま。


「また、会いましたね」


彼は私が現れると、存外穏やかな顔をしていた。

何度も会って都度記憶が消えている筈だ。

しかし、毎回この死の間際だけは、私のことを思い出すらしい。

自分が誰だったかは忘れている。だが、私の存在だけはぼんやりと覚えているそうだ。


「私は死んだのですね。 何も残せず、あの娘にまた会うこともできず……」


私はなにも言えなかった。

無駄な研究だったと断じることもできたが、それではあまりに無体だ。


「あなたは何者ですか? どこかであった気がするのに、記憶がない。 でもあなたの顔を見ると、焦がれるような情愛と、身を焼くような怨嗟を覚える」


あぁ、カールはまだ私を許していないのですね。

この卑しき魔女を許すことなどないのだろう。


「私は、魔女。嘆きの姫君。氷の棺で、死を悼む魔女。 あなたの死を嘆きに来ました。 この生に悔いはありますか? 死が怖いですか?」


「魔女よ。私は、死にたくない。 まだ、死ねない。死ねないのです! どうか、どうか! 慈悲を慈悲を!」


私は首を横にふり、否定する。

彼は最後まで、悔恨の嘆きを叫びながら輪廻へと帰っていた。

人は正しく、死を嘆き悲しむ。

短い生を精一杯に生きるのだ。

私が恋した彼が望んだ世界は今も問題なく回っている。

私の恋はまだ続く、私の罪は世界の繁栄となったのだ。


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