第4話 死を貴ぶ者たち

カールは私の居所から離れるとまず最初に、胡乱な地下教団に接触していた。

その教団の教義は慈悲のある死をあまねく世界へといったものだ。

随分と直接的だ。

それだけ無限の生に絶望しているのだろう。

信者の数は年々増えてはいるようだが、死を忌避する者たちからは弾圧され、各国で邪教認定されているようだ。


為政者からしてみれば、直接的にあの日の判断を非難されているようなものだ。

目ざわりこの上ないだろう。


「父上はほんと、考えなしね。 人は後悔する生き物というのものが分かってらっしゃらない」


カールを通して下界を見て回ったが酷いものだ。

生き死にに糧を必要としなくなり、嗜好品それも、麻薬の類だけを商う商人。

殺し、犯すそのためだけに戦う戦士。

そして、傷つき倒れても死ねず、生まれる奴隷たち。


終わりなき生に人の未熟な精神は耐えられないのだ。


カールは地下教団で5年ほど下積みをして過ごしていた。

私はその退屈な日々を愛おしく眺めていた。

教団は少しずつ大きくなり、彼の地位も上がっている。

しかし、日進月歩なことには変わりはない。

日々思い悩み、頭を悩ませ目まぐるしく変わる表情を見るだけで私は飽きることはなかったのだ。

その意思を秘めた瞳は変わらず、今も燃えている。

その煌めきを眺めているだけで、私は幸せな気持ちになるのだった。


更にそこから21年、無数にあった国は少しずつ統廃合を繰り返し、最後の7国に変っていた。

海で隔てた4つの大陸はそれぞれ一国が統一し、島国がそれぞれ3国。

現在の情勢としては、海洋を横断する帆船技術が失われて久しいことと、蛮族国家が各大陸を統治したことにより、技術者が著しく衰退したことによる一時の平和が訪れていた。

島国に関しては、対岸の火事と決め込んでいる。

饗宴の神、アーガンドを信奉し、酒と薬物の狂宴に日々を無為に過ごしている。


しかし、グアールを信奉し大陸に覇を唱えた4国は手近な娯楽、もとい仮想敵国がなくなったことにより、不満が表層に噴出した。

それにより、死を望む教団への弾圧は以前にも増して強化し、帆船技術の進歩の間の繋ぎとして、異教徒狩りが横行したのだった。


グアールへの改宗を迫る各国の政府、武人、果ては民衆。

教団は苦境に立たされていた。

隠れ潜む生活に嫌気が差し、離反者も出ていた。

離反者はまだましな方で密告者や果ては、だまし討ち同然で血の饗宴に勤しむ者まで出ていた。

カールはその事態に憔悴していたが、教祖の男、確かリュネイと言ったか? に付き従い手の届く範囲ではあったが信者の保護を続けていた。


そこから42年、私たち神にしてみれば短い、瞬きをした程度の時間。

カールは教団の最高幹部になっていた。

私の元を訪れて、70年ほど経っている。

教祖のリュネイの信頼を勝ち取り、側近の立場になっていた。

信者の数は増減を繰り返したが結局、この40年で半数まで減っていた。


今残る信者は死の救済を強く望む哀れな祈り子たちであった。

神の慈悲に縋り、祈りを捧げることで安らかな死が訪れる、と固く信じたもの達だった。

カールも長年敬虔な信徒として振舞っていた。

しかし彼は、私の、そう私の試練を受け、世界に死を齎すものだ。

祈りが皆に救いを施すという教義と、彼に課した試練は絶対的に相いれない部分があるのだ。

救いを求める祈りでは、私は慈悲を与えない。

渇望し、心より望み、打ち克ったものに慈悲を与える。


最高幹部になった夜のことだった。

初めて、カールは自分の出自と、私との出会いをリュネイに打ち明けた。


「今もきっと嘆きの姫は、氷の棺に寝そべりながら、私を見守って下さっている」


と、その通りだった。

私は、寝る間も惜しみ彼を眺めていた。

私の眼差しが彼に届いていることに気持ちが少し浮ついた。


それからのリュネイは以前よりも活動が精力的になっていった。

おそらく彼はただ、何もかも諦めていただけだったのだ。

彼の人生をふと、のぞき見してみれば彼も元々、亡国の政治家だったようだ。

この世界の無常を嘆き、死を望み祈りだした。

その姿に皆、惹かれついてきたもの達を束ねていただけだったようだ。

しかし、今はカールという救世主が現れていたことを知り、より一層組織の拡大を強く願い始めたのだった。

カールの試練の大きな始めの一歩がここに刻まれたのだった。

70年。思ったよりも早く進んでくれたようだ。


これより、教団の名を改めることになった。

その名も氷女の棺に侍るアイスコフィン

この世界に古き死神の再来を告げる福音の教団となったのだった。


しかし、私はこの展開にはあまり望ましい物を感じなかった。

私の威光、いや、悪名を借りるのは別にいい。

だが、これは……。


その不安とは裏腹に情勢はアイスコフィンに都合がよく傾いていく、奴隷解放の機運が高まっていたのだ。

死の救済を喧伝する新生アイスコフィンは勢いを増し、戦争に負け奴隷となっていた層を取り込むことに成功していた。


そして10倍以上の勢力になった教団は、一つの大陸で反乱を起こし国の頭を挿げ替えることに成功する。

そして国家元首となったのは、カールだった。

亡国の再興である。

彼は前線で剣を振るい、見事な指揮で国を打倒したのだった。


順風満帆、そう思えた。

国の再興をし、足掛かりを得たことでカールは確信していた。

試練は必ず成ると、このまま勢力を拡大していけば必ず、世に死を持たらすことができると自信に満ちたその瞳は雄弁に語っていた。


カールはまず内政に着手した。

工業の奨励を掲げ、他国に先んじて海路の独占を目論んだのだった。

元々王子という立場で政治にも軍事にも明るく、民衆の支持も厚い。

滅ぼした国の民へも、分け隔てなく接することに努めた。

大した名君ぶりだった。

しかし……。カールは彼に寄せられる敬意や期待について、その信頼の本質が何か見誤っていた。

私はその結果が、どういう結果となるかわかっていた。

私はただ見守る事しかできないもどかしさに、歯噛みして今すぐに彼の元へ助言をしに行こうとしている自分に気付いて紅潮する。

どうやら見入りすぎたらしい。

演目に口をだすなど、観劇者にはあるまじき姿だ。

万感の思いを拍手で表現するか、酷い脚本にため息を付くことしか許されない。


私はそう気を取り直し、彼の姿をまた目で追うのだった。


それから、11年、新生バレンテニア王国。

世界一の大国へと国は発展していた。

商業が復活し、技術力、生産力すべてにおいて各国とのパワーバランスは大きくバレンテニアに傾いていた。

麻薬を禁止し、海路封鎖を行ったことにより幸せの国として名高い国へと変わっていた。

名君カール・バレンテニア・ギュスターブと、教皇リュネイの名は国民には救済の担い手、各国の為政者からは悪逆の首魁と恐れ敬われていた。


各国からは少しずつ、新たな国民が流入し順調に国力が増えている。

しかし、一つ問題が起きたのだ。蛮族国家の征伐軍が編成できないのだ。

民草たちは今の生活を享受しており、他国のことなどどうでもよいのだ。

それこそ、解放奴隷たちや、元々の滅ぼした国の民は仕方なく闘争に参加したようなものが大半だ。

圧政に耐えかねてというやつだ。

心から、死への渇望というのがないのだ。


永遠に続いた生は今の平和が永らく続くと、本気で、この世界に絶望などしていないのだった。


カールが彼らの日和見的な考えに気付いたのは、大陸三国が合従軍を率いて、海路を強引に突破し攻め入られてからだった。

数もそうだが、それ以上に戦意が低すぎた。


城門は容易く打ち砕かれ、首都は瞬く間に陥落した。

国は解体されたが、カールはなんとか逃げ出し、雌伏の時を過ごすことになる。

手勢はアイスコフィンの主要幹部とその傘下の信徒のみ。

降りだしに戻っていた。

幸い、三国はこの大陸の割譲に揉めに揉め、それぞれ統治に失敗し瞬く間に撤退した。

残ったのは瓦礫と残骸のみ。


カールから、その瞳から私の愛した炎は消えていた。

彼はリュネイにしばらく離れると言い残し表舞台から一時消えた。

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