第5話 愛するということ

カールは私の顔を見ると、驚いた顔をしていた。

そしてすぐにバツが悪そうに、目を逸らすのだった。

そのかわいらしい姿に意地悪したくなる。


「どうした? 人の子よ? 傷心に私の寝所に潜り込もうとでもしたのか?」


「そ、そんな! 恐れ多い! ただ、いえ……。私はただ甘えたかっただけなのでしょうね。 あなた様の無償の慈悲に縋りたかったのです」


本当にかわいらしい。思わず尊大な態度が崩れそうになる。

私は絞り出すような気持ちで


「素直な子だな。お主は。」 


とだけ言って取り繕うので精一杯だった。


80年振りの再会だ。

飽きもせずずっと見ていたのだ。

直接口を交わすのはやはり良い。

カールの喋る言葉が私に向けられているというのは、感慨深い。

物語や演劇の中に、入ったような気持ちになる。

柄にも胸が躍るのが分かった。


久しぶりに会ってみたカールの姿は、以前より疲れている。

それも仕方ないか、また国が滅んだのだ。

しかし、眼の中で燃えていた火が消えているのは許せない物があった。

あの美しき火はまだ。私の心を魅了してやまないのだ。

私が、心の内で考えているとカールは少し険が取れた顔をして話しかけてきた。


「オルディーヌ様。 あなたは先ほど傷心と看破されましたが、やはり私のことを見ておいでですか?」


私はドキリとする。いつも、穴があくまで見守っていたなどというのは気恥ずかしさがある。

少し見栄を張ることにした、どうせ人の子などにわかるまい。


 「たまに、たまにだからな! 私はこれでも忙しい、お前だけに構っているわけではないぞ!」


そっけなく言ったつもりが、焦って余計な一言を言った気がする。

しかしそんな杞憂は、次の瞬間吹き飛んだ。


カールは初めて会った時の様にまた泣き崩れたのだ。

今度は己の不甲斐なさを恥じるように声を押し殺し、罰を受けることを望む修行僧の様にただ許しを請う姿であった。


私はその姿に、愛情を、無償の慈悲を与えたくなる。

その哀れな人の子を抱きしめ、今までの苦難を労いたい気持ちに駆られた。

しかし彼はそれを望まない。

否、それでは私が愛したあの瞳は戻らない。


私は彼を寵愛すると決めたのではない。

試練を課し、導くと決めたのだ。

私は彼の前に立ち、神託を伝えた。


「カール、お主は失敗した。 それは間違いないな?」


その神託にカールは俯いたまま許しを請うように「間違いありません」と答える。


「それは何についてかお主はわかっているか」


それには、顔を上げ答える。


「試練にでございます! せっかくのご厚意を、私は無碍に致しました!」


私はその言葉を受け跪き、彼を抱きしめる。

そして呆気に取られた顔を引っ叩いた。


「しゃんとしなさい人の子よ。 お主はまだ試練には失敗していない。 諦めた時、その時が失敗なのだ。 お主は本当に諦めてしまったのか? もう世界は絶望のまま、終わらないことが望みになってしまったのか? 答えよ!」


私の言葉にはっとした表情を見せるカール。

私が与えた試練は、決して失敗しないことではない。

ただ、あきらめずすべての人間を説き伏せることだ。

どんなに、困難で障害の多い道のりでも、脇道にそれようが、挫折しても、ただ歩みを止めない。それだけなのだ。

けして容易くはない。しかし、それでも私はあなただけを見つめてる。


「私はまだ、あなたに見捨てられてはいないのですね……」


「見捨てる? 私はお主が死ぬときにその悲劇を嘆くつもりなのだ。 それまでは見守るつもりだぞ?」


そういうとまた、泣きそうな顔になるカール。

酷いことを言っただろうか?

まったく人間はよくわからない。


ぐしぐしと袖で涙を拭うと、カールの表情は多少マシになった。

眼に宿る火が戻っていた。一安心である。


カールは私に何がいけなかったのか質問した。

私は助言ぐらいはいいかと、答えてあげることにする。


「それは簡単な話だ。 お主もだが、人々が死を取り戻すことを終わりと考えていることだよ。 君たちは死を取り戻し、人の営みを取り戻そうとするべきだったんだ。  生きるために、狩りをし、農作物を育て、商いをし、何かを残す。 そして、それを誰かに守り伝える喜びを喚起するべきだったんだ」


「私たちは……。死を、取り戻しそこで終わることを望んだ……。この地獄から逃げ出すことを、選んだ……。 しかし、ある程度発展した国で皆満足してしまったっと……。そういうことですね」


「ほかにも理由があるが、結局のところ麻薬や闘争に逃げ出した者たちと根幹は変わらんのだ。 この世界から逃げ出したいその気持ちだけだ。 そのうえで、お主は次はどうする?」


カールはその赤い髪の奥で赤い火を更に滾らせる。

どうやら決まったようだ。意思を統一する。そのために何が必要か。


カールは私の元を去っていった。

彼の選択した行動は、必ず身を結ぶだろう。

その道は険しく苦難に満ちたものだ。

だが私は、いつまでも見守ろう。そう思った。


だがなんだろう? グランドフィナーレにはまだ早い。

どうして止めどなく涙があふれてくるのだろう。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る