また明日も屋上で

 キーボードのタップ音が部屋に響き渡る。

 時刻はもうすぐ翌日を迎える。原稿が終わらずついこんな時間になってしまった。この数分が勝負だ。

 必要項目に素早く情報を入力していく。パソコンなんて持っていないから格安のワイヤレスキーボードを買ってスマホに繋いで使うこと数か月。ここ最近は操作にも慣れてスピーディーに文字が打てるようになった。

 間違いがないか入念に確認し、震える手で送信ボタンを押した。

 青いバーが右に進んでいき「ご応募ありがとうございました」の文字が表示されたのを見てちゃんと送信されたのだと安堵した。ふぅ、と一息つく。

 時刻は翌日になる一分前。ギリギリだが確かに間に合った。

 背伸びをしてお茶の入ったコップに手を伸ばす。一口飲んだところで通知が入った。


『間に合った?』


 そんなメッセージと共に「お疲れ様です」と湯呑みを差し出すゆるキャラのスタンプが押されていた。

 彼女には今日のことを話していたから気にかけてくれていたのだろう。忙しいだろうに気の回る子だ。


『滑り込みセーフ』

『それはよかった』

『締め切り一分前だったよ』

『ほんとにギリじゃん笑』


 今ではフリック入力よりもキーボードが楽だ。パソコンでもないのにキーボードを使ってメッセージを送るのはなんとなく変な感じはするけどやりにくさはない。


『でも間に合ったならよかったよ。夢への第一歩だね』

『受験もあるから執筆だけに集中できないのが辛いけどね』

『勉強は順調?』

『一応ね、どうにかなりそう。勉強は今からやる予定だよ』


 机の上に積んでいた参考書を見て苦笑する。

 今のところ志望校は学力的に問題ないと言われているがここで油断したら足をすくわれるのは目に見えている。私は調子に乗ると失敗するタイプなのだ。


『うわ……大変だね』

『そっちはそっちで大変じゃん』

『まぁそれなりにね』

『主役抜擢おめでとう』

『ありがとう』


 お互いに充実した日々を過ごせている。おそらく彼女と出会っていなくても私はこうやって高校二年生の終わりから受験勉強をしていたのだろう。

 だが彼女と出会ったことで確実に人生が楽しくなった。諦めずに夢を目指そうと思えた。

 彼女には感謝してもしきれない。それだけ大きなものをもらえたのだ。


『ちなみに今回はどんな話を書いたの?』

『それ今聞く?』

『聞く機会はいくらでもあったけどさ、楽しみはとっておきたかったんだよね』


 実に彼女らしい。笑みがこぼれる。


『二人の少女が夢に向かって手を伸ばす話だよ』

『おもしろそう』

『読みたいならファイル送るけど』


 そう送信した後で彼女の回答が決まりきっていることを思い出す。


『言ったでしょ。楽しみはとっておきたいの。掲載が決まったら教えて』

『載るって決まってないんですけど』

『載るまで頑張るんでしょ?』

『当然』


 今諦めるなんて選択肢はなかった。

 彼女が私をそうさせたんだ。


『あ、じゃあこれだけは先に聞きたいな』

『なに?』

『タイトル』


 内容よりも散々悩んだことを知っているからか、はたまた掲載されたときに探すためか。電波の海を流れ着いた言葉からは判断がつかない。

 彼女には絶対に覚えがある言葉なんだけどなぁ。そう思いながら私はタイトルを打ち込んだ。

 彼女はこのタイトルを知って何を思うのだろう。

 わくわくした気持ちで私は画面に表示された文字に目を向けた。


『また明日も屋上で』

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また明日も屋上で 三五月悠希 @mochizuki-yuki

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