嫌な予感
最近だと珍しく晴れた日だった。屋上も乾いて雨が降る様子もない。いい読書日和だ。
一度カバンを置いて、お手洗いに向かう。その途中で彼女とすれ違って「先に行って待ってるね」なんて嬉しいことを言われた。それだけで気分が上がって、そんな時に渡した小説の存在を思い出す。
今日で貸してからちょうど二週間が経つ。もしかすると感想を伝えられるのかもしれない。無駄に緊張して、屋上へ戻るのも心なしかゆっくりになっていた。自信のなさが溢れている。
屋上の扉の前で深呼吸をして、ノブに手をかけた時──屋上から笑い声が聞こえてきた。彼女のものではない。何度も聞いてきたから間違いようがない。嫌な予感がして扉を開くとそこには彼女以外の女子生徒が三人いた。見たことがある、彼女のクラスメイト。
「す、須賀さん……」
困った表情をしていた。目が合って、バツが悪そうだった。
「……松井さんの友達?」
「そ、そうだけど……」
彼女はまた私に視線を送った。
静かな場所を求めてここに辿り着いた彼女が「わざと」クラスメイトを連れてきたわけではないということは理解できた。大方普段は開いていないはずの屋上に向かう彼女を不思議に思い追いかけてきたのだろう。それくらい容易に想像がついた。
だからこそ対応に困るのだ。
「ならあなたも一緒にお昼食べない?」
ほら、と彼女のクラスメイトは自分が座っている横を叩いた。
元々私が許可を貰って入れている場所なのにどうして今日たまたま現れた人間が我が物顔をしているのだろう。ここは私と彼女の唯一の平穏なのに。
「私は、別の場所で食べるからいい」
お昼や小説を広げる前でよかった。思ってもいないことを思いながらカバンを拾って屋上を抜け出す。
「須賀さん! 待って!」
それを追いかけるのは他でもない彼女だった。
階段から数段下りていた私はどうしても見上げるしかない。焦った顔も絵になるな、なんてこの場において相応しくないことを考える。
「急にクラスの人たちが来ちゃってごめん。須賀さんの場所なのに、こんな占拠する形になっちゃって……」
「いいよ別に」
「……怒ってる、よね?」
「怒ってないよ」
「須賀さんは怒ってなくても、その、本当にごめん」
怒る理由はない。彼女には、一切ない。だから彼女が謝る理由も、私が彼女を怒る理由も全くない。
「一つお願いがあるんだけどさ」
「お願い……?」
「そう」
私は階段を上がり彼女の前に立つ。ポケットに入れていたイルカのストラップがついている鍵を彼女に差し出した。
「これって……」
「屋上の鍵。一応部活の体で使わせてもらってる場所だから施錠忘れが教師にバレたら説教されちゃうんだよね。今後の部活にも関わっちゃうから、お願いできないかな?」
「……うん。わかった」
彼女は静かに頷いた。鍵を胸元で握りしめて悲しそうに笑っていた。そんな顔、させるつもりじゃなかったのにな。
「それじゃあ放課後に返すね。小説も返したいんだ」
「……うん。またね」
彼女に背を向けて私は歩き出す。とはいえ昼休みはずっと屋上で過ごしていたから人が少ない場所に見当がつかない。時間はあると言い訳して一人になれそうな場所を探してみる。
本校舎は生徒たちで溢れかえっている。空き教室なんてない。一人になるために色んな場所を探したから知っている。
渡り廊下を通って別棟に行けば一気に人気がなくなる。元々授業以外立ち入る生徒は少ないのだ。準備室の隣の空き教室の扉を開けば中には誰もいなかった。都合がいい。
机の上に雑にカバンを放り、お昼と小説を取り出す。カバンに入れていたマンガが目に入って逸らした。
菓子パンを一口、ページを捲る。
脳裏には今頃屋上でクラスメイトとお昼を食べているであろう彼女のことがよぎった。
何も屋上を使えないことに文句があるわけじゃない。正直なことを言うと彼女のクラスメイトが屋上を使うことに関しての文句はない。静かな場所を騒がしくしたことと、彼女が肩の荷を下ろせる場所を潰したことに文句が言いたい。……いや。それでは私の隣だとリラックスできるみたいな言い方だ。それはあまりにも自分のことを過大評価しすぎている。
彼女は誰が相手でも会話を楽しくするんだろう。もしかすると彼女はあの人たちの隣でも素でいられるのかもしれない。
別に、彼女の隣にいるのは私だけと決まっているわけじゃないんだ。だから何が起こっても何もおかしくない。
外はこれでもかってくらい晴れているのに、私には沸々と黒い感情が溢れていた。
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