第10話 桃花、自室で思い悩む

 龍生の家の高級車で家まで送ってもらった後、桃花は自室で一人、考え込んでいた。


 協力すると言った手前、お試しで付き合うことを受け入れてしまったが、それが本当に、結太のためになるのだろうか? もしかして、更に深く傷付けてしまうことになるのでは……などと考えると、不安で胸が押しつぶされそうだった。



(楠木くん、断られても諦められないなんて……。よっぽど秋月くんのこと、好きなんだよね)



 龍生と結太が幼馴染だということは、秋月から聞いた。小学校に上がる前からの付き合いだと。


 結太はいつから、龍生のことが好きだったのだろう?

 幼い頃から、すでに好きだったのだろうか?


 だとしたら、もう何年も、一途いちずに龍生のことを想い続けて来た、ということになる。



(何年も、ずっと一人の人を……)



 それは、どれほど強い想いだろう?

 幼馴染という心地よい関係性を、全部壊してもいいと思えるほど、激しい感情なのだろうか?


 まだ初恋も経験したことのない桃花には、想像することくらいしか出来なかったが、想いを秘めている間は、さぞや辛かっただろうと思うと、自然と涙がにじんで来た。(龍生が結太に渡した桃花の調査書には、『幼い頃から今までの間に、好きになった異性全ての氏名、特徴など』が記されていると龍生は言っていたが、あれは嘘だ。桃花が異性として好きになった人は、この時点ではまだいない)



(楠木くん、告白してた時も、『ずっと好きだった』って言ってた。だからきっと、最近気持ちに気付いたとかじゃなくて、小さい頃から……もしかして、出会った時から好きだったのかもしれない。……すごいな。それだけ長い間、一人の人を想い続けられるなんて……)



 桃花は結太の想いの強さ、その持続性に、ひたすら感動していたが、彼女の記憶からは、ひとつだけ、すっぽり抜け落ちている部分があった。


 それは、結太の告白台詞の一部分。

 結太は告白の予行練習で、こう言っていた。



『オレ…っ、ずっと好きでしたっ!!』



 ……そう。〝入学式で見掛けた時から〟、だ。

 この部分が、彼女の記憶からは、綺麗きれいさっぱり抜け落ちている。


 この部分さえ忘れていなければ、結太と龍生が幼馴染と知った時、結太の告白にはおかしい部分があると、気付けたはずなのだ。


 幼馴染であるのなら、〝入学式で見掛けた時から〟というのは、明らかにおかしい。

 もともとの知り合いであるのなら、告白の時、このようなことは絶対に言わないだろう。


 だが、桃花は完全に忘れていた。〝入学式で見掛けた時から〟の部分だけを。

 最後の『ずっと好きでしたっ!!』が印象的過ぎて、その他の部分が記憶に残らなかったのだ。


 この部分さえ忘れていなければ、龍生の嘘にも、すぐに気付けたに違いないのだが……。

 それを忘れてしまっていたために、彼女の悩ましい日々が始まるのだった。



 しかし、まあ。それはさておき。

 話を先に進めよう。



 桃花はベッドに身を投げ出すと、わきに置いていたお気に入りのぬいぐるみを、胸にギュッと抱き締めた。


「……楠木くんには、幸せになってもらいたいのにな……」


 無意識の想いが、口をいて出る。

 龍生が結太の想いを受け入れられない気持ちも、もちろんわかるのだが、何故か桃花は、結太を応援したいという気持ちの方が強かった。


 誰かを強く想う気持ち。

 好きだという想いを、ずっと持ち続けていられる人への、憧れのような感情が、桃花にそう思わせるのかもしれなかった。



(秋月くん、わたしとお試しで付き合うって、具体的にはどーするつもりなんだろ? 楠木くんを諦めさせるのが目的なんだから、お試しって言っても、本気で付き合う気はないんだよね? あくまで楠木くんがいる時だけ、わたしのこと好きっぽく見せるだけ……なんだよね?)



 桃花はぬいぐるみを抱き締めたまま、体を丸めて、右に左にと揺れ始めた。

 お試しとは言え、初めて男性と付き合うのだ。期待よりも、不安の方が大きかった。



(あ~っ、どーしよどーしよっ? 今頃になって怖くなって来ちゃったよ~~~っ。秋月くんはいつも紳士的しんしてきだから、問題ないとは思うけど……。でも、万が一ってこともあるし……)



 ゆらゆらと右に左に揺れ、時折足をバタつかせつつ、桃花の想いも揺れていた。


 結太を応援したい。

 でも、龍生に協力すると言ってしまった。


 協力すると言っても、男性と付き合っているように見せるなど、どうすればいいのだろう?

 結太の前で手を繋いだり……はもうしてしまったけれど、あの時も結太は、かなりショックを受けていたようだった。


 ではこれからも、ああいうことを、結太の前でし続けるのだろうか?

 手を繋いだり……手を……繋ぐ他には、いったい何を……?



「わ~んっ、不安だよ~~~っ! 助けて、咲耶ちゃ~~~んっ!!」


 ベッドからガバッと起き上がり、ぬいぐるみを元の場所に戻すと、桃花は机の上のスマートフォンをつかみ、咲耶にアドバイスを求めるメッセージを打ち始めた。

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