第13話 結太と咲耶、桃花奪還のため追跡を開始する

 迎えの高級車に二人で乗り込んだまではよかったが、龍生は何故か、運転手にしばらく待つように告げ、なかなか発進させようとはしなかった。


 一分……二分……三分と、時間は刻々と過ぎて行く。

 その間、龍生も桃花も一言も発しなかったので、車中は重い沈黙に包まれていた。



(秋月くん、どーして運転手さんに、少し待つように言ったんだろ?……何かが起こるのを――それとも、誰かが来るのを待ってるのかな?)



 桃花はそうっと、隣に座っている龍生の顔を窺った。

 彼は胸の前で腕を、そして足をも組んで、瞑想めいそうでもするかのように、軽く目を閉じている。

 桃花は暇を持てあましていたことと、いくばくかの好奇心から、改めて、龍生の顔を観察してみることにした。


 まず目についたのが、睫毛まつげの長さだ。

 当然のことながら、マスカラを塗っているわけではないので、長くても決してケバくはなく、繊細せんさいで、やはり、品の良い印象を受ける。


 まぶたの上の眉は、細くもなく太くもなく、ゆるくカーブを描いているが、眉頭まゆがしらよりも眉尻まゆじりの方が、ほんの少し上の位置にある。


 鼻筋は通っていて、鼻の高さは、東洋人にしては高い方かもしれない。


 口の大きさは、大き過ぎもせず、小さ過ぎもせず、と言ったところか。


 唇はやや薄めで、カサついている様子は微塵みじんもなく、美しく整っていた。


 髪は、ムースやジェルで、無理に固めているようには見えない。

 それなのに自然なツヤがあり、見た目はサラサラで、さわ心地ごこちが良さそうだった。



(……むぅぅ。『王子様』って言われるだけあって、やっぱり綺麗きれいだなぁ。……女性っぽいわけじゃないんだけど、言い表すなら、〝カッコイイ〟より、〝美しい〟とか〝綺麗〟の方が、合ってる気がする)



 桃花が、そんなことをつらつらと考えている時だった。

 龍生はおもむろに両目を開き、


「……来たな」


 小さくつぶやいたかと思うと、ようやく運転手に、車を出すよう指示した。


「え?……来た……って?」


 ――何が来たのだろう?

 確かめるため、桃花が後ろを振り向こうとすると、


「いけない」


 龍生は早口で制し、ひざに置かれていた桃花の両手に、そっと片手を重ねた。


「……君は、前だけ向いていて?」


 ニコリと笑って告げられたが、桃花は気になって仕方ない。


「ど、どーして見ちゃダメなんですか? 秋月くんは、後ろに何が見えるかわかってるんでしょう?」

「……うん。わかっているね」

「ずっ、ズルいです! わたしも見たい!……ね、見てもいいでしょう?」


 思い切ってお願いしてみたが、彼はフフッと笑い、


「ダ~メ」


 再び制すと、またいたずらっ子のような笑顔を見せた。


「う……うぅ……。ズルい……」 


 ねて、軽く龍生を睨んでみたが、彼はどこまでも落ち着いていて、余裕の笑みをたたえつつ、桃花を見返すのみだった。



(むぅぅ~……。ズルい。……ズルい、けど……秋月くんの言うこと聞かずに振り返るのも、なんだか怖いしなぁ……)



 悔しいが、龍生を敵に回してまで見る勇気は、桃花にはない。

 桃花は大きなため息をつき、振り返るのを我慢がまんしながら、指示通り、前を向き続けた。



 さて。

 何故龍生は、桃花に後ろを振り向かせなかったのか。


 答えはもちろん、咲耶に後ろから発破はっぱを掛けられながら、死に物狂いで、自転車で龍生達を追い掛ける結太の姿が、そこにあったからだった。




「遅い遅いッ!! もっと早くげんのか、この大うつけめッ!! どんどん前との差が開いて行くだろうがッ!!」


 先程から何度も頭を小突こづかれ、肩を、背中を叩かれつつも、結太は愚痴ぐちひとつ洩らさず、懸命にペダルを漕ぎ続けていた。


 ……いや。

 愚痴りたいのは山々だったのだが、心臓が破裂はれつしそうな苦しさで、正直、そんな余裕すらなかったのだ。


 ただし、



(クッ、ソォ……! 龍生の、ヤツ……、ぜっ……てー……、許っ……さ……ねー……!)



 口に出せない代わりに、脳内では繰り返し繰り返し、その言葉だけが回り続けていたのだが。



「あーーーっ、もうっ!! ダメだダメだッ!! 全ッ然、追いつかないじゃないかッ!! このまま見失って、桃花があの鬼畜御曹司きちくおんぞうし毒牙どくがにかかってしまったら、どう責任を取るつもりだッ!?」


 咲耶は桃花の身を案ずるあまり、一方的に結太を責め続けているが、そもそも結太は、龍生の家がどこにあるか知っている。このまま車を見失ったとしても、それほど困ったことにはならないはずだった。


 しかし咲耶は、二人の仲がどれほどのものかまでは知らない。

 冷静さを失って結太を責めるのも、無理のないことなのだった。(結太は、実に気の毒ではあるが)


「うぬぅぅ……! 秋月龍生めぇえッ! 教室で少し話すだけだと言うから、今日のところは見逃してやろうと退いてやったんだぞ!? それなのに、何だこの仕打ちは!?……きっと、純粋な桃花をあの手この手で騙くらかして、車に乗るよう仕向けたに違いないが……。クソッ! 恐れていたことが現実になってしまうとは! 秋月め、どこまでも油断ならん奴だ!! とっ捕まえたら、目に物見せてくれるわッ!!」


 咲耶が後方で怒りを爆発させている中、結太は意識が朦朧もうろうとしつつあったが、



(こいつ、ホントにあの、おしとやかで可憐な伊吹さんの友達なのか? さっきから、暴力振るうわ口は悪いわ、やりたい放題だよな……。こんなのといつも一緒にいても、悪影響受けたりせず、澄んだ心のままでいられるんだから、やっぱ伊吹さんはすごいよなぁ……)



 などと、のほほんと桃花にれ直していた。

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