第11話 主人公、遅ればせながら状況を把握する

 桃花が、成り行き(?)で龍生の家に行くことになった、ほんの数分前。

 朝教室を飛び出し、『今日はずっと屋上にいる』と決意した楠木結太は、放課後までの長い時間を持て余し、大の字になって爆睡ばくすいしていた。


 昼休みまでは、なんとか頑張って起きていたのだが、昼食をとった(ちなみに、昼は購買でパンを買って食べた。授業をサボったお陰で、いつもはすぐに売り切れてしまう〝焼きそばとチキンカツのWサンド〟をGETすることが出来た)後、強力な睡魔すいまが襲って来て、あらがうことが出来なかったのだ。


 だが、虫の知らせか何かだろうか。

 二年三組の教室で、桃花と龍生が、ちょうど二人きりになった頃、唐突とうとつにクワッとまぶたを開いた。


「……ん?……あれ?……あー……オレ、いつの間にか眠っちまったんだな」


 状況を把握はあくすると、結太はのろのろと体を起こした。


 硬いコンクリートの上に寝転がっていたせいか、体のあちこちが痛い。

 結太はイテテとうめきながら、腕時計に目を落とした。



 余談だが、この学校の校則では、スマホも腕時計も、〝持ち込み禁止〟とはされていない。

 結太はスマホも持っていたが、スマホをポケットから取り出して時間を確認するより、腕時計を見た方が(ほんの数秒程度だが)早いので、常に手首には腕時計をつけていた。



「いっけね! もう放課後か!」


 結太は慌てて立ち上がり、ポケットからスマホを取り出すと、龍生からのメッセージが届いていないかを確認した。


 ……龍生からどころか、誰からも届いていなかった。



(昼休みに連絡入れるの忘れちまってたけど……龍生、もう誤解解いてくれてっかな?)



 それだけが気掛かりで、結太は、急いで龍生にメッセージを送った。

 文面は、『誤解、解いてくれたか?』だ。



(あ~、マズったぁ……。昼休みに確認入れとけばよかった。もしまだだったら、明日も気まずい感じで、伊吹さんと対面しなきゃなんなくなるもんなぁ)



 憂鬱ゆううつな顔で肩を落とし、結太は龍生の返信を待った。


 すると、一分と経たぬ内に、着信音が鳴った。

 結太は画面に目を落とし、内容を確認した――……のだが。


「………………は?」


 送られたメッセージの意味が、とっさに理解出来ず、結太は数秒、ポカンと口を開けたまま固まった。


 龍生からのメッセージの内容は、以下の通りだ。



『俺の誤解はとっくに解いた。

 それより、伊吹さんを家に招待したんだ。

 今から、家の車で共に帰る』



(……は?……え?……伊吹さんを、家に招待? 共に……帰……る……?)



 頭の中で、その文面の意味を、繰り返し繰り返し考える。


 ……いや。意味はわかるのだが、何がどうなったらそういうことになるのかが、まったく理解出来ない。

 結太はスマホを握ったまま、しばらくその場から動けなかった。



(……え? 『家に招待』って……龍生の家に、伊吹さんが行くってことか?……これから?……え、なんで?)



 龍生は、『俺の誤解は解いた』と伝えて来た。

 わざわざ『俺の』としているということは、『結太の』誤解は解いていない、ということだろうか?



(龍生の誤解は解けて……オレのは解けてなくて……。あっ! だからか? オレの誤解を解くには、あの時のことを話さなきゃいけねー。でも、学校であのことを話題にすると、また誰かに聞かれて、新たな誤解を生んじまう危険が……ってことか? だから、周りに聞かれなくて済む場所で――龍生の家に伊吹さん呼んで、オレの誤解を解こう……って、そーゆーことなのか?)



 そこまで考えて、ようやく、結太の体は硬直状態から解放された。



(そーか! きっとそーゆーことなんだな!? これから、オレの誤解を解いてくれよーとしてんだな!?)



 龍生には、はなからそんな気はないのだが、結太はそう思いたいのか、高速でスマホにメッセージを打ち込み、送信した。




 学校を出る手前で、結太からの着信を確認した龍生は、抱いていた桃花の肩から手を離し、『また着信だ。少し待ってて』と言ってから、ポケットから取り出したスマホの画面に目を落とした。


『龍生の家で

 オレの誤解

 解いてくれるのか?』



「…………」


 ――そう来るか。


 長い付き合いだ。結太がお人好しなのは、当然承知していた。

 だが、これから告白しようとしている自分の好きな子が、他の男の家に連れて行かれようとしているというのに、こんな呑気な返信をして来るとは。


 さすがに呆れ果て、龍生は小さくため息をついた。

 すると、それに気付いた桃花が、


「え、と……。どーかしました?」


 心配そうに龍生を見上げて訊ねる。

 龍生は取りつくろうようにニコリと笑って、瞬く間にメッセージを打ち込んで送信すると、スマホを仕舞い、再び桃花の肩に手を置いた。


「いや、大したことではないんだ。世の中には、能天気な人間がいるものだな……とね。少々感心してしまって」

「……はぁ……。能天気……」


 きょとんとする桃花だったが、龍生の顔つきが、何故か、先程よりき活きとして来たように感じる。

 しかし、その理由がわからずに、違和感いわかんから首をかしげた。


 結太が高速でメッセージを送った後、それを上回る超高速で、着信音が鳴った。

 慌てて、スマホの画面に目をやると。



『さあな』



 ……その、たった三文字だけ。


 そこでまた、結太の体は固まった。



(……『さあな』? さあなって何だよ? 龍生……誤解、解いてくれんじゃねーのか?……じゃあ、何で……何のために伊吹さんを……?)



『家の車で共に帰る』


 龍生のメッセージが再び脳裏のうりをよぎり、結太はハッとして屋上の手すりまで駆けて行くと、下を覗き込んだ。


 眼下に、桃花の肩を抱いて校舎から出て来る、龍生の姿があった。

 瞬間、カッと頭に血が上り、


「たぁあつおぉおおおおおおーーーーーーーーーーッ!!」


 内心、自分でも驚くぐらいの大声で叫んでいた。


 その声が届いたのか、龍生はゆっくりと屋上へと顔を向ける。

 表情は遠くてよくわからなかったが、目が合ったと感じたとたん、フッと笑ったように、結太には感じられた。

 まるで、『悔しかったらここまで来い』と、言っているようだと。


「……っざけんなっ、コノヤロォオオオーーーーーーーッッ!!」


 結太はそう叫ぶと、くるりと手すりに背を向け、屋上の入り口めがけて突進した。

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