第8話 腹黒王子は平然と嘘をつく

「こっ、こここ交際だとっ!? 桃花に交際を申し込んだ――って、貴様、正気で言ってるのか!?」


 机に両手を叩きつけ、咲耶は思い切り龍生を睨んだ。


「もちろん、正気だよ。何故なぜ正気を疑われているのか、さっぱりわからないけれど……僕は今朝、伊吹さんの家まで、交際を申し込みに行ったんだ。車で駅まで送ったのは、告白後の流れと言うか……まあ、そんなものかな」

「なっ、なな――っ、……なんだとぉおおーーーーーーッ!?」


 咲耶はわなわなと震え始め、鬼の形相ぎょうそうで龍生を見据える。

 だが、しばらくしてから、ハッとしたように桃花を振り返ると。


「桃花! こいつの言っていることは本当なのか!? 本当に今朝、こいつに交際を申し込まれたのか!?」


 咲耶にしては珍しく、悲しげに顔を歪めている。


「……え……え~……っと、あのぅ……」


 どう答えていいかわからず、桃花は困惑こんわく顔で黙り込んだ。

 まさか、龍生があんなことを言い出すとは、思いもよらなかったのだ。


ひどいな。交際を申し込みに行った本人がそうだと言っているのに、信じてくれないなんて」


 いけしゃあしゃあと、龍生はなおも言ってのける。

 桃花は龍生をまじまじと見つめ、



(この人……どーしてこんな平然と、嘘ついたり出来るのかな……?)



 内心呆れるやら恐ろしいやらで、正直、どうやって気持ちを整理をすればいいのかわからなかった。


「うるさい、黙れッ!! 私は桃花に訊いているんだ! 貴様など、とっととこの場から立ち去れッ!! 存在だけでも鬱陶うっとうしいわッ!!」


 咲耶は苛立いらだちを隠そうともしない。

 ここまで龍生のことを邪険じゃけんに出来る人間は、学校内では、咲耶くらいではなかろうか。龍生と同等程度に完璧と思われる人間、彼女だからこそ許されるのだ。


 しかし、ここまで言われたら、さすがの龍生でも、ムッとするのでは?


 その場の人間のほとんどが、そんな軽い好奇心から、固唾かたずんで龍生を注視ちゅうししていた。

 当の本人は、どこまでも涼しい顔で。


「うん。君からしたら、僕は単なる邪魔者じゃまものだろうね。……でも、わからないな。僕が伊吹さんに告白したという事実が、どうしてそこまで、君を苛立たせるのか」

「――っ!」


 咲耶は一瞬言葉に詰まり、くやしげな顔をチラリと覗かせた。

 だが、すぐにいつもの冷静さを取り戻し、


「何故って、決まっているだろう? 桃花は私の、大切な友人だ。その友人が、得体の知れない怪しい男に、交際を申し込まれたとあってはな。そりゃあ、心配にもなるさ」


 龍生を挑発でもしているのか、不敵な笑みを浮かべる。


「得体の知れない怪しい男……。ハハッ。そんなこと、生まれて初めて言われたよ。君は本当に面白い人だね、保科さん」 


 敵もる者。そう簡単には、挑発に乗ってくれない。

 咲耶は明らかに不機嫌な顔をし、『何が面白いだ。ひとつも面白くないわ』とき捨てるように言ってから、ふいっとそっぽを向いた。

 龍生は満足げに微笑み、何気ない風で、教室の時計に目をやった。


「ああ、いけない。もっと話していたいけれど、そろそろ時間切れかな。昼休みが終わってしまう。――愉快ゆかいな時間は、あっという間に過ぎるものだね」



(……愉快? 今のが? ずーーーっとピリピリした空気、ただよってましたけど……?)



 教室内の一同が、心の中で総ツッコミを入れた。

 終始平然としていたのは、龍生のみだ。


「では、僕はこれで失礼するよ。――伊吹さん。放課後また、ここに来てもいいかな? 君とは、あまり話せなかったからね。もっと君のことを知りたいし、君にも、僕のことを知ってもらいたいんだ」

「……ふぇっ?……あ、ああ……はい……」


 話題の中心のはずなのに、ずっと放置されていた桃花は、今、ようやく夢から覚めたかのような顔で、ぼんやりと返事をした。


「桃花! こんな奴の言うことを、素直に聞いてやる必要はないんだぞ!? 迷惑だったら、ハッキリそう言ってやれ!!」


 咲耶の言葉で我に返り、桃花は焦って、咲耶と龍生を交互こうごに見つめる。



(どっ、どーしよー? 秋月くんは、悪い人ではないと思うけど……。でも、いきなり変なこと言いだすし、ケロッとした顔で嘘ついたり出来るし……もしかしたら、怖い人なの……かな?)



 桃花はじいっと、龍生の顔を見上げた。

 彼は桃花を見返しながら、ニコリと微笑む。


 女子の気持ちをガッチリつかんでしまいそうな、さわやかな王子様的笑顔だ。

 桃花も、彼に対してかすかな疑念を抱いてさえいなければ、ドキッとしてしまっていたかもしれない。



(でも、怖い人だったとしても、話はちゃんとしなくちゃダメ……だよね? でなきゃ、どーしてあんな嘘ついたのか、わからないままになっちゃうし。……うん。ちょっと怖いけど、秋月くんが何考えてるのか、知りたい。それから……あの楠木くんが好きになった人が、どんな人なのかも)



 桃花は内心おびえつつも、勇気を振り絞って、龍生の目をまっすぐ見つめた。


「わっ、わかりました! わたしも、秋月くんとお話したいです! ほ、放課後また、ここで待ってます!」

「な――っ! も、桃花ぁっ!?」


 ショックを受けたような咲耶の声に、桃花の胸はチクリと痛んだが、あえて聞こえぬふりをし、龍生を直視し続けた。

 龍生はと言うと、いつもうつむいてばかりの印象だった桃花から、初めて強い意志を込めた瞳で見つめられ、驚いたのだろう。ほんの僅かな間だったが、意外そうに目を見張った。

 そしてフッと、今度は自然に微笑むと、


「ありがとう。放課後、楽しみにしているよ」


 それだけ言い置いて、颯爽さっそうと教室を後にした。

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