第7話 誘拐事件


「清心高校の生徒が誘拐されました」


「何~」


「清心高校の寄宿舎に、誘拐犯からの脅迫の電話がありました。今、情報を収集中です」


埼玉県の片田舎、清心市、清心警察署、署長のあおさぎ 音哉おとやは高揚するものがあった。

のどかな片田舎の田園地帯が広がる清心市は、事件らしい事件など無い。そんな、清心警察署に降って湧いたような重大事件だ。青鷺署長は興奮をおさえ気味に、対策本部を設置を命じテキパキと指示を出した。


 一課、強行班の戸郷とごう つよし警部を長とする初動対策班が、清心高校寄宿舎にとんだ。

たいして広くもないロビーには、録音、逆探知など器機をセットする者、聞き取りに回る者、指揮する者とごったがえした。

その中で異彩を放ったのが、白いふわりとした和服とも違う、洋服でもない、ドレスともいえない不思議な服を来た不思議な髪型の女がいた。左右に侍女が居て、大相撲の軍配を大きくしたような団扇うちわみたいな物でそよそよと風を送っていて、頭上には小さな紙切れを盛ったザルを後ろに居る侍女が時々揺らして紙吹雪をはらりはらりと降らせている。

その周りには、先生や生徒が取り囲んでいた。


強い違和感を覚えながらも、戸郷は聞き取りを始めた。


「通報したのは、どなたですか」


「私です」


相撲取り体型の白い服の女、フクが前に出た。


「状況を教えて下さい」


「ケイタイに『カメは預かった。返して欲しくば、玉手箱を用意しろ。交換でカメをかえしてやる』というものでした」


「その者は男ですか、女ですか。何と名乗りましたか」


「男の声で『正義を守る会』と言ってました」


「正義を守る会ですか、それが誘拐を・・・・」


その間に、録音、逆探知の準備が出来た事を係の者が戸郷に伝えた。


「カメさんは清心高校の生徒さんなのですね」


「はい。そうです」


「カメとは名前なのですか、それとも苗字なのですか」


「さあ、カメとしか・・・・」


「んん・・・・保護者の方は」


「私です」


道服姿のフクに代わり、天女服姿の乙姫が応えた。警官たちが入って来た時から、違和感を覚える存在だ。不思議な和服のような物を着て、左右の侍女が不思議な大きな団扇でそよそよと風を送り、頭上には細かい紙片を盛ったザルがあり、はらりはらりと紙片を散らしている。その周りを教師や生徒が取り囲んでわいわいがやがや騒いでいた。その違和感の主が口を開いた。ソプラノの美しい声だった。


竜宮りゅうぐう おとと申します」


「あなたが、カメくんの保護者」


竜宮、乙姫、カメ、玉手箱・・・・、どこかで聞いたような・・・・。


「カメくんの写真か何か有ったら、見せて下さい」


「はい」


乙姫さまは、胸の下あたりからスマホを取り出した。録音、逆探知のスマホとは別の物だ。乙姫さまは、白い繊細な指で画像を呼び出した。


「これです」


「これって、カメじゃないですか」


「だから、これがカメです」


「誘拐されたのは、清心高校の生徒さんじゃ?」


「だから、これが清心高校の生徒のカメです」


「ええ~」


紛れもないカメだ。海ガメか陸ガメか知らないが、カメだ。これが、清心高校の生徒。誘拐された生徒。誘拐したのは、正義を守る会。要求は玉手箱。

戸郷は、悪い冗談としか思えなかった。


その時、スマホに着信があった。


『玉手箱は用意したか』


犯人からの要求だ。その場に緊張がはしった。


その時、その場にいた生徒の浦島 たいの手が伸びスマホを取った。


「玉手箱はやらない。カメは、煮るなり、焼くなり、カメ鍋にするなり好きにすればいい」


鯛はそう言うと、通話を切ってしまった。


「そんな~」


乙姫さまは困惑した。


追い打ちをかけるように「我々は撤収します。カメくんの事は、盗難届として出して下さい」と、戸郷が言った。

さらに警官たちに「撤収するぞ~」と言った。


戸郷には落胆する署長にどう言い訳するかで、頭がいっぱいだったのだ。

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カメが行く 森 三治郎 @sanjiro

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