戦いのあと

 結衣子はまだ夢を見ている。


 おばあちゃんと思しき輪郭はまだ何にも言わず、悲しげに彼女の前に立っている。


 また何かが横を通り過ぎた気がした。


 さっき通り過ぎたのと同じ人だ、と感じた。


 晴れやかなような、淋しいような、すこし印象が変わっている気がする。


 ふ、とおばあちゃんの輪郭が消えた。


 待って、と口を動かしたはずだが、やはり声は出ない。


 そうして、徐々に五感が戻ってくるのがわかった。


 まず、暗闇が見えた。そこから、わずかに光を感じる。


 次に錆びた鉄のような匂い。


 口の中に広がる、苦くて酸っぱい何か。


 頬に当たる、ぬるい風。


 そして、声。


「……先生。語部先生」


 誰かが名前を呼んでいる。今度はさっきよりもずっと形になっている声だ。


「ほら。お頭」


「……はぁ」ため息。

「呼び方なんて関係ない」


「じゃ、試してくださいよ」


 すこし息をのむ音がする。


「……結衣子先生」


 急に目の前が眩しく光ったように感じた。


 重い瞼を開けようとする。


「ほらほら! 起きたじゃないですか」


 これはたぶん、一香の声だ。まだはっきりしていない頭でぼんやり考える。


(なんだかわからないけど、はしゃいでるみたい)


「女性と親しくなりたいなら名前で呼ぶのは基本ですよ。これからは私が一から教えてあげなくてはいけませんね」


(二条先生……かな?)


「余計なお世話だ」


 伊賀崎淳弥の不機嫌そうな声が聞こえた。


 眩しいのを我慢しながら目を開けると、周囲の大人たちに文句を言う少年忍者の顔がすぐ近くに見えた。


 彼もこちらに気付き、目が合うと、不器用に微笑む。


 彼女自身も自分の口元が緩むのを感じた。


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