目的
淳弥は、自分が焦っていることに気付いていた。
(先生から離れすぎている)
距離も時間も。しかし目の前の風魔忍者は付かず離れずの距離で仕掛けてくる。
「どうした、風斬り! もっと踏み込んでこい!」
明らかに時間稼ぎをしていた。
生き死には別として、建物の外に転がっている人間は10人といない。人数の見積りが正しければまだあの別荘に敵が残っている可能性はあった。彼女一人では危険だ。
数回の打ち合いで、相手の実力はわかった。負けることはない……が、かと言って手加減ができるほどでもない。
(やむを得ない。『
一呼吸の間合いを取った。
四肢を切断するなど
刀を構え直し、小さく息を吸い、集中する。
『鎌鼬』を巻き起こそうとしたその時、不意に空気の
勘を頼りに後ろへ大きく跳ぶ。
瞬間、風が流れる筋が見えて、彼がさっきまでいた場所に抜き身を持った忍者が現れた。
幻鬼と同じ風魔の装束を身につけ、反りの強い刀を両手に持っている。二刀流だ。
忍者に長刀や反りのある刀を持っているものは基本、いない。二刀などなおいない。学園の忍者たちのように、短く反りの浅い直刀を一本携えるだけだ。風魔はもともと、忍者というよりも野盗に近い存在だったと言われる。この二人の装備を見る限り、言い伝えは本当だったらしい。
しかし、ただの野盗とは言えないことも、淳弥にははっきり分かった。
この忍者の現れ方ーーーー霧が晴れるように姿を見せた、この隠れ身の術には、見覚えがある。
「中之条」謎の忍者は二刀を背中の鞘に納めた。
「終わった。帰るぞ」
「おお、兄貴。首尾よくいったか?」
「ああ。あの抜け忍、最後は役に立った。しっかりと反魂の法を見てきたぞ」
淳弥の存在を忘れたかのような話しぶりだ。
無視をするのはいい。なんなら今すぐこの場を離れ、結衣子のもとへ急ぐべきだった。無視してくれるならかえって都合がいいのだ。
しかし、
「貴様、その術」
聞かずにはいれなかった。
「
霧隠の術。霧や霞、ほこりを散布して姿を隠す、隠れ身の技の中でも最も難易度が高い技術である。
それは、伊賀流忍術の奥義のひとつだ。
「ん」やっと、淳弥に視線を向けた。
「『風斬り』。さっきは見せつけてくれたな。あのまま二人で布団に入るのではないかと心配したぞ」
瞬間、彼は、結衣子が幽閉されていた部屋が妙に湿気ていて空気が重かったのを思い出す。
「……通りで」
異形の忍者は、あの部屋にいたのだ。
現代の霧隠の術は光学技術を利用してさらに巧妙に隠れることができる。
そうしてそれは、致命的なことだった。あの瞬間、この謎の忍者がその気にさえなればいつでも彼を殺せたことを意味していたのである。
ふたたび謎の忍者は幻鬼に向き直った。
「お前でも殺せなかったか」
「おう、活きがよくて戦い甲斐があったわ。もう終いにするのが残念だのう」
「呑気なやつだ。お前、あと少しで両断されていたのだぞ」肩をすくめた。
「両断? そんな馬鹿な」
「やれやれ」淳弥を見る。
「お互い部下に恵まれないと苦労するな? まぁ、お前に比べたら、俺の方がまだましか。まったく、妹と話さえできればいい、と殊勝なことを言っていたと思えば。やはり抜け忍など犬ほども信用できぬ」嘲笑と哀れみの混じった目になる。
「立場も
淳弥はいくつかの疑問が氷解するのを感じた。
(連中の目的は先生の確保ではない)
国の威光を借りれば、そんなことはいつでも可能だった。しかし、道具があっても使い方がわからないのでは意味がない。
結衣子を生贄にすればいいのか? 何らかの儀式を行えば良いのか? 必要なものは? 条件は?
そう、風魔たちの本当の目的は、反魂の方法を知ることだったのだ。
結衣子本人の生活を見る限り、そもそも
そんな中、風魔たちの息がかかった
(反魂の方法が書かれていることを二条の弟から聞き出し、用済みになった守子様を……)
しかし、彼は詳細については口を閉ざした。
おそらく、もとは本当に妹と話をしたいばかりだったのだろう。語部守子がいない今、自分だけが実行できると気付いたときに、彼は狂った。妹を呼び出すだけでは足らず、甦らせようとしたのだ。
風魔たちは焦った。もう術の詳細を知る方法は昴弟か服部半蔵から聞き出すしかないが、どちらも決して口を割らないだろう。ただし、すくなくとも昴弟は術を実行したがっている。
風魔と権力者がナチスやカルトを焚き付け、服部学園を襲撃し混乱させたのは、昴弟が語部結衣子を
(二人の後を追って術の方法を盗み聞ければよし、最悪でも実演をみればよし。いずれにしても反魂の方法が分かる、ということか。なるほど)
しかしそれは学園の忍者によって
一度失敗した企みを成功させるのは難しい。警戒レベルが上がるからだ。権力者も本来なら姿を出したくはなかったが、やむを得ず沙汰書きを発行し、手元に結衣子を置いた。抜け忍のために、再度結衣子を狙うチャンスを作ってやった。
本来ならば武装が甘いこの別荘から昴弟が結衣子を奪う予定だった。
(あいつは踊らされていることも気付かずに忍び込もうとしたのか。それならば色々と辻褄が合う)
が、淳弥たちが先に辿り着いてしまった。
考えてみれば幻鬼の登場も変だった。淳弥と結衣子を切り離すために幻鬼は派手に登場し、挑発したのだ。もともとの予定では、そもそも幻鬼もこの謎の忍者も姿を現すつもりはなかったに違いない。
風魔の忍者たちが立ち去る気配を見せた。
「逃げるのか」
そう口に出したものの、淳弥も結衣子に合流しなければならない。追うつもりはなかった。
「おうよ。悔しいが、今晩は俺が命拾いしたらしい。次こそは名誉挽回させてもらう」
幻鬼が目元を不敵に歪ませ、背後の森に消えた。
もう一人、兄と呼ばれた忍者は冷たく淳弥を見る。
「『風斬り』よ。あの女、いましばらく預ける。だがあれを腐った老人どもにくれてやるのは惜しい。いずれ、俺が貰いにいく」眼が鋭く光った。
「それまで、桐箱にでも入れて大事に守っておけ」
夏にしては冷たい、強い風が吹き……消えた。
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