戦闘開始
すばやく手話で指示を出す。もう日は完全に落ちているが、この距離なら単眼鏡でギリギリ見えるだろう。端末を操作する暇が惜しい。
『5分後から全ての敵と戦闘可能』
『目標追加 護衛対象奪還』
『標的狙え 一香 配置 伊賀崎と同』
『陽動撹乱せよ 二条 配置 伊賀崎と逆位置』
『配置にて合図待て』
『移動開始』
大きく迂回しながら、昴が建物の反対側へ移動していく。
同様に一香も迂回しながら淳弥と合流した。
「粋な采配やと思います。感謝します」
「最適な配置にしただけだ。あいつの雷で注意を引く。敵も陽動だと気付くだろうが、最初の一手は俺たちが取れる。お前は確実に奴を仕留めろ」
「承知」
「可能なら風魔とどんな関係にあるか聞いておいてくれ」
「無茶なことを。尋問する余裕なんてありゃしませんよ。焼き殺したくてうずうずしてるんで」
「可能なら、だ。奴は手強い。あと3分」
名前とは違って、『雷光の昴』はじりじりと前に進んでいる。3分で到達できるような動きではない。先に館に辿り着かれることはないだろう。
それにしても時間をかけすぎだ。それだけ傷が深かったのか、あるいは警戒すべき何かがあるのか。
嫌な予感がした。これまで表の世界でも裏の世界でも鳴りを潜めていた風魔がからんでいる。奴がここまで慎重になっているからには、未知の敵は相当の力量なのだろう。
端末の表示が動いた。開始だ。
右手を上げ、振り下ろす。
『暴れろ』
細身の忍者が完全に館の影に隠れ、次の瞬間には館の向こう側が激しく光り、遅れて爆音が響いた。
隻腕の忍者が呆然と立ちすくんだ。もう勝ちの目はない。あの光が自らの兄が作り出したことはすぐに理解しただろう。
館が途端に
「諦めろ」
静かな呼びかけに振り向いた顔は、驚きよりも諦めの色が強く感じられた。
「……来ましたか」
「首をもらうぞ」一香が一歩踏み出した。
昴弟を取り巻く風が動いた。
淳弥は姿勢を思い切り低くして、地面を蹴った。伸び切った草が土ごと後方へ飛ぶ。
対して、隻腕の忍者は弾丸のように飛んできた少年の横を走り抜けた。目指すは妖艶な炎のくノ一。
淳弥は二人を残して館へ駆け寄った。いま、敵の警戒は建物の反対側に集中している。壁の出窓や突起物を使って一気に屋根まで登り切った。
屋根裏の採光用の窓を抜け、屋内に入る。3階の天井の大部分は梁が巡らされており、それの上を伝って目的の部屋の近くまで移動する。
見張りは二人いるが、ともに外の騒ぎに気を取られていた。そのうちの一人が様子を見に行ったのを確認し、残った方を素早く無力化する。首を絞めながら装備を調べると、P220自動拳銃を持っていた。警察ではなく自衛隊で使われる銃だ。
見張りを寝かせて、ドアをノックした。
返事はない。
ドアは鍵がかかっていたがノブを壊すと簡単に動いた。
勢いよく扉を開ける。
攻撃を仕掛けるような素早い動きは必ず空気を乱し、風を起こす。すばやく室内を確認した。湿気を含んでいて空気が重いが、動きはない。敵はいない。
構えていた刀を
浴衣姿の結衣子が立っていた。
淳弥が覆面を外し声をかけるより先に、彼女が彼の胸に飛び込んできた。
とたんに自分自身の心拍が上がるのがわかった。
甘い、不思議な香りがする。恥ずべきことだが、一瞬だけ眩暈がして、彼女を抱きしめようと手が勝手に動いた。
(まだ戦闘中だ。何を血迷ったか)
唇を噛んで、やっと言葉が出てきた。
「遅れて申し訳ありません。お迎えにあがりました」
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