戦闘前
夕刻になった。闇が濃くなり始める。虫の声も落ち着いて、いまは涼しい風が吹いている。
長期戦を見越して兵糧丸を口に含んだところで動きがあった。
まず、半蔵から建物の見取り図が届いた。3階建ての広い建物で、窓がなくトイレ・シャワー完備の部屋が3階にひとつある。人を幽閉するならここだろう。
「設計した時から誰かを閉じ込めるつもりだったのか」
常人の発想ではない。
見取り図をもとに進入経路を考える。屋上の屋根裏を破って入るか、3階の窓から侵入するか。
そもそも人員がどれだけいるのかわからない。
警備や雑用で、各階と外で合計15人前後だろうか。風魔が絡んでいるとなるとそもそもの警備体制が違う可能性もある。経験で読めない。
頭を悩ませている淳弥のとなりで、一香が小さく声を出した。
「……いた」
薄暗くなった庭の草木に隠れて、細身の男が館を伺っているのが見えた。上着の左袖が縛られており、小さく揺れている。
『雷光の昴』が密かに近付こうとしていた。
……密かに?
「もう建物に近すぎるからやつだけを狙うのは無理だ」
「わかってます」
一香の棘のある返事が返ってきた。
「それより、なぜ隠れて入ろうとしている?」
「あいつに聞きに行ってください」
きつい言葉が続く。本当なら今からでも彼女自身が飛び掛かりたいのを抑えているのだろう。淳弥の独り言にも似た言葉にも噛みついてくる。冷静に相談できそうにもない。
「……じゃ、そうするか」
はぁ? という顔で振り返った一香と、何かいいたそうな昴を残し、彼は一人樹上から降りて草葉に隠れた。
草が伸び切っているので、体を隠すのは簡単だ。風が草を凪ぐのに合わせて昴弟の背後へ回る。
幸い風が強いので淳弥の風を視る眼が効く。敵の周りの風の動きで何をしようとしているか分かるかも知れない。聞くことはできなくても、よく視ることならできる。
やはりあの部屋に誰かがいる。幽閉されている誰か……おそらくは、語部結衣子が。
あの抜け忍は誰が結衣子を
では、連携をとっているのならば、なぜ必要ないのに姿を隠しているのか。
「風魔たちを出し抜くためだ」
確信した。手紙の中身、すなわち『先生の使い方』を知っているのは実際に手紙を読んだ昴弟だけだ。
風下へ移動し、声が届かない場所まで下がった。敵からの視線も確実に切っている。
秘匿回線を開いた。
ややあって、半蔵が受信状態になったことが端末に表示される。
淳弥は現在の状況と、昴弟の動きから読み取った内容を報告した。
しばらくの間があって、半蔵からの声が届く。
「もう笑うしかないな。3分前までは最悪の報告だったが、三船がいい仕事をした」
「と、いいますと?」
「坊、吉報だ。あの御沙汰書きだが、正式なものでないことが分かった。印を扱えるメンバーの一人が勝手にやったことらしい。そいつの名前は、中根栄子。まだ我らがお上の一人だ。その屋敷にはいないが、今後接触することがあっても絶対に手を出すな。『雷光の昴』を討ち取り、風魔の情報を集めろ。結衣子殿を取り戻せ。あと5分で正式な沙汰が降りる」
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