合流
指定の場所へ着いた。
いかにも閑静な避暑地らしく、ここに来るまでにはさまざまな別荘が見えたが、辿り着いた先は森のように草木が生い茂っていた。虫の声もひときわ大きく、手入れをしている様子もないが、よくよく見れば草を強引に踏み分けた車輪の跡があった。その先にわずかに建物の屋根が見える。
四駆の車でもなければ入れそうにないし、車を止めれば怪しまれる。いったん通りすぎたところでモニカが二人を怪しむ顔をした。
淳弥が運転を代わり、昴が説明する。
君を安全に届けるためにも、自分達の安全を確保するためにも、いったんここを離れる必要があるのだ、と。
それならば私だけを車から下ろして欲しい、と大変ごもっともな答えが返ってきた。
「お頭、どうしましょう」
「わかってるだろう。眠らせろ」付け加えた。
「やさしく、な」
色ごとが得意なはずの忍者は苦笑いする。
素直に飲むわけはないので、やや強引な口づけで伊賀伝来の睡眠薬を飲ませた。間も無く彼女は静かになった。
「やさしくするんじゃなかったか」
「強気に出なければならない場合もあります」
離れた場所に車を止め、二人だけで降りた。放っておいてもモニカは
「熱中症になったら大変ですから」
淳弥はもう笑う気にもならない。
目的の建物は、こだわった別荘らしく見晴らしがいいところに建てられている。つまりこちらが下手に近付けば見つかるかも知れないし、見下ろせるような場所もない。
忍び装束に着替え、準備を整えた。夜まで待ちたいところだが今はとにかく情報が欲しい。比較的木立が密接しているところを選んで、罠を避けるために枝の上を跳び進んだ。
建物の西側が比較的相手からの視界を遮りつつこちらからも監視ができそうだった。
樹上から単眼鏡を覗いてみると、手入れされていない場所には見合わない、立派な洋館が見える。
3階建。屋根が大きく突き出している。玄関まわりには複数の人間と、頑丈そうな車が3台。
「当たりっぽいな」
見た目は全員が黒髪で褐色の肌。体格が良く、戦闘訓練を受けていることは見て取れた。忍者にしては体格が良すぎるのが気になる。
「ナチス……ではないな」
「坊主頭もいないですね。仏教系のカルトでもなさそうです」
しばらく見ていると、場所に見合わないスーツを着ている一団と、夏に見合わない普段着を着ている一団がいることがわかった。どちらも武器を隠し持てる服装だ。
人目を気にしなくてもいい場所にも関わらず、表だった武装をしていない。万が一に備えて武器を持ってはいるが、襲撃を予想しているわけではない、ということだろう。
「風魔か、政府関係者ですね。もしくは両方」
「一番嫌な組み合わせだ。政府の人間だとしたら手が出せない。武装が甘いのが救いだが」
「重武装のナチスとカルトがいないのも助かりますね」
こちらは少人数だ。数に頼る戦法は対処が面倒だったが必要なさそうではある。
「スポンサーの立場も考えて、連中を拠点には置かなかったんだろう。問題は……」目を
「あそこにお前の弟がいたら手を出せないこと。そして風魔がどう戦うのか情報がないことだ」
半蔵への現状報告はすでに済ませた。そのうち何か連絡があるかも知れない。
「……待つか」
呟くのを聞いて、昴が喉を鳴らしたのに気付いた。本人は自分の体の反応に気づいていない様子だ。
淳弥は秘匿回線で一香に連絡することにした。そろそろいい頃合いだ。
「そっちに進展はあったか」
衛星を中継した通信なのですこしラグがある。
『ドイツ女が逃げたのでふんじばりました』
「やっぱりな。もう姿を見せていい」
『……了解しました』
普段から冷静沈着を気取る忍者は、眉を寄せている。
「どういうことです?」
「そのまんまだ。あのオペレーター、
5分とせず、忍び装束の一香が合流した。
「薬を吐き出して、眠ったふりをしてました。
冷ややかに昴を見たあと、報告した。
「そういうことだ。味方を斬り殺した俺の顔を忘れるわけがない。最初から怪しいと思っていた」
「……」
「薬は本物だったか?」
一香が不満気に頷く。
「だったら、あの女が
「……納得はできませんが、今はそういうことにしときましょう」
「それでいい。二条、お前は落ち着け。詰めが甘くなってる。女性の扱いは俺にはわからないが、普段はもっと慎重だろう。何を焦っている?」
「……」目を伏せた。答えるつもりはないらしい。
面倒になったのか、一香が口を開いた。
「うちから教えます。美雪ちゃんが人質でいられるのは三日だけです。それまでに昴弟の首を持っていかないと、美雪ちゃんが身代わりになるんです」
「まさか。あの橘の親父さんがそんなことを?」
忍者のくせに子供好きで、私財を投じて孤児院を運営している橘の
「するわけないじゃないですか、言葉だけですよ。でもこいつは鵜呑みにして焦っている。ざまぁないです」
拗ねたような、馬鹿にしているような声色だ。隠すどころか強調している。
「そんなことにも気付かないから、あの小娘の嘘にも騙される。このままじゃ足手まといだから、仕方なくネタバレしました」
「……申し訳ありません」さすがに肩を落とした。
そういえば、校長室では半蔵の出した条件で猶予をもらった、という話をしていた。あの時からすでにこの男は縛られていたのだ。
「じいさまも人が悪い。せめて俺に言っておいてくれればいいのに」
「お頭はすぐ顔に出るし、情に脆いから口が滑っちゃうかもしれないでしょ。棟梁もまだこいつが裏切り者でないと確信を持ててたわけじゃないですから、それは仕方ないです」
「……」
その通りのような気がして返す言葉もない。
気を取り直し、
「何にせよ、状況が膠着した。今は待つ」
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