追跡開始

 淳弥は昴とモニカのやりとりを途中まで確認したが、馬鹿馬鹿しくなって途中でやめた。


 そもそも言葉のやりとり自体が少なかった。


 自称色男の忍者はいかにもこっそり侵入しているという体で、モニカの牢屋へ入っていった。彼女の上官が、実際には気を失っているだけだが、すでに死んでいると身振り手振りとスマホで告げた。優しく肩を抱き、清潔なハンカチを差し出し、背中を撫でたところでちらりと淳弥に目を向けた。


 この時点で見る気が失せたがこれも仕事と割り切ってまだ覗き続けた。頭が痛くなった。


 その後、二人がわずかな言葉を交わし、肌と唇を触れ合わせるのを見て、「これはどのみち監視しようがない」と気付いて諦めた。


 忍者には、特有の手話や体に触れる部位を使った無言の会話術がある。視界の影で何を言っているのか分かったものではないし、単純に見るに耐えない。


 懐柔が済んだのち、昴が淳弥を「信頼できる部下だ」と紹介して三人で地下牢を抜け出た。


 廃ビルでは彼女の同僚を斬り殺していたはずだが、顔を見られてなかったのかも知れないし、忘れられたのかも知れない。いずれにせよ、彼女は淳弥には注意を払ってないように見えた。


「お前、俺をからかってなかったか」


「ばれてましたか。でも、参考になったのでは?」


 呆れてものも言えない。


 明るいところで見たモニカは、ナチスという厳しく古臭いはずの場所には不釣り合いな、可愛らしい顔立ちをしていた。それなのに体格はがっしりしていて、女性にしては思い切った短さに髪を切り揃えている。前髪も眉にかからない長さで、襟首などは淳弥よりも短い。


 基本的に忍者は目立ってはいけないので世間的によくある髪型にしているし、くノ一は髪そのものが道具の素材として使われるため邪魔にならない限りは伸ばしている。


 彼は自分の世間が狭い事をあらためて知った。同時に昴の「どうだ?」と言わんばかりの顔に若干腹がたった。


 いまのところはうまくいっているように見える。他にこれといった方法がない以上はこのまま彼女の線を辿らざるを得ない。ナチスの一員を通して風魔に近付き、その風魔からさらにすばるおとうとを探し出すのだ。


 念のため一香にも連絡はした。


『もう少し調べたら、そっちに向かいます』


 と、言葉少なにメッセージが届いた。進展はないようだ。


 服部半蔵も含め、三船たちとも大まかな情報の共有をした。三船は半蔵の指示で今回の政府の動向を探るらしい。おかみからの命令が二転三転するのは日常茶飯事だが、今回はあまりにタイミングが良すぎる。


「どこにつながるかな」


「さぁ、なんとも言えませんね」


 学園を出て、モニカに案内されるまま、昴は拝借レンタルした車を運転する。


 彼女がマップアプリで指し示したのは避暑地で有名な場所だった。金持ちが別荘を建てているような土地だ。


「裏で糸を引いている奴は、ずいぶん金持ちのようだ」


 政府の命令の背後に風魔がいることは容易に想像できた。結衣子という餌に釣られた権力者がいる。もしこのあたりの土地を提供しているなら、潤沢な資金がある人物なのだろう。


 淳弥の、短く特殊な人生経験の中でははっきりとした人物像が浮かばない。


 ただ何となく、そんな人間は誰かをこの世に呼び戻そうと考えるよりも、自分の人生を伸ばすことを優先するのではないか、と思った。


「そこの女たちの狙いは……」ナチス、という言葉は避けた。

「ベタな話だが、髭の総統の復活なのかな」


「そんなところでしょう。映画なんかだったらB級もいいところです」


「カルトの狙いは先生の抹殺」


「おそらく。『あの世』や『天国』があったら困る方々もいるでしょう」


「そして孤独な忍者が愛する人の復活を狙う、と」


「……」


 全員がただ一つのコマを別々の目的で取り合う関係にも関わらず、狙ったかのように学園を連続して攻撃してきた。


 不思議な連携を取っている。


 今回の件で唯一、結衣子を狙う理由がないのは風魔だけだ。彼らの狙いがもし噂通り世の中に波乱を巻き起こすこと、表舞台に出ることであれば、誰かを生き返らせることも長生きすることも必要な条件ではない。もちろん殺す必要は尚更なおさらない。


「風魔はおかみに取り入ろうとしているんですかね」


 ただし、として扱うなら話は別である。


「表舞台で活動するのに必要な後ろ盾としては、他が弱すぎる。連中が中心にいるのなら、そうなるだろう」


 服部半蔵はお上には逆らうなと言った。


 政府とは直接刃を交えるな、と。


 つまり、風魔を含めたその他とは戦える。『雷光の昴を討ち取るため』に学園を出て、必要とあれば『自衛のために風魔一派と戦う』。強欲な権力者も表立っては風魔に味方することはできないだろうし、言い訳としては成り立つ。


「風魔と政府の権力者を結びつける証拠があれば、逆転の目もあるかも知れない」


『お上も一枚岩ではない』。政府内での対立を利用して、服部学園にとって有利な状況を作り出す。


 もしも万が一、風魔が表に出ることがあれば何が起こるかわからない。社会の混乱は言うに及ばず、忍者という存在が表に出れば学園の存続さえ危ういし、服部半蔵を失脚させ、風魔がそれに成り代わることも十分に考えられる。


 淳弥にはまだ理解の及ばない、政治の戦いだ。


 表向きは抜け忍の討伐。


 裏向きは、風魔と政府権力者の背後関係の調査。


 こちらの目的はその二つだ。学園としては、むしろ後者が本命である。


 しかし、と彼は考える。


 もし万事うまくいって、抜け忍と風魔を討ち取り、連中にそそのかされたフィクサーから権力を奪うこともできたとする。風魔の活動を未然に防ぎ、社会と服部学園は一時の平和を得ることはできるだろう。


(しかし、語部先生はどうなる?)


 このまま学園に残ることになるのか。それとも別の形で政府が保護することになるのか。彼女の安全は保証されるのだろうか。


 彼女は幸せになれるのだろうか?


 忍者らしくない、青臭い感傷だということは彼自身がよくわかっている。しかし、お互いに独り身の仲間だと言った、結衣子のあの優しくも悲しい笑顔が再び脳裏をよぎる。


 考えても答えは出ない。


 それならばひとまずは頭の隅においやる。難しい政治は服部半蔵たちに任せる。結衣子のことは、胸の内にしまう。そう、ひとまずは。


(俺は、俺にできることをするまでだ)

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