開始
「あんたなんかと一緒に行動なんてできん」
一香は険を隠すこともなく言った。
「いつ寝首をかかれるかわからん。お頭、うちはコイツとは別に動きます。構わないですよね?」
本来、見届け役は監督者でもなく指揮官でもない。討ち果たしたかどうかを見届け、確認するだけだ。同行する必要もない。首級の検分だけを行い、事後確認で済まされる例も多々ある。
抜け忍に対しても同様であるが、違いがあるとしたら必要に応じて加勢しなければならないということだ。仇討ちは被害者と加害者の問題だが、こちらは一族の問題である。見届け人にとっても抜け忍は敵なのだ。
そのため、暗黙に見届け人に指揮権が認められる。一香は見届け人たる彼女のお頭に遠慮して訊ねたのだった。
態度とは違って一香には理性が残っている、と判断した。
「一刻ごとの報告を忘れなければ、構わない。こちらからも分かったことは伝える」
「さすが、話が分かりますね」
表情を変えずに二人から離れていった。
廊下に残った二人はそのまま購買近くの自販機まで歩いた。
校舎のあちこちで、敗北に疲れた生徒たちが教師や中忍の指示で片付けを始めている。
割れた窓ガラスや砕けた電球を避けて歩く。
幸い自販機は無事だった。電気関係のインフラは独自に用意しているので、外からの電力供給が止まっていても問題ない。
「面倒が増えたな」
淳弥がペットボトルのお茶を飲みながら呟く。
「申し訳ありません」端正な顔立ちの数学教師は缶コーヒーを手に取り、開けないまま答えた。
「仕方がない、と言いたいところだが、本来ならお前も地下牢のはずだ。じいさまはよほどお前が可愛いとみえる」
「そうでもありません。弟が強いのです。お頭ほどではないにしても、あの赫熱から逃げ切った。保険をかけたかったのでしょう。確実に仕留めるために」
「ただの保険ならお前の代わりに三船を選ぶだろう。二条家のこれまでの功績にも配慮したんだ」
また一口お茶を飲んだ。
「お前は気付かなかったのか? 奴の変化に」
「恥ずかしながら、全く」缶を口の前に持ってきたが、プルタブは開いていない。気付いて開けた。
「もともとあいつは妹たちを可愛がってました。流行病で死んだときには、枯らしたはずの涙を流していましたが……それも2年前です」
「……思い続けたってことか」
「忍び耐えるのは得意ですから」
笑えないジョークだった。
「あいつは病気を持ってきたのが自分だと思っていました。自責の念もあったのでしょう」
「病なぞ人が操ることはできん」
「おっしゃる通り。真面目な奴ほどその沼に嵌りがちです」
「だからと言って、仲間を殺すことも抜けることも許されるわけじゃない」
「……おっしゃる通り」
苦悩する兄の、伏せた顔を見ながら聞く。
「真面目な弟を殺すことに
「ありません」即答した。
「あいつの苦しみを終わらせてやりたいのです」
「一香には聞かせられないな」
「世間でも加害者家族には発言も希望も許されません。忍者は尚更。分かってはいます」
もう一口飲んだ。気になって聞いた。
「『
二条昴はようやくコーヒーを一口飲んで、少し考えたのち答えた。
「私にとっては、心強かったと思います。親父も祖父も昴。私に息子がいれば、そいつの名前も昴。昴は
また一口、コーヒーを飲んだ。
淳弥はその言葉を聞き、黙っている。
彼には兄弟はいない。本来なら家督を安定して継がせるため、必要なら養子を取ってでも男子を複数人育てるのが忍者の家系だ。淳弥の母親は早くに死んだ。父親は再婚もしなかったし養子も取らなかった。幼い頃は周りから不思議がられたものだ。どうして兄弟がいないのか、と。
もしかしたら、父親は重い荷物を下ろしたかったのかもしれない。
時代遅れの忍者など、いずれは消えるのだから、息子が一人いれば十分だと。家督を継ぐのに相応しくなければ自分の代で終わらせよう、そんな気持ちだったのかもしれない。
そして淳弥は、幸か不幸か伊賀崎家を継ぐに相応しい実力を若くして身につけた。父親は荷物を下ろす先を見つけて、さっさと退場した。思えば
忍者として取り残された自分。かたや、弟が捨てた忍者として残り続ける兄。
「似てるな。俺とお前」
淳弥の唐突な言葉に、昴は驚いた様子だった。
「お頭と? 失礼ですが、私の方がモテますよ」
どうしようもない返事に思わず笑ってしまう。
「残り物として似てるってことだ。困ったことに、それなりに忍者に愛着があるから、時代遅れとわかってても抜けることもできない」
お茶を飲み干した。
「ああ。その点ではそうかもですね」同じくコーヒーを口に含む。
「ただ、私は犯罪人の家族です。そこは違う。もちろん、それでも私の方がモテますが」
「言うな」ばかばかしくなった。
「そいつを飲み終わったら始めよう。まずは尋問からだ」
「尋問? 私を?」
「そんなわけないだろう。お前の顔と声を使って、お前の仲間を尋問するんだ」呆れ顔で答える。
「あのドイツ人指揮官、双子の見分けができるかな」
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