受け入れ難い話
結衣子はあまりに現実離れした内容に言葉が出てこない。
「お気付きだと思いますが、この学園は表向き普通の学校です。しかし、夜になると一部の生徒にとっては忍びの学校となります」
「そういえば、三船先生と一緒に戦ってた生徒もいましたね。後片付けも生徒たちがしてました。彼らが……?」
「はい。半数はそうです」
「半数は……!」
まったく予想外だった。自分の可愛い生徒たちの半分があんな超人的な能力を持つ忍者!?
「とは言え、先生が想像するような、戦闘をする忍者は多くありません。ほとんどは訓練そのものに付いてくることができませんし、現代は後方支援に多くの人数を割く必要がありますから、ほとんどは非戦闘員。また、数は少ないですが、護衛対象もこの学校に通っています。政府高官の子息など。形は違いますが、先生もその一人ということです」
「は……はえー……」
間の抜けた声が出た。
「護衛対象以外は、少なからずお上の関係者です。特定の自衛官の血縁者、警察などの治安部隊から選抜された者の子息、宮内庁の特殊偵察部隊の身内。彼らは忍者ではないですが、それに準ずる訓練や教育を受けて、ゆくゆくは防衛業務を担います。地元の生徒たちもいますが、全員に箝口令が敷かれ、かつ協力が義務付けられています。すなわち、この学校は忍者による要塞なのです。この学校があなたを守ります」
いよいよ現実味がなくなってきた。そんなものが本当に世の中にあるのだろうか。情報が追加されるたびに自分の常識が破壊される。
「ここまで宜しいですか」
「はい……なんとか」
信じられるかどうかは別として、理解はできたはずだ。
「あ、ごめんなさい、一つ聞いてもいいですか?」
「どうぞ、答えられることならば」
「なぜ私を守ってくださるのですか?」
「正直なところ、お上の命である、ということしかわかりません」
「その、時々出てくるお上っていうのはどなたなんでしょう?」
「もちろん、日本政府です」
「日本政府!」
「なぜ政府があなたを守ろうとするのかは、もう推測しかできません。本来そんなことを詮索するのは忍びとしては良くないのですが」
淳弥は目を閉じ、何かを考えている様子だ。
「まず、政府も一枚岩ではないのでしょう。意見がまとまっていないか、そもそも先生の能力を信じてないのかもしれません。とはいえ、VIPの守子様唯一の血縁ですし、現実として危険があるため、実績ある我々に託した、と」
「な……なんだか曖昧な話ですね」
「お上のお考えは俺には分かりません」
急に年相応の笑顔になった。
「所詮は
「そういえば、伊賀崎くんはお頭と呼ばれてましたね」
「まぁ、家が代々中忍の家系で、親父の後継なんです。もともと引き継ぐ予定だったんですけど、親父が急にいなくなったもんで、急遽俺がやってるわけです」
親父がいなくなった。つまり、そういうことなのだろう。わざわざ聞くわけにもいかなかったので、別の質問をした。
「となると、橘先生達も?」
「はい。代々伊賀崎に仕えています。そして校長が上忍、服部家です」
「あ、その名前は知っています。よく出てきますね」
結衣子の忍者知識は基本的に映画や漫画で得たものだ。日本史にも古典にも、忍者はほとんど出てこない。
「質問はこれで大丈夫ですか」
「はい、あとはおいおい聞かせてもらえればと思います」
「では最後に、大変申し上げにくいことがあります」
淳弥は神妙な顔になった。
「これまでの話よりも、もっと受け入れ難いことです。よろしいですか」
「これまで以上に信じられないこと? そんなことあるんですか?」
「はい」
淳弥が一呼吸置いた。
「語部守子様が何者かに殺されました」
血の気が引くと同時に、結衣子の意識が再び遠のいた。
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