あなたは何者か

「わかりました」


 淳弥が一香に目配せした。彼女は頷き、保健室から出ていく。


「おおよそは校長室で話した通りです。あなたは霊媒師の一族、語部家の生き残りで、かつ特別な能力を持っているそうです。それは、霊と語り、時に降ろすだけではなく、その体を依代よりしろにして死者をこの世に顕現けんげんさせる能力と言われています」


「つまり、その、普通のイタコさんではないのですか?」


「はい。普通のイタコは霊を降ろすまでしかできません。しかしあなたは、冥界の住人、すなわち死者をこの世に復活させることができるのです」


「え、すごい」


「すごいですが、代償が大きい」


 彼は言い出しにくそうに告げた。


「あなたの体と引き換えに復活させるそうです。つまり、呼び出した冥界の住人に体をのっとられます」


「え、それは嫌です」


「そうでしょう」かぶりを振った。

「ただ、守子様と連絡を取ってないのであれば、そもそも降霊の術をご存じないでしょう。それはある意味では幸運です」


「使おうにもやり方がわからないですからね」


 力なくわらう。


「実際に使える使えないは別として、あなたのその能力にはいくつかの重要な要素があります。まず、『冥界が存在することを証明してしまう』ということ。『すでに死んでしまったものを生き返らせることができる』ということ。そして、『年老いたものがあなたを利用して若返れる』ということ」


 どれも不吉な予感しかしない。


「それらを理由にあなたは狙われるのです。宗教によっては、冥界などは存在しない、あの女は教義を否定する危険分子だ、と見做される」


 ありそうな話だ。時に思想や宗教は人々を分断し、不寛容にする。


「同様に、あなたを神の依代よりしろにしようとする」


 これもありそう。大きな宗教ならともかく、カルトな宗教であれば強硬な手段に出ることも考えられる。


「死人の復活は誰にとっても魅惑的です。親、恋人、子供。誰もが喪失を乗り越えられるわけではありません」


 心当たりがある。結衣子の両親はすでに他界し、兄弟もいない。唯一世話をしてくれた守子おばあちゃんだけが彼女の肉親だ。何度、もういちど両親に会いたいと願っただろう。


「そして、それを利用したもう一つの方法。それが若返り。あなたを介して復活したものは、あなたの肉体でこの世に生を受ける。そのため、あなたの若い体を求めて、強欲な老人があなたを狙う」


 これは見当もつかないが、彼女にはとても恐ろしいもののように感じた。


「かつて、あなたと同じ力を持った降霊術師がいたそうです。彼女たちはどういう経緯かその能力や技を見出され、時の権力者たちに利用されてきました。遠くはクレオパトラから、アレキサンダー、始皇帝、楊貴妃まで」


 教科書でしか知らない名前が出てきた。彼女は世界史は門外漢だが、それらの名前が出てくることが異様であることはわかった。


「近代ではそんな力を持つ特殊な降霊術師は存在しなかったと言われています。そのような術師が持つ特徴的な紋様が発見されなかったためです。しかし、あなたにとっては不幸なことに、その紋様が発見されてしまった」


 淳弥はじっと結衣子の目を見た。


「あなたの目の中に」


「えっ」


 思わず手で目に触れそうになった。


「誰にも言わないでください。この紋様を知っているのは、この学校内では俺と棟梁だけです。普通に過ごす分にはまず気付かれません。……ともかく、あなたは多方から狙われている。今後はこの学校の敷地内で生活していただきます。可能な範囲で外出もできますが、その際にはさきほどの一香がお供をすることになるでしょう。ご希望であれば俺や二条、三船、その他の護衛に適したものを選ぶこともできます。あなたのためにも、これは辛抱していただかなくてはなりません」

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