休息
三人が学園へ戻るころには、すでにあらかた死体の片付けは終わっていた。
「お上への言い訳を考えねばならんのでな、先生への説明は頼む」と、半蔵は半壊した校長室へ引っ込む。
結衣子は保健室のベッドで横になっていた。
一香が看護についている。
すでに意識も回復し会話もできるが、一般生活をしてきた女性が体験するにはあまりに刺激的にすぎた。
「お疲れでしょうから、説明の続きはまた後程にしますか」
見舞いに来た淳弥の質問に、小さく頷いた。
「準備ができたら呼んでください。いつでも大丈夫です」
そう言って彼は廊下へ出ていく。
保健室には一香と結衣子の二人だけだ。一香は優しげに声をかけた。
「今日は大変でしたね。びっくりしたでしょう」
「……はい。とても」
「うちも本当ならこのまま帰してあげたいんですけど、またあんなのが来るかもしれないんで、そうもいかないんですよ」
申し訳なさそうに言った。
「今まではなるべく先生のプライベートにも触れなかったし、知ったことも必要でないとあの男連中には伝えてなかったんですけど、今後はどうなるかはわかりません。正直、窮屈な生活にはなると思いますが、どうかご堪忍お願いします」
「……はい」
考える気力もない。どこの学校にでもいる、一介の国語教師だと思っていた自分が、まさかイタコのような存在だったなんて、しかも忍者に守られていたなんて、思いもしなかった。
最近と言わず、実はこの学校に赴任してから3ヶ月間、ずっとおかしかったのだ。自分の鈍感さに呆れる。
と同時に、こんな鈍感な自分が本当にそんな特殊能力があるとはとても思えなかった。
「あの。本当に、私にそんな大層な力があるんでしょうか」
「あります。たぶん」
「たぶん?」
「ええ、たぶん」一香は整った眉を八の字にして返事をした。「うちも見たことあるわけじゃないし詳しくないので、たぶん。先生の御身内も昔はここにしばらく居たようですし、きっと特別な理由があるんですよ。この学校で身の安全を確保できるように配慮されるくらいには何か特別な力があるんです。たぶん」
「……なるほど」
「ご納得できました?」
「たぶん」
ふふ、と一香が笑う。やはりこの人は妖艶で、それだけではなく品のある所作をする。女性をも虜にする、不思議な色気を感じた。
「橘先生も忍者なんですか?」
「もちろんです。いずれ、語部先生にもうちの忍術を見せる日が来るかもしれませんね。そういうことがなければ一番いいんですが」
「その、あれですか。やっぱり、女性の忍者といえばくノ一っていう、あれですか」
「もちろん、そのアレです。……ああ、そっちも得意ですよ。試されますか」
結衣子はまた顔が赤くなる。
「い、いえ、大丈夫です。橘先生の忍術をみる機会はなさそうです」
「そうですか。残念です」悪戯っぽく笑う。
廊下から声がした。
「一香。先生を揶揄うんじゃない」
「あらら。聞き耳立ててたんですか。人が悪い」
「違う。お茶を持ってきた。先生、入ってもいいですか」
「ど、どうぞ」
淳弥が市販されているお茶のペットボトルを片手に保健室へ入ってきた。さきほどの会話を聞かれていたのかと思うと、ちょっと恥ずかしい。
「一香の話、すこしは気晴らしになりましたか」
「ええ、その、興味深かったです」
「それならよかった。こっちの話はどうしますか。先生ご自身の話です」
彼の差し出したお茶を受け取り、考えた。
「……聞きます。お願いします」
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