襲撃

「もうすでにお聞き及びだとは思うのですが、あなたは降霊術師の血を引いておられます。いまのところ、この世で確認された現在唯一の冥界との渡守わたしもりです」


「……はあ」


「そういうことですから、今後は我々の監視・護衛のもとで生活をしていただきますし、指示にも従っていただく必要があります」


「……え?」


「お気持ちはお察しします。しかし事態は急変している。もはやあなたの動向次第で世界が大きく変わってしまうかもしれないのです。今回に関してはもはや米国さえも味方とは言い切れません。どうかご理解ください」


「え、え?」


「先生、お気を確かに。大丈夫です、あなたは必ずお守りします。我々の命はもちろん、この学園に代えても」


「え、え、え、ちょっと待ってください。何のことですか? 私何も聞いていないのですが」


 ここまできてやっと、校長は自分の意思が全く結衣子に伝わっていないことに気付いた。


 同様に淳弥も驚いている。


「聞いていない? 語部かたりべ守子もりこ様から何も聞いていないのですか?」


 なぜおばあちゃんの名前がここで出てくるのだろう?


「はい。なにも。そもそも守子おばあちゃんに会ったのは何ヶ月も前ですから、しばらく話もしていません」


「なんと」


 校長は絶句した。


「じいさま、情報が錯綜さくそうしています。敵方の工作なのでは」


「うむ」


 校長は顎に手を当てて考え込んだ。


「考えたくはありませんが、もしや身内に」


「坊。やめておけ。お前は考えなくて良い」


 口調が変わった。柔和な校長ではなく、なんというか、百戦錬磨の指揮官のように見えた。もっとも結衣子はそんな知人はいないので、映画や小説で得た知識だ。


「しかし、一香の里からの知らせも……」


「聞いておる。今はまだほうっておけ。どちらなのかはわしが見極める」


 校長は淳弥の頭に優しく手を置いた。


「いずれはお前の番になる。いまはわしに任せておけ。このような仕事はな」


「……承知しました」


 結衣子は蚊帳の外だが、どうやら何か深刻な事態になっていて、それに自分が巻き込まれていることだけはわかった。


「その……お取り込み中申し訳ないのですが、私はどうすればいいのでしょう?」


「おお、失礼しました」


 また優しげな顔に戻った。もはやこの顔の裏にあんな厳つい雰囲気が隠れていると思うと、かえって笑顔が怖い。


「最初から説明しなければならないようですな。しかし残念ながら時間がない。要点を噛み砕いて言いますよ」


 その時、校長室の窓が割れ、何かが室内に転がった。拳大こぶしだいの大きさで、何やら丸っこくて黒い……映画でよく見る爆弾のような。


「坊!」


「承知!」


 まばたきする間に淳弥は結衣子を抱え、机の後ろへ跳んだ。


「小賢しい!」


 机に隠れる一瞬、校長が転がってきた何かにソファを被せ、そのままソファを蹴って窓の外へ跳躍するのが見えた。


「先生、伏せて!」


 淳弥の声がした瞬間、重く体に乗し掛かるような音と衝撃がした。あまりの音に耳も視界も効かなくなり、意識も飛びそうになる。壁にかかっていた歴代校長が吹き飛び、書棚のガラスが割れ、何かが落ちて割れる音がしたはずだが、それさえも知覚できなかった。


 何とか目を見開くが視界が真っ暗だ。目が見えなくなったのかと恐怖が湧きあがったが、すぐに視界が開けた。淳弥が目と耳を覆って守ってくれていたのだ。


「あ、ありがとう……」


「ご無事ですか」


 言いながら淳弥は懐から苦無くないを取り出した。


 もはや可愛い生徒の面影はない。


 歴戦の忍者になっていた。彼女が想像するような、鋭い目つきで影がある表情に。


「いいですか先生、あなたはいま世界中から狙われています。なぜならあなたが冥界の住人と対話ができるばかりか、あなた自身に呼び込むことができ、かつ為り変わることができるからです」


「は?」


「理解する必要はありません。ただこれだけは覚えておいてください。俺はあなたを守ります。風のように、見えずともすぐそばで」

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