お礼と護衛
「語部先生」国語の授業のあとに廊下に出ると、伊賀崎淳弥が声をかけてきた。
あらためて見てみると、昨日の忍者の面影は全くない。引き締まった体をしているが、どちらかといえば中肉中背で体格は普通。姿勢がいいので武術をやっている印象は受けるが、眼光が特別に鋭いとか、表情に影があるとか、結衣子が持つ忍者のイメージからは程遠かった。
彼女には可愛い教え子の一人にしか見えない。
「伊賀崎くん、昨日はどうもありがとう。忍者って初めて見ましたよ。すごく強いんですね」耳元に口を近づけて、小声で言う。
昨晩、淳弥は結衣子を助けたあと「この件はどうかご内密に」と言って風の如く去ってしまったのでちゃんとしたお礼が言えなかったのだ。学校でも目が合うと人差し指を口の前に持ってきて「しー」とするので言うタイミングがなかった。
「私、実は日本史も少しかじってて、戦国時代とか好きなんですよ。ちょっとドキドキしちゃいました」
「わ……ど、どうかお気になさらずに」
顔を赤くして慌てたように言う。ちょっと近付きすぎただろうか。
「それより、校長室へおいで下さい。我が
「え、棟梁? 校長先生ではなくて?」
「失礼しました」淳弥は少し照れた様子で言い直した。「おっしゃる通りです。校長からお話があるそうです」
不思議に感じながらも校長室へ二人で向かう。
この忍者少年は、結衣子が最近感じる違和感について何か知っているのではないだろうか。聞いてみたい気もするが、何だか怖い気もする。誘拐されたり鉄砲が出てきたり忍者が出てきたり。あまりに異常である。
まずは校長の要件をすまして、落ち着いてから聞いてみよう、と考え直した。
「失礼します」
校長室のドアをノックし、返事を待って入った。
洋風の立派な部屋で、歴史を感じる。壁にかかる歴代校長の肖像画がそう感じさせるのかもしれない。
部屋の中央には大きな机があり、校長がその前に立って待っていた。
「おいそがしいところご足労いただきありがとうございます、語部先生」
校長先生が優しく挨拶した。大柄で鷹揚、威厳を感じさせる人だ。表情を隠さない程度にヒゲを生やしており、そこからは人の良さそうな笑顔が見えた。めったに声を荒げない、温厚な人だと聞いている。
結衣子は就職の際の事務的な手続きや面接程度でしか話をする機会がなかった。
「さっそくですが先生、時間がないので手短に要件をお話しします」
校長は部屋の端にある応接用のソファへ結衣子を座らせ、言った。
「あなたは我々の護衛対象です。いままでは目立たぬ様に進めてきましたが、敵側の動きが活発になっている以上はあなたにも協力していただかないといけません」
「……はい。はい?」
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