第2話:ドワーフの勇者ブルーノ

「思ったよりも険しい道のりだ……」


 イオスはずっと先まで続く山道を眺めて嘆息する。目当ての町まではまだかかりそうだ。


「疲れはしないけど、単純に面倒なんだよね。飛んでしまってもいいけれど、魔力がもったいないし、何よりその辺の人に目撃されたら面倒だ」


 呟きながら、歩を進める。幸い、町に近づくにつれて道は舗装されていくようになっていた。


 到着したのは、鉱山の町。だが、彼女が知るそれよりもずっと発展している。各所から上がる煙や道を行き交うドワーフたちは変わらないが、建物や道が綺麗に舗装され、商店も多い。よく見ると、ドワーフ以外の種族もちらほらと見える。


「随分と変わったんだね。――もしかしたら、ブルーノがやったのかな。彼は故郷の町を大きくしたいと言っていたからね」


 町中で、勇者ブルーノのことを知りたい、と聞いたら紹介されたのは一つの大きな屋敷だった。ブルーノが住んでいた屋敷を補修しながら、博物館として改装して使っているらしい。


「カーマインとの待遇の差が激しいね。生前何に力を注いだかが良くわかる」


 イオスは屋敷の中を眺める。そこにあるのは、彼が築いた歴史。魔王を倒したのち、町の英雄として持て囃され、それに応えた。各国からもらった報酬を使って、町の発展に貢献した。金銭面だけでなく、町の様々な規律の整備、他種族との交流の活発化、技術の発展への注力。心血を注ぎ、寿命の許す限り全力で働いていたようだ。


「――生真面目だったからなぁ、ブルーノは。もう少し肩の力を抜いてもよかったと思うけどね」


 生前の装備が展示された部屋に到着した。そこは居間で、ブルーノが唯一安らげる場所だったらしい。


「懐かしいな、斧も鎧も、よく保存されている。あれ以来、使ってはいなかったんだろうね」


 他に客もいない。記憶を読むならここだろう。一応人払いの結界を貼り、イオスは魔術を発動させた。


「――記憶を映せ」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「イオス。……これでいいのか。特に語ることもない。ひとまずこの町をでかくすることが儂の使命だ。そのために全力を尽くすつもりだ。もしお前がこの町を訪れているのなら、その姿が儂の成果だよ。――だから、特に語ることはない。次は、死の間際にでも報告しよう」


 ドワーフの年齢は分かりづらい。皆背が低く、ひげを伸ばし、帽子を目深にかぶっているからだ。だが、イオスと別れてからそう時間は経っていないように思える。


「ブルーノらしいね。しかし、家族とかはいなかったのかな」


 次に映し出されたのは、疲労した様子のブルーノだった。まだ髭は黒々としている。ドワーフの寿命は長く、人間の数倍程度はある。外見は変化しづらいが、髭や髪が白くはなるので染めてでもいない限りまだまだ老齢ではないだろう。


「イオス。……町はずいぶんと立派になった。周りの連中も皆儂を助けてくれる。一丸となって取り組んでいるんだ。ひどく充実した日々だよ。――だが、なんだろうな。あの頃に比べると、少々味気なく感じる。だから、気まぐれに、お前に呼びかけてしまったんだがな。――カーマインは、どうしているかな。故郷に帰ったと聞くが。ヴェールも大森林で暮らしているんだろう。他の連中もな……会いたいような気もするが、そんな時間はないし、何を話せばいいのかもよくわからん。……気の迷いだな。また」


 ぷつり、と姿が途切れる。話を打ち切れば、記録には残らなくなるのだ。


「ブルーノ。少しやつれていたね。心配だ」


 それから。何度か同じような記録が残されていた。どれもリビングで一人、酒を飲むでもなく、寝る前のほんのひと時、ポツリと呟くような町の状況報告と、過去を懐かしむような、言葉。そして。


「イオス。儂がここへ戻ってきてから、随分と時間が経った。町はもう、儂の手を離れたよ。後輩たちがな、これからは自分たちにまかせて、ゆっくり趣味や自分の時間でも楽しんでください、と言うんだ。――儂にはそんなもの、何もないのにな」


 すっかり白くなった髭。瘦せた体。すっかり老齢になったブルーノは、自嘲するように呟いた。


「やることがないから、何か手伝わせてくれといったんだが、やんわりと断られたよ。――どうやら儂はもう、この町に必要ないらしい。なぁイオス。一日がとても長いんだ。儂は何をすればいい。カーマインはもう死んだらしい。エルフの大森林にドワーフは行けん。他の連中も大半は死んだか、音信不通だ。……儂には、妻も、子も、友人もロクにいない。この町の連中は、儂を英雄、勇者としてしか見てくれなかった。個人的な関係を築くことなどできなかった。儂はこれから、数十年、日々の長さに耐えながら、一人でぼんやりと生きていくしかないのか」


 絞り出すような、弱々しい、声。――聞いていて、苦しくなる。


「うん……仕事ばかりしていたから、視野も狭くなっているし、暇な時にどうしていいのかわからない。そのうえ相談相手もいないかな……辛いね。――全く、手のかかる仲間たちだ。泣かないで待っていなよブルーノ。今お姉さんが助けに行ってあげるから」


 イオスは手を組み、目を閉じた。


「運命転換――過去を辿れ」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「あぁ、いかん。もう寝ないと」


 黒々とした髭。生命力に満ちた体。疲労の色は濃いが、充実している様が見て取れる。


「やあ、ブルーノ。寝る前に少しだけ話をさせてくれ」


「…………イオス…………!? なぜここに」


「魔法使いだからさ。さて。時間がないので単刀直入に言うと、今君はやることに追われて充実しているだろうが……ずっと先、仕事がなくなったとき、何もすることがなくなって絶望するよ。そこで提案だ。とりあえず君、カーマインに会ってくるといい。これ、彼の住んでる村の名前と場所。ここからだと結構かかるけどね」


「イオス。何のことかわからんが、儂に今、そんな時間は……」


「時間がない、なんてことはないよ。町の発展なんて急務でもない。やることがあるなら誰かに任せればいい。全部自分でやると、最後には煙たがられる。それに――時間がないのは、むしろカーマインだ。人間は、すぐに死んでしまう。君たちドワーフも私から見ればそう変わりはしないけれど、躊躇っていたらあっという間だ。少しでも、あの頃が懐かしいと、会いたいと思うなら、今行っておくといい。かけがえのない、仲間なんだから」


「…………そうか。人は、死ぬか」


「町は死なない。君がいなくてもね。ここへ来てから何年経ったか知らないけれど、少しゆっくり休む時間を作ったらいいし、他のドワーフに色々任せてみるといい。いい機会だ。趣味とか、遊びとか、異性とか、そんなくだらない話をカーマインとしてきたらいい。彼も色々大変なはずだけど、きっと喜ぶだろうから」


「――わかった、何とか調整して、行ってみよう」


「それがいい。何せ私は『羅針盤』だからね。示した道にとりあえず行ってみるのが吉さ」


「相変わらず、偉そうだな、イオス」


「偉いからね。ブルーノ」


 二人で笑い、別れを告げる。


「イオス」


「ん? なんだい」


「もう会えないと思っていたからな、幻でも、夢でも。会えて嬉しかった。……元気でな」


「うん。君もね。ブルーノ」


 そうして、イオスはその場から掻き消えた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 部屋に戻ったイオスは、少々ふらつきながらもリビングを後にし、博物館を先に進む。この先では、晩年のブルーノの暮らしが解説されているはずだ。


「――へぇ、素晴らしいね」


 そこにあったのは、数えきれない彫刻だった。彼は仕事を引退したのち、彫刻に明け暮れ、様々な名作を生み出したという。そして――。


「お弟子さんもいっぱいいたんだね」


 ブルーノの作品を囲むように、弟子たちの作品が飾られている。部屋に飾られた絵画には、熱心に彫刻を指導するブルーノの姿が描かれていた。


「とりあえず、充実した日々ではあったみたいだね」


 イオスは部屋の中をゆっくりと見渡し、外へ向かう。出口付近に飾られていたのは、二枚の絵画。一つは、カーマインの村にもあった、勇者たちの集合絵。そしてもう一つは――。


「きっと君のおかげなんだろうね。ありがとうカーマイン」


 初老のカーマインとブルーノが二人で笑みを浮かべ、酒を飲み語り合う。そんな絵が残されていた。


 ――絵のタイトルは『勇者の休息』。

 


 

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