土下座
@tetotettetto
土下座
ある日、私はふと思った。
土下座をしてみたい。
土下座。
誰しも名前を聞いたことがあり、己の身一つで手軽に出来る動作。
出来はするが、実際にお披露目する機会は滅多にないと思われる行為。人生で土下座をしたことがあるかというアンケートを取ったら、したことがある。が、五パーセントから三十パーセントを行ったり来たりしていそうな行動。
文化的な側面やら、謝罪、挨拶、儀礼、そういうものは一旦置いておいて、土下座という行為そのものを、私はやってみたいのだ。
誰かに誠心誠意謝りたい訳でも、心を尽くして最敬礼をしたい訳でも無い。
ただただ土下座というものをしてみたい。
そんなの家のベッドや床の上で好きなだけやれば良い。と言うだけの話だが、それは違うのだ。自分が土下座をする姿を、他者に見てもらいたいのだ。
土下座というのは、相手に対して頭を下げる行為。自分の後頭部を見せる相手が居るからこそ完結するものだと思う。
つまり、見てもらわなければ、それは単に土下座のなり損ないではないだろうか。土下座と呼ぶのも烏滸がましく、ただ蹲っただけではないだろうか。
土下座。
土の下に座ると書いて土下座。
土の上に座って行う動作の筈だが、土下座。
靴下くらいよく解らないが、そう呼ばれている土下座。
してみたい、土下座。
土下座のプロ、という方が存在するかどうかは解らないが、そこまで完璧は求めていない。だが土下座の素人が見て、そこそこ綺麗だなくらいのクオリティは欲しい。
私の土下座を評価し、まぁまぁのアドバイスを貰えないだろうか。
別に今後も継続して土下座を披露する予定は無いけども、人生には何があるか解らない。
さて、問題は私の土下座を誰に見てもらうかだ。
道行く人に「今から私の土下座を見て欲しい」なんて言った日には通報案件待ったなし。一応社会人として身をおいているので、会社に迷惑を掛けることは避けたい。なので、同僚や上司、部下はもちろん除外だ。
無理やり土下座を見せつけられて、その上アドバイス求められたんだけど意味が解らない。なんて、噂が立ってしまえば社会的な死と同義、同業他社にまで広がり、働くことが出来なくなってしまう危険性がある。
では家族は。と思ったが、そこまで頻繁なやり取りをしていない私が、急に「土下座を見てくれ」なんて言った日には、冗談として受け取られず、真っ先に正気を疑われるに違いない。
色々考え、浮かんだのは先週遊んだ田中さんだった。
田中さんは私に借りがあるので、きっと此方のお願いを聞いてくれるに違いない。
あれは先週の土曜日。田中さんに行こうと誘われて、一緒に大きなパチンコ店に入った。ちなみに私はパチンコというものをするのは初めてである。
何がなんだか解らないまま隣に座ってやってみたところ、ビギナーズラックが発動したようだ。
田中さん曰く、私は最終的に十万円勝ったらしい。お願い貸して欲しいと言われるままに、田中さんへ十万円分の箱をそのまま渡した。
なお使った千円は、カラオケの部屋代と同じくらいに思っている。
その後、二十四時間経営のファミレスでパスタを注文し、二人で色々喋って帰ったのだが、今日まで特に連絡が無い。
貸したというには意識が薄いが、十万円の事も相談したいので、田中さんの家に向かうことにしよう。
急に行くのも申し訳ないと、事前に連絡を取るため田中さんへ電話を掛けたけども、流れるのは、現在お繋ぎ出来ませんのアナウンス。
あの人はよく音信不通になるのだ。前に田中さんへ聞いたところ、電話代払い忘れと言っていた気がする。
電話代が払われるまで待っていても良いけれど、借りを作っている今のうちにお願いをするのが良いのでは? と正直思ったのも確かだ。
何ならもう家を出てしまっていたので、今更引き返してこの気持ちが薄れてしまうのもと思い、そのまま歩いている。
まぁ、居てくれたらラッキー、居なかったら電話が繋がるまで待つことにしよう。
……もうすぐ土下座が出来るかもしれない。
期待と高揚と緊張で震える手を抑えながら、軽く深呼吸をする。
意を決して田中さんの家の扉をノックした瞬間、どたどたという音が聞こえてきた。
勢いよく扉が開いたかと思えば、見えたのは跪き頭を下げる田中さんの後頭部。
「お金は必ず返すので待って欲しい!!」
「……手の位置はもう少し身体側に寄せた方が」
土下座 @tetotettetto
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