第6話 突然の贈りもの
それから
あたりまえだ。
アキが知っているのは「久美子」という名まえだけだ。「アパレルメーカーをやっている家の久美子」だけでは
その久美子との出会いがあってから、半月ほどが経ったころのことだ。
同じフロアの後輩の女の子がアキのところまで来て、話があるから終業後にお会いしたいと言って来た。
名まえは
でも、この子とはフロアは同じでも課が違う。わざわざ会いたいと言われても、心当たりはない。
それでも断るような相手ではないので、退社後、会社の近くのカフェで落ち合うことにした。
カフェにはアキが先に着いた。
遅れて来た矢沢星満は、まず遅れたことを謝ってから、大きい紙箱をアキの前に差し出した。
開けてみてほしいと言う。
アキが開けてくれるだろうかどうだろうか、と、上目づかいでじっとアキを見ている。
この子がこんなところで爆弾を手渡すはずもないので、言われたとおり、手に取って開けてみた。
「はいっ?」
声がうわずる。
というより、ひっくり返る。
入っていたのは赤のジャケットだった。
色は赤よりも朱色に近い。硬い紙質の型紙とハンガーで型が崩れないようにしてある。ハンガーもきちんと紙箱に留めてあった。
いや。
ジャケットの下には同じ色のスカートも入っているから、スーツなのだろう。
さらに、そのスーツの下には、畳んで袋に入れた、ベージュというよりオレンジ色のニットの何かが、透明な袋に入れて留めてあった。
ケーブル編みで、厚手だ。
でも。
後輩に、服なんかプレゼントされる理由は思いつかない。
セーターをプレゼントされて
「先輩っ! わたし、先輩のことが好きなんです! これ、何日も徹夜して編んだんです! 受け取ってくださいっ!」
と言われる、というくらいならまだわかるけど。
スーツまで、というのは、やりすぎじゃないか?
顔を上げ、不審のいっぱいこもった目を矢沢星満に向ける。
星満は、がくんと首を垂れた。
えっ?
やっぱり何か愛の告白とか、そういうの?
「姪が先輩にとても失礼なことをしたようで、すみませんでしたッ!」
平謝り。
「いやいやいや」
わけのわからないまま、平謝りされて。
ほかのお客さんにも見えるところだから、このままではアキが悪者だ。
「だから、いきなり頭下げられてもわけわからないから、顔を上げて」
アキが言うと、星満は顔を上げた。
顔を上げて、星満の顔は
「あ!}
その瞬間に、わかった。
「あんたの姪って、久美子……?」
おばさんが二十三歳と言っていた。
星満は、二十四歳のアキの一年あとの後輩ということは、二十三歳。
まちがいない。
「はい」
とうなずいて、後輩は話を始めた。
久美子は、星満がまだ新入社員だったとき、久美子の母、つまり星満の姉に届けものを頼まれて、このフロアに来たことがあるらしい。
そのとき、パソコンを操作しながら電話の応対をして、何か聞きに来た社員に指をすばやく動かして指示を出している、動きのとてもきびきびした女子社員に一目
それがアキ。
久美子は歳の近い
つまり、出会い頭にぶつかりそうになったふりをして、アキに声をかける。
そしてショッピングにつき合わせる。
まんまと引っかかったアキ!
「で、お
どう反応していいかわからない。
つまりはストーカーをされたのだから怒るべきだけど、星満に怒ってもしかたがない。心の狭い先輩と思われるだけだ。
それに。
久美子に対して怒りたいかというと、そんな気もちにもならない。
だから、別にお礼をする気もないけれど、
「うん。久美子ちゃんにはお礼を言っておいて」
と星満には答えるしかなかった。
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