第7話 幸せな時間

 それからまた半月が経った。

 日が暮れるのは絶望的なほどに早い。

 まだ五時というのに、駅前のペデストリアンデッキは、大半が暖かい色の、そして少しの寒々しい色の照明灯に照らされていた。

 その照明灯の明かりだけで、ここに流れているのが幸せな時間だと感じられる。

 街を行く人たちはすっかり冬の装いだ。

 少なくとも初冬の装い。

 そして、アキも。

 アキは、いま、久美くみにもらったオレンジ色のケーブル編みのセーターを着て、その上に、やはり久美子からもらった赤のスーツを着ている。

 自分には絶対に似合わないと思っていた、赤のスーツを。

 サイズがぴったりだったのには恐れ入ったけれど、それ以上に。

 自分を鏡に映してみて、驚いた。

 暖色の服を着て、自信たっぷりに、「何か困っているなら自分を頼って」とでもいいたげにほほえむアキ。

 大人の、頼れる先輩社員、アキ。

 そんな姿がそこには映っていた。

 夏に青系の服が似合うだけのアキを超えて成長したアキの姿が。

 パソコンを打ちながら電話応対もして、質問にてきぱきと答えられる、頼れる社員のアキが。

 嬉しくなった。

 すぐさま矢沢やざわ星満ほしみに電話して久美子の電話番号を教えてもらい、久美子に電話した。

 それで、この日にデートすることになったのだ。

 アキは久美子が親の会社に注文して作ってくれたスーツを着、久美子はアキが選んでやった白いレザーの上下を着て。

 白いレザーのブーツを履いて。

 もうすぐ、あの自由通路の白い明かりのなかから、その光沢のある白に身を包んだ久美子が現れる。

 アキは、その歳にふさわしい、そしてこの服にふさわしい笑顔で、その時が来るのを待った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る