第3話 どう作っても消せない自分のために

 自分の好きな服を買いに行く、と、純白の服の清楚少女、ではなく、久美くみは言う。

 いま来てる服は好きじゃないの、とアキは訊く。

 嫌いじゃないけど、と久美子は答えた。

 「どこまでが作られた自分で、どこまでがどう作っても消せない自分なのか確かめたい」

 きっぱりした言いかただった。

 「じゃあ、いま着てるのって、作られた自分の服?」

 久美子はためらったのか、しばらく黙った。

 五‐六歩歩いてから、言う。

 二人とも、早足。

 「まあ、そうだね」

 それが久美子の答えだ。

 「わたし、親が作った会社でモデルやってんだ」

 いままでよりぞんざいな言いかたで久美子が言う。

 清楚少女の美少女。

 たしかにその仕事には向いている。

 「いま着てるのも、親の会社で型落ちになった服で、こういうのじゃないの、って探してみたい」

 ふうん。

 それしか言いようがない。

 だいたい、歳上の相手に敬語を使うとか、そういうことは考えないのだろうか。

 この久美子。

 「ふうん」はやめる。「敬語使え」なんて言うつもりは最初からない。

 かわりに言う。

 「じゃあさ、その美少女ぶりに似合わない、ぼろぼろの服、着てみたら?」

 「やってみたこと、あるんだ」

 かんはつを入れない久美子の返事。

 「近所の自動車整備工場でさ、着るものとしてはとっくにお払い箱になって油くのに使われてた男物のランニングシャツもらってきて、もちろん洗ってからだけど、着て、下は小学校のとき同級生だったアホ男子がぼろぼろにしたデニムのパンツ、っていうか、ジーパンをおカネ出して買ってやってさ」

 買ってんだ、と思った。

 その前に、「その美少女ぶり」と言われても否定しないんだ、と思った。

 でもアキは何も言わない。久美子は続けた。

 「あ、それと汚れてゴムも機能しないボロ白靴下? ずり下がりっぱなし。汚れも目立つしさ。それで髪もぼさぼさにして写真ってみたんだけど」

 「よけいに美人が強調された」

 アキが先回りして言う。

 「そんな服だけに、久美子ちゃんのその美人ぶりがもっと強調された」

 そこまで言って笑って見せる。

 「うん」

 久美子はあまり嬉しくなさそうにうなずいた。

 「なんか、シャーロック・ホームズものに出て来る貧困街の娼婦しょうふみたいだった」

 何?

 それ。

 この久美子がそんなぼろぼろ服を着ていると、その美しさ、美しさというより「なまめかしさ」というのが強調されたに違いない。

 たしかに、良家のお嬢様が悪のはかりごとにはめられてとらわれ、娼婦にされてしまった、みたいな感じが出るだろう。

 「じゃあ」

 アキは言いよどむ。

 「何だろうな?」

 「何を着ても美人なんだし、それは美人の特権なんだから、よけいなことを考えるな」というのがいちばん言いたいことだ。

 でも、それを言うと、久美子との関係がそこで終わりになりそうだ。

 そこで、考えてみる。

 全身を銀紙で包んだようなメタリックな服というのはどうだろう?

 闘う変身ヒーローのような。

 そうすれば、この子の体の線が目立たなくなり、美人さが減るのでは?

 ……ダメだな。

 そんなまばゆい服を着せたら、この子が持っている「輝き感」が強調されてしまう。

 それで、むき出しにしたつるんつるんのおでこから光線を発射されたら、アキぐらいならかんたんにやられてしまいそうだ。

 残念!

 では、デニムの上下ではどうだろう?

 それも、落ち着いた感じのデニム地の服ではなく、この体には少し小さめのジャケットを着せる。

 並んで歩いてみてわかったのは、この久美子の体、ちょっと見たときの美少女さとくらべると、じつは大きい、ということだった。

 二十四歳で中ぐらいのアキより少し背が低い、ということは、少なくとも「体が小さくて可憐かれんな少女」ではない、ということ。

 だから、小さめジャケットで、ボタンを留めないようにして、下は、古くなったデニムのパンツを再利用して作ったスカート、とか、どうだろう?

 それで「どう作っても消せない」久美子の姿が見えるかというと、どうかわからないけど。

 アキがそんなことを考えていると

「でもさ」

と、久美子が言った。

 いままでのお嬢さま的ハイテンションではなく、庶民が愚痴ぐちを言うような言いかたで。

 「アキさん、そんなに秋冬が嫌いになることないと思うんだけど」

 不意を突かれた。

 何を!

 人の好みを勝手に。

 久美子は、少しだけ背が高いアキの顔を見上げて、しばらくそのままの姿勢で、何歩か歩いた。

 アキは反応しない。

 「その肌理きめの細かい白い肌って、秋や冬でも魅力いっぱいなんじゃないのかな」

 疑問、というより、決めつけ。

 そう来るのはわかっていた。

 自分だって、そう思うのだから。

 だから、

「それはそうだけど」

と、アキは目を迷わせた。

 「わたし、青系が似合うんだけど、冬は青系だと冷たく感じちゃうでしょ? それがいやなんだけど」

 「冬物でも青でも紺でもネイビーでも、いっぱいあるよ」

 黙って、また何歩か歩いてから、言う。

 「ちょっと渋い青のロングカーディガンとか、アキさんに似合うと思うんだけどな」

 あ。

 久美子のこの言いかたは、親の会社で服の仕事をしているときの、仕事モードなんだな。

 「却下」

 アキは不機嫌に言った。

 「そういうのが似合うんだけど、それが冷たい系って思われて、なんかいやだから。だから、秋や冬はいやなの」

 わがままを言ってる、というのはわかっている。

 持っているのだ。冬の青系は。

 白も持っている。ベージュも持っている。黒のタートルネックのセーターも持っている。

 でも、どれも自分に似合う感じがしない。

 だから、嫌い。

 その悩み。

 わからないかなぁ?

 わからないよね。

 久美子には。

 清楚ワンピでもボロ服でも地球離れしたメタリックでも似合ってしまう久美子には。

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