第2話 白ワンピの少女
アキの歩く歩道の右側にはコンクリートの壁が続く。壁の上は線路だ。大きいターミナル駅だけあって、何本もの線路がその壁の上を通っている。
その線路の東と西をつなぐ通路は、何十年もそのままという感じで、石組みとコンクリートがむき出しだ。
そこから白い服の少女は足早に歩いて出て来た。
ぶつからなかった。
アキは左足を引いて身を
少女も、ぱたっ、と足を止める。
最初に印象に残ったのはつるつるのおでこだった。
「えっ?」
歳は小学校の高学年?
いや、そんなことはないだろう。
ピンタックが入っただけのシンプルな純白のワンピースに白いオーガンジーのリボン、白のハイソックス。
純白。
靴だけは高級感があまりないスニーカーだったけど、それも白だった。
反感。
何?
清楚ぶって!
その少女が、両方の黒い瞳、ちょっと茶色の混じった黒い瞳ででアキを見ている。
背はアキより少し暗い低い。
どう言うか、迷う。
「あ、ごめん」で行きすぎるか。
軽い腹立ちを見せて、「気、つけてよ!」と言い捨て、いままでと同じペースでさっさと歩き去るか。
でも、その前に
「もう、気をつけてよね、おばさん!」
はいっ?
あんがい低い声でアキにきついことばを投げかけたのはその少女だった。
首筋の後ろがぶるぶるっと震える。
震えているアキに、純白少女はさらに声を投げかける。
「ははっ!」
「ははっ」とはっきり笑うか、「むふふっ」という含み笑いか。
その中間のような笑い声で少女は笑った。
「やっぱりおばさんって呼ばれて怒った」
「そりゃそうでしょ」
不機嫌に言い返す。
言い返すかどうか、自分で選ぶ前に言い返していた。
「だって、おばさんって、もともとお父さんかお母さんの女のきょうだいのことで」
清楚少女が「おばさん」の解釈を言う。
頼まれてもいないのに。
「わたしのお母さん方のおばさんってまだ二十三歳だよ」
アキより歳下だ。
「おばさんも同じくらいでしょ? おばさんでぜんぜんおかしくないんじゃない?」
二十三歳よりは歳上なのは確かだけど、「おばさん」を繰り返されると腹が立つ。そこで
「じゃあさ」
とアキは言い返した。
「わたしのお姉さんはわたしより十歳歳上なんだから、お姉さんって呼んで」
口から出まかせ。
ほんとうは姉はいない。まだ高校に通っている、七歳下の弟がいるだけ。
「十歳?」
純白服の清楚少女が疑り深そうに首を傾げてアキの顔を見る。
その白いワンピの下の身体はとても小学生ではなさそうだ。
「まあいいよね」
純白少女が強気に言う。
「わたしはクミコ。いつまでも美しい子で、クミコ」
ということは「
名は
いや。
体は「からだ」と読んで、名は
その子が歳を重ねていつかは歳相応の体になるなんて信じられない。
嫉妬!
そこに、久美子が言った。
「で、色白で活発そうなお姉さん、名まえは?」
にっ、と、また
「あ、アキ」
まじめに答えてしまった。
だから、「毒を食らわば皿まで」的に言う。
「秋に生まれたからアキ、でも、自分が生まれた季節が嫌いなアキ」
「たしかに夏が似合う感じだね」
久美子はなれなれしい。
「じゃあ、アキさん、でいい? それとも、その名まえで呼ばれるのもいや?」
「いやその」
自分で「いやその」じゃないだろうと思うけど。
「アキさん、でいい」
考えているひまはないので、そう答える。
でも、考えているひまはないなかで考えたことばをつけ加えた。
「アキさん、でいいよ。久美子ちゃん」
言って、子ども扱いして、にまっ、と笑ってやる。
「うんっ!」
でも、久美子は、そのアキの作った「にまっ」を上回る、自然な笑顔で答えた。
おでこはつるんつるんできれいだけど、顔の肌はあんがいざらっとしてるな、この子、と、アキは思う。
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