第6話 早く殺して



夢人さんへの好きを自覚してから、私は悠太に殺され続けている。刃物で、包丁で、素手で。色々な方法で殺されて、今は首を絞められている最中だ。殺される事には慣れたが、夢人さんが冷たくなっていく様子を見るのだけは慣れなかった。私は首を上から圧迫され苦しくて息ができなくなっている時も、横目で夢人さんの死体を涙を流しながら見ている。私を守ろうとして死ぬ彼をもう見たくなかった。


「どこみてんだよっ!」

「っ、ぁゔーー」


目がチカチカとして終わりが迫るのを感じる。どうして悠太は私を殺し続けるのか。もう考える事をやめてしまった。考えた所で何もわからないし、何度夢を繰り返しても私を殺そうとする悠太から逃げる事はできなかった。いつも夢人さんに会うと出てきてあの手この手で私たちを惨殺する。


「いい加減、目覚ませよーー。」


殺す事で私が目を覚ますのを知っているのか、毎回同じような事を言って苦しそうな顔をしていた。



「ーーッ、はぁっ、はぁ。」


バッと目を覚まして息を吸い込む。夢だと分かっていても殺されるのは辛いし痛い。私は首元を抑え息を整えようとゆっくりと深呼吸をする。バクバクと大きく鼓動する心臓の音を聞きながらゆっくり息を吐く。


どうしてーー。


今までは夢人さんとキスをして目覚めて終わりの夢だったのに。あの時からだ、あの時夢人さんに気持ちを伝えてから悠太が現れ私達を殺すようになった。憎悪に満ちた目を夢人さんへ向け、嘲笑い、狂ったように殺意を向けてくる。現実の悠太じゃ考えられないような豹変に、夢だと分かっているのに現実の悠太が怖くてあの日を最後に連絡すら取れないでいる。あの日から1週間、私は悠太に殺され続けている。


夢を見ないでいようと思った事もあった。しかしその時は気付かない内に夢に入っていて殺された。


「夢人さんっ!!」


今居るのが夢だと気付いて夢人さんを探し回る。後ろから足音が聞こえる、私を追いかけてくる悠太の足音だ。私がどんなに走っても引き離す事なく後ろをついてくる。走って走って、走ってーーようやく夢人さんを見つける事ができた。私は声にならない叫びで夢人さんを呼んで手を伸ばす。


「綾乃っ!」

「綾乃ぉ!」


私を呼ぶ声に挟まれる。


夢人さんに伸ばした手を掴まれて強い力で引き寄せられる。迫り来る悠太から庇うように私を腕の中に閉じ込めた。逃げられないのは分かっていた。それならせめてその瞬間は一緒に殺されようと離れないように強く抱きしめる。


「ごめんね、こうする事しかできなくて。」

「私こそごめんなさい!私の夢なのに、どうする事もしてあげられなくて!」


「なんだよ……それ……ッ。」


夢人さんの後ろから悠太の悔しそうな声が聞こえた。


「っあ゛ぁーーッ。」

「消えろッ!消えろッ!消えろ消えろ消えろ!」


どすどすと夢人さん越しに伝わる衝撃と、痛みに喘ぐ声だけで何が起きているの容易に想像できた。


「悠太やめてよぉ!やめて!やめてっ!!」

「消えろ消えろ消エロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロ」


何度も何度も悠太は手に持っている刃物で夢人さんの背中を突き刺す。何度も、何度も何度も。私がやめてと叫んでも、夢人さんの足から力が抜けて膝を付いてもそれは止まず何度も刺し続ける。それでも私のことを抱きしめる腕のの力は緩むことはなく、悠太から守るように私を離さない。


ぐしゅぐしゅと肉を割く音が聞こえて耳を塞ぎたくなる。夢人さんの喘ぎがだんだんと小さくなっていく。私は涙を流しながら夢人さんにしがみつく。どうしていつも、こんな終わり方しなきゃいけないの。夢の中ぐらい好きにさせてよ。もうこれ以上私の好きな人を傷つける事をしないでよッ!


「ッ、ぐっ、ぼ、くはーーぎみをッ、あ、きらめ、な……」

「早く死ねよっ!!」


ポタポタと顔を夢人さんの口から出た血が濡らす。夢人さんは何も言わなくなった。耳障りな肉の切り裂く音だけがぐしゅぐしゅと聞こえる。


「ーーてよ。」


今もなお夢人さんの背中に刃物を突き立て続ける悠太に言う。


「はやく、わたし、も、殺してよっ!!!!」


早く死んで楽になりたかった。悠太は私の言葉を聞いて夢人さんを切り裂くのをやめた。


「殺してよ!早く!いつもみたいに早く殺してよ!!!!」


悠太からの返事はない。私もまだ生きている。私はゆっくり夢人さんの体から離れて彼を仰向けで寝かせた。背中は悠太に切り刻まれ直視できないぐらいぐちゃぐちゃだった。呆然と私たちを見下ろしてぶつぶつと小声で何かを呟き続けている悠太に向き合い訴える。何もかも終わりにしてほしかった。


「意味わかんないし!どうしていつも殺されなきゃいけないの!ここは私の世界なんだから悠太には関係ないじゃん!いつもいつもいつもいつもいつも、私の邪魔ばっかりして!また私の邪魔をするの!?早く私を殺してよ!大嫌い!大嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い!」


思うままに頭に浮かんだ言葉をそのまま口にする、頭の中がぐしゃぐしゃで何も考えられない。私がどれだけ言葉を投げつけても悠太は目を泳がせてぼそぼそと何かを呟くだけ。耳を澄ませて悠太が何を言っているのか聞いてみる。


「ーーして、ーーあやの、なんだよ。俺のあやの。つれてーーーいで。」


ぽろぽろと大粒の涙を目から溢れさせて悠太が夢人さんの死体を見ている。私が何を言っても反応がない。

痺れを切らした私は悠太の手から刃物を奪い取った。


「ッ、あーー、だめだ!」

「ぐっ、ッう!」


ーー痛い。躊躇う事なく私は両手で刃物を持ってお腹を刺した。血と涙と鼻水、汗、涎、誰のものかも分からない体液で全身濡れている所に、自分の血が混ざりドロドロと全てが混ざり合う。痛みで息が荒くなる、しかしいつまで経ってもいつものように意識が遠くなる事がない。私は体をくの字に曲げて痛みに悶える。


「う゛ぁ、あっーーい゛だ、いッ!!!あぁあ゛ーー!!」


全身から汗が滲み出る。刺しどころが悪くすぐに死んでしまうような傷にならなかった。燃えるような痛みだけが私を襲う。このまま血を流し続ければいつかは死ぬ事ができるだろう、けどそれはいつになるのか。それまでこの痛みに耐えなきゃいけないのか。


「お、願いーーッ、ころ、してっーー!!おねが、い!」


痛くて痛くて辛くて痛くて堪らなかった。震える手で刃物を掴むも力が入らず上手く扱えず落としてしまう。痛い痛い痛い痛い痛い痛いーー、早く死にたいのに、死ねない。身体中から体液を垂れ流して悠太に懇願する。殺してくれと。

隣に横たわる夢人さんの死体が目に入った。痛みに喘ぎながら傍に這って行き、冷たくなってしまった体に寄り添いその時が来るのを待つ。


「どうして、そいつなんだよーー。」


フラフラと悠太が私に近寄る。恐ろしいほどに憎悪のこもった瞳で私を見つめて近くにしゃがみ込む。そして乱暴に私を夢人さんから引き剥がすと、私の上に馬乗りになって両手で首を掴む。


「俺だってーー、お前ヲッーーッ。」

「ぐっーー、んンッ!!」


首を絞められながら無理やりに唇を重ねられる。必死に息を吸おうとする私の口の中に、ぬるっとした悠太の舌が入ってきて気持ち悪い。気持ち悪い、気持ち悪い、嫌だ、嫌ーー。


ガリッと音がして、口の中に鉄の味が広がる。私から唇を離した悠太の口から血が流れる。悠太は顔を歪め私の首を絞める力を強めた。首から唇から下からどんどん冷たくなってくる感覚に、あぁ、やっと死ねると涙を流しながら横目で夢人さんを見た。また、会いに行くからーー。


「どこみてんだよっ!」

「っ、ぁゔーー」


悠太の手の力が私の首の骨を折ってしまえるんじゃないかってほど強くなる。全てが霞んで見える。苦しい、もうすぐ終わる。痛い、もうすぐ終わる。何もかも終わる。


「いい加減、目覚ませよーー。」


悠太の苦しそうな声で紡がれた言葉が真っ白になる世界に響いた。


「ーーッ、はぁっ、はぁ。」


バッと目を覚まして息を吸い込む。喉に手を当てバクバクと鼓動する心臓の音を聞いて、目を覚ました事を確認する。何度目だろう。悠太に殺されるのは。全身嫌な汗でびしょびしょだった。

私は着替えようと起き上がった。


「ーーおはよう、綾乃。」


聞き慣れた声に私はその声のする方ーー、隣に視線を移すとそこには頬杖を立ててこちらを見ていた白いシャツの男性がいた。知らない男性、だけどその声は知っていた。


「えーー、ゆ、めひとさん?」


薄いブルーの瞳を細めて、薄い唇を緩ませ微笑む。彫りが深く、鼻がすっと通ってチラリと見える白い歯が印象的な誰が見ても目を奪われるような整った顔立ちの男性。またいつの間にか夢を見ているのだろうか、夢の中でも痛みを感じる私には夢か夢じゃないかの確認もできない。ただ、とにかくーー。


私は目の前の男性に飛びついて強く抱きしめた。その男性は受け止める際に少し驚いた声をあげたが、すぐに私の背中に手を回して抱き返してくれた。胸に耳を当て心臓が動いている事を確認してホッとする。


「私いつの間にかまた夢を見てるーー。ごめんなさい……。」


その謝罪は、またあなたを殺してしまう事に対する物だった。いつまた悠太が現れて、どんな手を使って私たちを殺しに来るか分からない。その恐怖に身をこわばらせてしまう。


「大丈夫だよ。こっち向いて。」

「んッーー、ぁ。」


夢人さんが私の顔を自分の方に向けさせて唇を合わせる。自然に目を閉じてしまっていたが、何度も唇を重ねるうちにふと薄めを開けて見ると、彼も目を開けていて視線が絡み合ってしまう。薄い綺麗なブルーの瞳、まつ毛が長くて優しい目元をしていた。今まで見えなかった顔が見えて急に恥ずかしくなってしまって、頬に熱が上るのを感じた。


何度も角度を変え唇を重ね、舌を絡めあってお互いの唾液を交換する。呼吸をするために吐く息が熱っぽく、唇を離す時にする官能的な音に体が熱くなってくる。


「ねえ、綾乃、僕のことーー好き?」


キスの合間に夢人さんが聞いてくる。


「っぁ、ン……好きーー。」


止まらないキスの合間に私も返事をする。私の返事を聞いた夢人さんはさらに深く唇を合わせる。

随分と長い間キスをしていたと思う。どのぐらいしていたか分からないが、とても長い時間に思えた。お互いに唇を離した時に唾液が糸を引いてプツンと切れた。体が熱を持っていた。私はその熱を移すかのように夢人さんに体を密着させる。


「覚めたくない……。」


そろそろ夢から覚めてしまう頃だった。キスをしてしまったからいつ目覚めても可笑しくない。それに悠太もまだ現れてない。緊張からドキドキと心臓の鼓動が早く聞こえる。ぎゅううと力一杯夢人さんを抱きしめた。


「綾乃。僕を見て。」


優しい声に私は顔をあげて夢人さんの顔を見る。彼は目元に皺を寄せ優しく微笑んで私を見ていた。

そしてーー、またキスをした。何度も。

彼の骨ばった男性らしい指が服の下で私の体を撫でる。

いつ夢から覚めてしまうのだろうか、今はまだ目覚めたくなかった。

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