第5話 愛し合いたいと思った


「綾乃っ!!おい、大丈夫か!?」

「っぁ、ーーいやぁっ!!やめて!!!!」


体を強く揺さぶられ私は目を覚ますと、先ほまで私達に刃物を向けていた悠太が私の肩を掴んでいた。私は咄嗟にその手を振り払って起き上がり距離を取る。息が上手くできなくて体から嫌な汗が滲み出る。


「どうしたんだよ!何か嫌な夢でも見たのか?」

「ッはぁ、ゆ、夢……、夢?」


困惑した表情で私を見つめる悠太を見て、私は刺された胸の辺りを手で触る。

なんともない……、だけど痛みは覚えている。あの燃えるような痛さは忘れるはずがない。血が抜けて全身の体温が奪われる感覚……。夢の中なのに痛みがあるってどういう事?


ーー「そんなに好きなら、お前も一緒に死ねよ。」


全身の毛が逆立った。あの時の不気味な笑みを浮かべて居た悠太の顔を思い出してしまった。今目の前にいる悠太は眉をハの字にして困ったように私の様子を伺っている。ただの夢だと切り替えるのに時間がかかった。


「すごいうなされてたから、起こした方がいいかなって……、大丈夫か?」

「ッ!?」


伸ばしてきた手を反射的に避けてしまう。現実の悠太があんな事をするはずはないのに刺された胸の辺りがジンジンと痛んでくる。


「ご、ごめん……、ちょっと怖い夢、見たから……。」


声が震えて上手く話せない。悠太の顔を見るとどうしてもさっきの恐怖を思い出してしまう。もう空は明るくなっていて、部屋に光が差し込んでいる。


「顔、洗ってくるっ!」


悠太を避けてしまった気まずい雰囲気に耐えられなくて、私は洗面室に逃げ込む。冷たい水で顔を洗って気持ちを落ち着かせる。鏡に映った自分を見ると血色が悪すぎてまるで死んだ人間のような肌をしていた。ずるずるとその場に座り込んで深呼吸をしながら、頭の中を整理する。


全て夢だった。そして夢の中の私は夢人さんに惹かれている。今の私は……。冷静に考えると夢の中の人間を恋しく思うなんて馬鹿げてるし、私は悠太を裏切る事はしたく無い。夢だと分かっているのにどうして彼の事を思うと胸が苦しくなるんだろう。目を瞑ると必死に私に声をかける夢人さんと、刃物を振り上げて笑う悠太の姿が鮮明に見えた。夢人さんは無事なのだろうか。そのまま夢から覚めてしまったからその後の事は……。


キスをしていないのに夢から覚めている。いままでキスしないで起きる事はなかったのに……、出来るだけしないでいようと思って過ごしたけれど、結局お互いに我慢出来ずに唇を合わせてしまうのだった。今回はーー、私が死んだから起きた?


「綾乃大丈夫か?」


ばっと振り返ると悠太が後ろに立っていて、嫌でも夢での一面を思い出させる。静かに息を呑んで、手をぎゅっと握りしめる。


「うん、大丈夫。」

「すごい顔色が悪いけど、具合また悪くなってたりーー」

「大丈夫だから!」


また私に触れようとした悠太の手をパシッと音を立てて振り払ってしまった。私は咄嗟に謝罪を口にする。


「ーーごめん。」


悠太を拒絶するのはこれでもう3回目だった。悠太は何も悪くない。私が変な夢を見てしまったから悪いのに、悠太にそんな顔をさせてしまうなんて。


悠太はひどく傷ついた顔をして、それを隠そうと顔を背けて無理に笑った。


「俺こそ、ごめん。はは、心配しすぎだよな。俺そろそろ帰るわ。なんかあったら連絡しろよな、俺綾乃の彼氏なんだから何でも話してくれていいから。じゃあ。」

「まっーー。ごめん。……また連絡する。」


引き止めようとした、だけど、今引き留めてなんて言えばいい?夢で貴方に殺されたから怖くて?言った所で私の中の悠太への恐怖が消えるわけじゃない。夢だと分かってても恐怖が消えない。痛みが消えない。夢人さんへの想いは消えない。私は悠太の背中を見送った。


悠太のいなくなった部屋で一人ベッドに仰向けに寝そべる。そもそもどうして私は夢を見るようになったんだろう。夢の始まりはもう覚えていない。だけどもう2週間ぐらいは毎日夢を見ている気がする。最初は何気ない変な夢だなと思っていただけだったのに。夢の中で意識を持つようになってからは、現実世界でも生きて、夢の世界でも生きて、二重生活をしている気分だった。

私は手を伸ばして机の引き出しを開けて瓶を取る。そしてその中からカプセルを2、3個手に出し口の中に入れる。水無で飲むのはもう慣れてしまった。静かに目をつぶる。


「綾乃。」


呼ばれて目を開けると見慣れた天井。隣を見ると夢人さんが私の隣で横になって私を見ていた。いつもの白いシャツ、どこにも赤い血はついてない。私はほっとして夢人さんに抱きついた。あの夢が最後かもしれないって思った。イレギュラーな事が起きた夢のせいで、2度と会えなくなるのかもしれないって思った。


「生きててよかったっ。」


抱きつくと力強く抱きしめ返してくれた。そして私の髪を優しく撫でながら、いつもより低い声で夢人さんが話し始める。


「どうしてあんな事したの?僕を庇うなんてーー。綾乃を守るのは僕だって言ったでしょ?それなのに……、目の前で冷たくなっていく綾乃を見る僕の気持ちも知らないで……。」


この人はどうして私を守ろうとしてくれるのだろう。何から守ろうとしてくれているんだろう。悠太みたいな事がこれからもあるんだろうか。だけど、きっと同じような事がまたあっても。


「夢人さんが危ないって思ったら、体が勝手に動いちゃった。次もきっとそうすると思う。」

「どうして?ここは夢だし僕は殺されても大丈夫。でも綾乃はーー」

「夢人さんが好きだから。好きだから、殺させたくないんだよ。」


顔を上げて夢人さんの目かもしれない場所をしっかり見つめて話す。表情は見れないけれど、下唇を少し噛んで私を見つめているのは何となく分かった。


「僕だってーー。僕だって綾乃が好きだよ。だから大人しく僕に守られててよーー。」


夢人さんは私の顔を包んで唇に近い頬にキスをする。唇以外のキスで夢から覚める事がないのはしっかり検証済みだった。頬、鼻、瞼と唇を落としていき、耳に唇を近づける。夢人さんの息がくすぐったくて思わず声が漏れる。


「ぁっーーくす、ぐったい……。」

「好きだよ綾乃。」


耳たぶを軽く噛まれ、息を交えた小声に体が震える。そのまま夢人さんは甘噛みしながら続ける。


「僕だけが綾乃をわかってあげられる。ほら、ここ好きでしょ?」

「やっ、舐めない、でっ。」


ちゅっと音を立てながら耳たぶを吸ったり、耳に舌を入れてきたり、いやらしい水音が頭に響いて何も考えられなくなって夢人さんに縋り付くように体を密着させる。足の間に足を入れると夢人さんのソレが固く熱を持っているのが太ももに感じた。夢なのに、夢人さんと愛し合いたいと思っている。


「ねえ、キスしたい。」

「や、やだ……。」


触れそうなぐらい近くにある夢人さんの薄い唇に、私自身触れたくて仕方なくなる。だけど今は夢から目覚めたくない。私はキスをしないように顔をそらす。


「んンっーー、ゃ、……ぁ。」


耳の付け根から首筋に舌を這わせ、喉元に軽く噛みついてから音を立ててキスをする。ゾクゾクと背筋に流れる快感が頭を痺れさせる。いつの間にか夢人さんが私の上に覆い被さるように体制が変わっていた。鼻と鼻をすり合わせ、お互いの吐息がわかるぐらいに距離が近づく。


「綾乃はいまも僕が自分の思い通り動いてると思ってるでしょ。でも僕はーー」



それは突然の事だった。



ぱあんと乾いた音が響き、夢人さんが倒れてきた。


「え、夢人さん?」


夢人さんは何も言わない。何かぬるっとした物が頬を濡らす。私は頬に触れてその手を見てみると、赤黒い液体がべったりついていた。


「夢人さん?」


何を言おうとしていたのか、その先の言葉の続きはわからないまま夢人さんは喋らなくなった。白いシーツに赤い水溜りが広がっていく。暖かくて心地よかった夢人さんの身体は重く冷たくなっていく。私は夢人さんの下から身体を引き抜き、何も言わなくなったその身体の頭を膝に乗せて抱きしめるように抱えた。前髪を掻き分けて顔がよく見えるようにする。その顔はこんな時でも見る事ができなかった。


今もどくどくと血が流れ出ているこめかみを見ると、穴空いていて反対側も同じように空いているのか私の膝を濡らしていく。

 

「くく……はははははっ!はは!なんだよその顔!どうせ夢なんだから気にする事ないだろ!?」


血塗れで茫然とただ夢人さんを見下ろす私を嘲笑う悠太の手には黒い拳銃が握られていた。何が面白いのか腹を押さえてのけぞって大笑いをする悠太に私はふつふつと怒りが湧いてくる。


「綾乃お前が悪いんだ、そんな得体の知れない奴の事を選ぶから。」

「だからってこんな酷い事しなくてもいいでしょ!」

「俺はお前のためにやってんだよ!いい加減目を覚ませよ!」


カチャと音を立てて私に銃口が向けられる。私は動かない夢人さんの頭を抱えて目を瞑った。


「俺はお前を助けたいんだよ……!」


大きな音とともに自分の体から力が抜け落ちた。血の池ができているベッドに倒れ、赤い水飛沫が跳ねた。黒く固まって来ている血に、私の鮮血が混じってマーブルを作っていく様子をぼんやり眺めた。ほとんど感覚がない指先で夢人さんの頭に軽く触れたーー。

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