流れ星より、サンタより。

青時雨

流れ星より、サンタより。

ハロウィーン当日から2日前の夕暮れ。



「ああ、大丈夫さ。孫に会えるまでは死なないから。そうだとも、約束する。お前の子どもに会うことが私の昔からの願いだからね」



こうして話し込んだ日は、寂しさからか最後かもしれないと思ってしまうからか、自分から電話を切れなくなったな。



「願いを叶えてもらうなら、流れ星かな。それともサンタクロース?。…どちらももう間に合わないかもしれないが」



重いため息を吐きながら呟くと、ドアベルが鳴った。お客さんかな?、と思った時には自然と気持ちが切り替わる。

少しだけ──いや、それは嘘になる。動くと身体が痛かったが、気にしないことにする。それでもいいからと退院したんだから。病院にいたって、ここにいたって、もう結果は変わらない。

深呼吸すれば、まだ大丈夫。

扉を開けると、意外なお客さん。



「トリックオアトリートっ!」



数えたら、8人ものジャック・オ・ランタンがバスケットを持って家の前に立っていた。みんな三角形の目で私を見上げている。

近所に子どもなんていなかった気がするが、もしかしたら最近こちらの方に越してきたのかもしれない。しばらく家を留守にしていたから、そこらへんのことはわからない。



「ごめんね、バスケットに入れてあげられるお菓子が今なくてね」


「あららー」


「じゃあおじいさんはトリックを選んだことになるね?」


「悪戯しちゃうぞっ!」


「どんな悪戯がいいかな?」



4人のジャック・オ・ランタンが話し合っているのを微笑ましく見守っていると、残りの4人が小さな手で重い扉を押して中を指さした。



「どんな悪戯にするか考えるから、中にいれて」


「お外は寒いよ」


「ここらへんはお墓ばかりだし、不気味だからさ!」


「ねえ、ねえ、いいでしょおじいさん」



頷くと、8人のジャック・オ・ランタンがわらわらと店内に入ってきた。

わあっと歓声をあげてくれのは、いつだって嬉しいものだ。



「おじいさん、ケーキ屋さんなの?」


「そうさ」


「ぱてぃしえって言うんだよね?」


「そうそう、よく知っているね」



中にケーキの並ぶ大きなケースがある。8人よりも少し背が高い。

ここを訪れた子どもたちは大体そこにべったりと額と手のひらをくっつけるところだけど、ジャック・オ・ランタンたちはかぼちゃの頭をくっつけていた。



「なら作ってよ、ケーキ食べたい」


「うん、ケーキ食べたい。ねえだめかな?」


「いいよ、これが最後になるかねぇ……」



おじいさんがケーキを作っている間、8人のジャック・オ・ランタンは店内で思い思いに過ごした。



「ねえ、壁に何か貼ってあるよ」


「ほんとだ。写真じゃない?」


「おじいさんと、おじいさんにそっくりなおねえさんと、全然似てないお兄さん」


「おねえさんのお腹は大きいね」



他にも、壁に飾られたものを眺めて何やら話している4人のジャック・オ・ランタン。

別の4人のジャック・オ・ランタンは、既に封が切られ、読まれた形跡のあるおじいさん宛の手紙を勝手にはさみで切っていた。



「病院からの手紙だね。しわくちゃになってるし、切ってもいいやつだよきっと」


「ちょきちょき。みてーくろねこ〜」


「お父さんへ、だって。これは切っちゃだめだね」


「おばあちゃん宛の手紙はないね?。おばあちゃん、もういないのかな?」



ちょきちょき、ちょきちょき。はさみを使うのが楽しいみたい。

おじいさんは時間をかけて、時々休憩しながらあまーいかぼちゃのケーキを作ってくれた。

8人のジャック・オ・ランタンは椅子によじ登って、かぼちゃのホールケーキを囲んだ。

切り分けられたケーキの乗った皿が8人全員に行き渡ると、おじいさんが丸椅子を持ってきて誕生日席に座った。



「さあ、おたべ」



フォークを持ったジャック・オ・ランタンたちは一斉にケーキを食べようとして、何かに気がついたようだ。みんな手を止めて、おじいさんをじっと見る。



「おじいさんの分は?」


「おじいさんのお皿はおばけに割られちゃった?」


「おじいさんはケーキ食べないの?」


「まさか…ケーキ嫌い!?」



おじいさんは左側に座っている4人のジャック・オ・ランタンに、にこやかに答える。



「私の分は考えていなかったから、ケーキは8等分してしまったよ。悪いね、一緒に食べてほしかったかい?」



8人のジャック・オ・ランタンたちは顔を見合わせ、1人のジャック・オ・ランタンが元々ホールのケーキが乗っていて今は空になっていた大きなお皿を手に取った。時計回りに皿を回し、最後のジャック・オ・ランタンがおじいさんにそのお皿を渡した。

そこには一回り小さなホールケーキが乗っていた。



「はい、おじいさんの分」


「…いいのかい?」



8人のジャック・オ・ランタンは、三角の形をしたケーキの1口目をフォークで切り取り大きなお皿にのせていった。だから、8人のジャック・オ・ランタンの皿に乗ったケーキはみんな1口目が欠けて三角形ではなく、歪な台形になっていた。



「うん!。みんなで美味しく食べようよ」


「あ、おじいさんの目から涙!」


「嬉しいのかな?嬉しいんだね!。ふふふふ」



右側に座った4人のジャック・オ・ランタンは思ったことを口にした。

おじいさんは嬉しくてうっかり流れてしまった涙を拭いて、その手でフォークを持った。

一回り小さくなったホールケーキを食べた。ほとんど味がしないけれど、8人のジャック・オ・ランタンの幸せそうな顔を見てほっとする。

最後のケーキ、美味しく出来たみたいだ。






そこから起きた出来事は、とっても早かった。

おじいさんはにこにこしたまま黙り込んじゃって。

だからみんなで協力して、人を呼んだんだよ?。

大変だったんだから。

駆けつけた人たちはみんな涙をぽろぽろ流してて。

みんな顔を覆って泣いてた。

おじいさんの名前を何度も呼んでたね。

みんなケーキ屋さんが大好きだったってことだね!。





☆ ☆ ☆ ☆ ☆





「そろそろ行かないと。心残りはあるけれど、こればっかりは仕方のないことだからね」



あの後おじいさんの身体はすぐ病院に運ばれたけど、2日経った今おじいさんの心はおここにいる。



「ねえおじいさん、聞いてくれる?」


「いいよ」



墓場を歩きながら、1人のジャック・オ・ランタンはおじいさんの服の裾を引っ張った。



「うんと考えたんだ。そう!、悪戯!」


「行っちゃう前にちょっと一緒に来てよ。あ、ここ僕のおうちね」



1人は得意げに鼻を鳴らしながら、1人は沢山のおもちゃの置かれたお墓を指さしながらおじいさんの顔を見上げた。



「いいのを思いついたんだ。ぜーーーーーーったい驚くよ!」


「おや、そうなのかい?」



4人のジャック・オ・ランタンがおじいさんの背中を4人がかりで押すと、おじいさんはいつの間にか見覚えのある病院へ来ていた。自分の通っていた病院ではなく、娘がお嫁に行った町にある病院だ。



「ここは…」


「こっちこっち」


「ほらほら早く!」



1人のジャック・オ・ランタンがおじいさんの右手を、もう1人がおじいさんの左手を引いて、早歩き。

手持ち無沙汰にしていた2人が扉を開くと、赤ちゃんの鳴き声。



「 」



言葉を失ったおじいさんの顔を見て、8人のジャック・オ・ランタンはくすくすと笑ったり、楽しそうにおじいさんとおじいさんの娘の方を交互に見たりした。



「まごって言うんだっけ?」


「会えてよかったね」



幼い頃に母を失い数日前に父親も失った娘は、寂しそうに抱いた赤ちゃんを見下ろしていた。そんな彼女を気遣うように、彼女の夫が側に寄り添っていた。

赤ちゃんと目が合った気がしたおじいさんはちょっと緊張しながらも手を振ると、赤ちゃんはそれに答えるように笑った。

何も無い扉の向こうを見て笑う我が子に不思議そうに「どうしたの〜?」と尋ねる娘の声は優しい母親の声だった。毎日娘と電話していたおじいさんとよく似た声音。



「「「「「「「「驚いた?」」」」」」」」



8人のジャック・オ・ランタンは、おじいさんの顔をよく見ようとかぼちゃ頭を取っておじいさんを見上げていた。

みんなおじいさんと同じで、白く透き通った肌をしていた。



「君たちの悪戯は私にとっての贈り物だよ…ハッピーハロウィーン」



おじいさんは泣きながら8人のジャック・オ・ランタンたちに微笑みかけ、そして誰にも見えなくなった。

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