第17話 懸念する声

「それにしても……あそこの状況を見て考えれば、断崖から落ちたはずなのに。本当は違ったの? 朝になったらこうもすぐに見付かるなんて、思ってなかったわ」

 リスタルドはともかく、リーベルは最悪の状態に……なんてことを考えていたのかも知れない。

 実際、リーベルだけであれば、助かる見込みはまずなかった。

「テーズの声が聞こえた時、あたし達もびっくりしたわ。さっきリスタルドとも話してたんだけど、結界の中の世界って空間がねじれてるのかも。だから、こうしてうまく会えたんじゃないかしら」

「なるほどね。さすがは竜の結界ってことかしら」

 本当なら、リスタルドが飛んだことでさらにお互いの位置は離れてた……ということは、伏せておいた。

 なぜかリーベルは、その方がいいような気がしたのだ。

 リスタルドは話す必要がないと思ったのか、最初からその気がないのか、意識していないのか。

 彼も、その点には触れなかった。

「うまく合流できたし、それじゃ出発しようか」

 リスタルドが先に立って歩き始めたが、昨日までとはどこか違う空気を感じてしまうリーベルだった。

☆☆☆

 結界の中を進んでいると、昨日とはまた違った魔物が現れてはリスタルドによって退けられた。

 なぜか魔物達は、リスタルドにばかり向かって行くのだ。

 それが何度も何度も続くと、テーズが言っていた「リスタルドに反応しているのでは」という説も、何となく当たっているように思われてくる。

「リスタルド、大丈夫?」

 リーベルにはわからないが、何度か結界を通り過ぎる。

 しばらく進むと、狐や蛇だのといった小さい魔物が現れ、結界を通り過ぎるごとに狼や熊だのといった大型の魔物が次々に登場するのだ。

 テーズも応戦はしていたが、ほとんどをリスタルドが排除していた。

 その気になれば、一気に消し去ることはできる。

 だが、リスタルドは殺さない程度の力で魔物と対峙していた。このままでは自分が不利だ、と魔物が思って撤退する程度の力だ。

 気持ちの優しいリスタルドには、魔物を全滅させられない。いや、なぜか全滅させない方がいいような気がしたのだ。

 しかし、それは結果として、戦闘が長引く。つまり、力を使う時間が長くなることを意味する。

「もういいよ、リスタルド。休んで」

 リスタルドの呼吸が次第に荒くなり、顔も少し青ざめてきた。

 彼の様子に気付いたリーベルは、近くの木にもたれるようにして座らせる。

「今日はここまでにしましょ。慌てて先へ進むことはないんだから。ほら、手も冷たくなってきてるわ」

 昨夜触れた、リスタルドの手を思い出す。

 本当に死んでしまったのかと思うくらい、冷たい手だった。あんな手には、二度と触れたくない。

 今だって、かなり冷たくなっていた。

「だけど、あんまり、遅くなったら……ジェダが、心配する……だろ」

 リスタルドとしては、少しでも早くリーベルが家へ帰れる状況に持って行きたい。それには、魔物を追い払って、先へ進む以外に方法がないのだ。

 そんなリスタルドの気持ちをあざ笑うかのように、なぜ今日はこうも次々と魔物が現れるのだろう。

「もうっ。肩で息をしてるのに、何を言ってるの。だいたい、何のためにリスタルドが伝言の魔法を使ったと思ってるのよ。父さん達を心配させないためにでしょーが」

 リーベルはたすきがけにしていたカバンを下ろすと、それを枕にするようにしてリスタルドに横になるように言った。

「疲れた時は、さっさと休むに限るの」

「でも」

「うだうだ言ってないで、さっさと寝るっ」

「は、はい……」

 竜も何もあったもんじゃない。

 さらに言えば、リスタルドの年齢はリーベルより上のはずだが、主導権は完全に彼女が握っている。

 しかし、実際のところ、リスタルドは休むことができて、ほっとしていた。

 もう一回でも魔物が現れたりしたら、相手の数によっては途中で力尽きるだろう。

 昨日のように「リーベルを守らないと」という神経が緊張した状態なら、かろうじて最後の魔物が逃げて行くまでは持ち堪えるかも知れない。

 だが、それが終わればいつものように倒れてしまうだろうとは、容易に想像できた。

 やはり横になると、身体がとても楽になる。こわばった手足から、力が抜けて行くのがわかった。呼吸も、次第に落ち着いてくる。

「今日はここで夜明かしね。何か食べられそうなもの、近くにあるかしら」

 リーベルもテーズも、山にこもる気はなかったので、食糧の持ち合わせはない。食べられそうな木の実などを見付けたら、その都度口にしていた。

「さっき歩いて来た時、赤い木の実がなっていた場所、わかるかな? あれなら食べられるはずだよ」

 ちょうど魔物に襲われている時だったので、その時はそこをスルーしていた。

「そうなの? じゃ、採って来るわね。テーズもお願いできる?」

「構わないけど、リスタルドだけを残して大丈夫なの?」

「魔物が逃げた直後だもん、しばらくは戻って来ないわよ」

 何の根拠もないが、リーベルはそう言い切った。

 それに、リスタルドはまだ意識があるから、いざとなれば自分の力で何とかできるはず。

 逆に、彼が言った木の実のある場所へ行くまでに何かが出て来たら、危ないのはリーベルの方なのだ。

 持っていた袋は、現在リスタルドの枕。カゴの代わりになるような物もないから、一人で木の実をいくつも持つのは大変。魔物が出た時の対処は魔法使いにお願いしたい、というのでテーズに同行を頼んだのだ。

「テーズ、ぼくは大丈夫だから。リーベルを手伝ってあげて」

「わかったわ」

 魔法使いは小さくうなずき、二人はさっき来た道を戻って行った。

 二人の足音が遠くなるのを聞き、リスタルドは小さくため息をつく。

 さっきのリーベル、やけに迫力あったなぁ。母さんやプレナにもよくああいう状態で言われることはあるけれど、まさかリーベルにまで言われるとは思わなかった。

 休むよう、ずいっとリーベルに迫られたことを思い出し、リスタルドは苦笑した。自分の周りには、似たようなタイプの女性が集まってしまうものなのだろうか。

 それにしても情けないなぁ。こういう場所で先頭に立って動き回るべきなのは、ぼくの方なのに……。

 リーベルがさっき言っていたように、魔物達が「しばらく戻って来ない」ことを祈るしか、今のリスタルドにはできない。

 テーズが一緒にいるものの、彼女が魔物達に余計な刺激を与えないでいてくれるかどうか、少し不安だ。

 実際、今日彼女と合流して一緒に魔物と対峙した時も、何度か危うい場面があった。かろうじてリスタルドが彼女の魔法を弱めたおかげで、魔物達を必要以上に傷付けないで済んだのだ。

 その余計な作業があったおかげで、リスタルドの負担がまた増えてしまったのだが……。

 早くおじいさんの所へ行って、早くリーベルを家に帰したいんだけど……この先に竜の結界っていくつ残っているんだろう。

 今更ながら、出掛ける時にもう少し詳しくカルーサに状況を聞いておくべきだった、と反省するリスタルド。

 いきなり、竜珠を受け取りにニキスの山へ行ってロークォーに会え、と言われ、そのまま来てしまったのだから、我ながらあきれる。

 こんなだから、リーベルからのんきだって言われるんだよね。母さんはどれだけかかってもいいって言ってたけれど……それはどれだけかかるかわからないくらい、おじいさんのいる所がはるか彼方ってこと? ぼくだけならどうってことないけれど、やっぱりリーベルがいるこの状況だと、ありがたくないなぁ。いくらジェダに「リーベルの帰りが遅くなる」って伝言したって、時間がかかりすぎたらやっぱりよくないだろうし。

 そんなことをつらつら考えていたリスタルドは、いつの間にかうとうとしだした。疲れと魔力の消耗に、身体はやはり限界にきていたのだろう。

(話よりは……)

 どこかで、誰かの声がした。聞いたことのない声だ。

 何かを話している……いや、この口調だと独り言だろうか。

 誰なんだろう、とは思ったが、リスタルドは声の主をそれ以上気にかける気力がわかなかった。

 だいたい、周囲を見回そうにもまぶたが重くて動かない。いや、これは耳ではなく、頭に響く声だ。

(あの……はまずいな)

 声の主より、その言葉にリスタルドは少し反応した。

 もしかして……ぼくのことを言ってる、とか? 腕が悪いのは認めるけれど。

 対応がまずいのか、魔力レベルがまずいのか。何にしろ、まずいなんて言われても、今の段階ではこれがリスタルドの精一杯。

 だから、他の竜ができるようなことを自分もできるように、がんばっている最中なのだ。

 そうは思ったものの、今の言葉があきれたようではなく、何か懸念しているような口調だったのが少し気になる。

(今回は……た方がいいか)

 何? 何をどうするって?

 もうろうとした意識の中で聞いていると、言葉も途切れがちになり、意味がしっかり掴めない。

(まったく、あの娘も……)

 娘……娘って、リーベルのことっ?

 今度こそまともに反応し、リスタルドは目を開いた。さっきまでまぶたが重かったのが、嘘みたいだ。

 それから、いつも以上に重く感じる身体を何とか起こした。

 自分のことはともかく、リーベルのことは放っておけない。リスタルドには今の声の主が誰なのかわからないが、まさか彼女に危害を加えられたのでは……。

 それなら、すぐに助けに行かなくてはならない。

 ざっと見渡した限り、まだ二人は戻って来てないようだ。

 眠ってしまってから、どれくらいの時間が経ったのだろう。これと言って目安になるものが周囲には何もないので、さっぱりわからない。

 座ったまま、彼女達が歩いて行った方の気配を探る。そう離れていないので、すぐに感じ取れた。

 ……特に何事もなさそうだ。周囲に魔物の気配もない。

 夢、だったのかな。だけど、誰かがリーベルをどうこうするって……あ、いや、そこまではっきり言ってなかったかも。

 あの娘、という単語が聞こえただけだ。女性が二人いて「娘」と呼ばれるなら、リーベルの方が可能性は高い……ように思える。両方を指すなら「娘達」のはず。

 テーズだけなら「女」あたりで表現されるだろう。あくまでもリスタルドの感覚でしかないのだが、その方がしっくりくる。

 だいたい、それ以前に声の主が指しているのが、あの二人と決まった訳ではない。

 しかし……気になるものは気になる。

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