第16話 再会
「できなくはないだろうけど……。テーズとはまだ会ったばかりだから、わかりづらいんだ。リーベルならよく知っているから、捜しやすいんだけれど」
それに、テーズには悪いが、もしリーベルとテーズが逆であったなら、リスタルドの捜そうという気合いも全然違う。
出会ってから二、三時間くらいにしかならないテーズとリーベルとでは、どうしたって比べようもない。
それでも、結界内へ連れて来てしまった、という責任はリスタルドにもある。
いくら「自分の身は自分で守る」とテーズが言っても、リーベルの時と同様、彼女の同行をはっきり拒否しなかった彼にも非はあるのだ。
川から離れ、ふたりは森の中へ入る。少し歩くと、リスタルドはテーズのことを思い出しながら気配を探った。
「……え?」
「どうしたの?」
「あ、いや……すぐ近くに、テーズの気配を感じるんだ」
探ろうとしたら、あっけないくらい近くに人間の気配。ここまで来る人間が、そうたくさんいるとも思えない。しかもこれは覚えのある気配。
間違えようもない、これはテーズだ。
「だけど、おかしいな。彼女がぼく達を捜しに歩いて来たとしても、こんなに近くまで来てるなんて」
リーベルが落ちた高さを距離にすれば、かなりのものだった。それは間違いない。
さらにそこから、リスタルドはしばらく川の上を飛んでいた。見知らぬ土地で、魔法使いと言っても、人間の女性が追いつけるような距離ではなかったはずだ。
まさか、夜を徹して歩き続けたのだろうか。
しかし、リスタルドが感じる気配は、体力が落ちている人間のものとも思えない。
「この結界の中って、実はこっそり空間がねじれてたりするんじゃない? あそこにいたと思ったら、次の瞬間には全然違う所へ行くハメになったりとか」
「んー、そうなのかなぁ」
言いながら、ふとリスタルドはリーベルの想像が当たらずとも遠からずなのでは、と思った。
空間がねじれているかどうかはともかく、ここは竜の結界内だ。竜の力がなければ先へは進めない、とカルーサも話していた。
竜のリスタルドがリーベルを追って後退する、という形になってしまったことで、一人になってしまった人間のテーズは結界の力でいわば「振り出しに戻る」状態にされたのかも知れない。
それなら、移動手段が自分の足しかないはずのテーズがこんな近くまで来ていることも、あっさりと納得できるのだ。
ぼくが進まないと、みんなも進めないってことか。
これだけを聞いていると面倒な気もするが、今の状況では助かった。捜し回ることなく合流できるのだから。
「テーズー!」
適当な方向に、リーベルが呼び掛けた。返事は聞こえない。まだ声が届く範囲にはいないのだろうか。
テーズがいるであろう方向へ、ふたりは歩き始めた。
「きゃっ」
「リーベル?」
先を歩いていたリスタルドは、リーベルの声に慌てて振り返った。
「どうしたの?」
「枝に髪が引っ掛かったの。あー、びっくりした。誰かに引っ張られたのかと思ったわ」
低い位置に伸びていた枝の先に、わずかながら絡んでしまったようだ。引っ掛かったと言う髪は、すぐに取れた。
「今頃気付いたけど、リボンが切れちゃってたのね」
リーベルは肩より少し長い髪を、いつも高い位置で一つに束ねている。今は結ばないでそのままの状態。
落ちた時かリスタルドが飛んでいる時か、もしくは鴉に襲われかけて逃げる時か。とにかく、昨日のどこかでリボンが切れてしまったのだろう。
リスタルドはリーベルの傷の方にばかり気を取られていたので、言われるまで全然気付いていなかった。
今朝、彼女の髪を見ていたはずなのに。
「どうしよう。こんな山の中に、リボンなんかはないし……」
さすがにツルで代用、は勧められない。
「あ、いいのよ、リスタルド。あたし、いつも予備は持ってるのよ。外へ出た時に、こういうことはたまにあるしね。気分で二つに結いたい時もあるから」
落とさなくてよかった、と今朝喜んでいたカバンの内ポケットから、リーベルは白いリボンを取り出した。
「……大丈夫?」
リーベルの髪を束ねるしぐさがぎこちないと言おうか、何となくやりにくそうに見えた。
「だ、大丈夫よ。まさかこんなことになると思ってないから、ブラシまでは持って来てなかったもん。髪がちょっと指に絡んだだけだから」
苦笑いしながら、ようやくリーベルは髪を束ね終わる。
「そうだ。その腕も歩く時にむき出しのままじゃよくないね」
傷を治療するため、リスタルドが破ったリーベルの右袖。
傷がなくなったのはありがたいが、右だけノースリーブ、というのはリーベルもありがたくない。
「うん……。だけど、さすがに着替えまでは持ってきてないし」
「そうだろうね。完全に予定外の状況だから。……ごめん、色は違うけど」
リスタルドが、手の平に収まるサイズの黒いカードのようなものを出した……ようにリーベルには見えた。
それでリーベルの右腕をなでるようなしぐさをすると、黒い袖が現れた。同時に、リスタルドの手から黒いカードは消えている。
「わー、すごい。どうしてこんなのができるのぉ?」
綿ではない。つるっとした手触りだが、絹でもなさそうだ。とにかく、とても手触りがいい。
新しく現れた袖がきれいなので、着ている元の服が粗末に見えてしまう。
だが、その黒い光沢を見ていたリーベルは、はっとする。
「リスタルド……今の、もしかして鱗なんじゃないの?」
「うん。部分的な着替えってことで」
竜の鱗など、今までまじまじと見たことはないが、人間の手の平くらいの大きさなら竜の身体に対して案外小さいんだな、とリーベルは思った。
いや、それよりも。
「そ、そんなことして、リスタルドは平気なの? たとえ鱗一枚だって、リスタルドの身体の一部でしょ」
「そうだけれど、平気だよ。爪や髪みたいに、また生えるものなんだから」
「だけど、無理にはがしたりしたら、痛いんじゃないの?」
爪や髪は切っても平気だが、抜けば痛い。人間に鱗はないのでこればかりは想像でしかないが、似たようなものではないのか。死んだ魚の鱗をはがすのとは、訳が違う。
「どこの鱗をはがしたの。傷になったりしてない? 出血は?」
「心配しなくても、ぼくだってそう無茶しないよ」
放っておいたら、そのうちリーベルに身体検査をされそうだ。
「本当に無茶してない? リスタルドに無茶してる自覚がないだけじゃないの?」
微妙に失礼な言い方だが、リスタルドの場合は本当に自覚がなさそうだから怖いのだ。
「大丈夫だよ。取っても身体に影響のないものを使っているから」
「……本当?」
「うん。それに、リーベルのためなら鱗一枚くらい、どうということはないよ」
「ありがとう……リスタルド」
他に言葉がなく、リーベルはそれだけ言った。
「さぁ、行こうか」
「うん」
改めて再出発……という時。
リスタルドの耳に、自分の名を呼ぶかすかな声が届いた。
「テーズ……テーズの声だ」
「すぐ近くまで来たのね」
少しすると、リーベルにも確かにテーズの声がはっきり聞こえた。こちらからもう一度呼び掛けると、向こうも聞こえたらしい。
程なくして、リーベル達は再会を果たした。
「テーズ! よかった、無事だったのね」
「このままお互いが迷ったままだったら、どうしようかと思ったよ」
現れたテーズには、見たところ有事を想像させるようなものはなかった。昨日、鴉に襲われる前のままだ。
「ああ、ようやく会えた。もう、本当にどうしようかと思ったわ。私だけじゃ、進むに進めないようだし、かと言って簡単に戻ることもできないんだから」
……え?
テーズの言葉や表情に、リーベルはかすかな違和感を覚えた。
あたしの気のせい、かな。余計な面倒をかけてっていう、どこか迷惑そうな表情に見えたんだけど。それに、大丈夫かっていう言葉もないし……。
リーベルが落ちたのは、その瞬間を見なくても状況としてわかるだろう。
こうしてふたりを捜していたらしいから、リーベルとリスタルドがどこへ向かったのかを知ろうとすれば、最初にあの崖が目に入るはず。
その後、下を見て状況を確認して……。
ふたりがこうして無事に立っているのを見たと言っても、少しは無事かどうかを尋ねそうなものだ。
あたしが竜と一緒だったから、心配しなくてもいい、と思ったのかな。
だとすれば、何となくわかる。魔力の高い竜と一緒で、何かがあるはずはない。
そう思えば、心配するだけ無駄だ、となるのだろう。
心配してくれ、と言うのではないし、そういうことなら話もわかるのだが……ちょっと冷たい気がしてしまうのは否めなかった。
「テーズ、あれから鴉は増えたりしなかったかい?」
「増えるどころか……」
リスタルドの言葉に、テーズは軽く肩をすくめた。
「リスタルドがいなくなった途端、拍子抜けするくらい簡単に引き下がったわ。私がびっくりしている間に、どこかへ消えていったの。その後は、魔物の気配なんてまるでなしよ」
「そ、そうなの……?」
どこか不機嫌そうに言われ、リスタルドも相づちに困る。
「あの鴉や周囲にいたらしい魔物達って、リスタルドを狙ってたんじゃない?」
「ぼくを?」
「でなきゃ、あっさりいなくなった理由がないもの」
テーズの話を聞いていると、リスタルドがリーベルの方へ走って行き、一部の鴉もそれを追った。
しかし、それっきり。
残った鴉達は、あっけなく飛び去った。テーズに見向きもしない。
辺りは完全に静寂に包まれ、生き物の息吹すらも感じられなくなった……ということのようだ。
「だけど、あの後ぼくらの周りにも、魔物は全然現れていないよ。眠る時に結界を張ったけれど、それに手をつけられた痕跡もまるでなかったしね」
「じゃあ、私の方はともかく、あなた達の方は魔物がいないエリアに入っていた、とかじゃないかしら」
「そう……かも知れないね」
結界に誰かが手を出した、という跡はなかったが、こちらが知らないだけで遠巻きに魔物達が見ていた、ということもありえる。
全く現れなかったという証拠はないものの、安全地帯に入れたということなら、それはそれでいい。
昨日はもう、魔物を相手にするどころではなかったのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます