第7話 アメリ

「失礼ながら陛下は只今ご就寝中でございまして……」

「ならば中で待たせてもらおう。極寒の外で待てとは言うまいな」


 傲慢な学長の声が聞こえてくる。

 私は足が震え、今にも座り込んでしまいそうだった。


「では、別室にご案内いたします。広間は使用中ですので……」

「何か催し物かね。良ければ我々も顔を出させていただきたいものだが。何せ、『歌うたい』を連れてきたのだからな」

「でも、『歌うたい』は…………」


 残ったほうの警備がちらちらとこちらを窺っている。


「何を渋っている? 次の『歌うたい』をお目にかけようというのだよ。この、アメリ・・・・ヒューズ嬢をな!」


 私は目の前が真っ暗になるような感覚に陥り、思わずしゃがみこんでしまった。ネフェルリリィさんが駆け寄ってくるのが暗い視界の端にぼんやりと映る。


 アメリ。

 どうしてその名前をここで聞く。


 学院でずっと私を虐めていた、アレの名前を。


「失礼いたしますわ!」


 耳障りな高音を発しながら、アメリが室内に入ってくる。


「わたくしがアメリ・ヒューズでございます。ヒューズ侯爵の娘、といえばお分かりですわね?」


 いつもの調子で自分の出自を鼻にかける。

 彼女のほうを横目で見ながら、どうしたことかと人々はぼそぼそ会話していた。


 そのうち、一人の参加者がアメリに近づいて言った。


「新しい『歌うたい』の件については、もう王城へ、派遣は不要と手紙を出したはずですが……」

「確かにそんな手紙が届いたようですが、手違いでしょう? だってまだ、学院で選抜さえしていなかったのですもの」


 竜帝へ派遣する『歌うたい』は、ほとんどの場合、竜帝側からの要請を受けて学院から選出された成績優秀者が引き受ける。


 私のような、流れてきて拾われるほうが珍しい。


 珍しい………のだが、オーウェンはきちんと王城へ報告していたはずだった。運命の『歌うたい』が見つかった、と。


 それを学院側では納得していないようだった。


「そうだ。我々はそんな『歌うたい』を把握していない。だからこうして急ぎやってきたという訳だ。さあ、一体誰が騙っているというのか名乗り出よ!」


 騙ってなんて、と言おうとしたが、声が出ない。


 いや、息もできない。


 かひゅ、かひゅと喉が鳴る。


「シアちゃん…………」


 ネフェルリリィさんが背中を撫でてくれる。

 城の人々はいよいよ訳が分からない、といった様子で私のほうを見た。


「騙っている…………? でも、実際助けてくれたのはシアちゃんだしなあ……」

「大体、急いで来たからって何の知らせもないほうが怪しくないか?」


 嬉しいことだが、周りの皆は私のほうを信じてくれている。

 その光景に歯噛みしたアメリが、つかつかと私のほうへ寄ってくる。逃げたかったが、立ち上がれない。


「ちょっと! 顔を見せなさいよ!」


 ネフェルリリィさんの制止も間に合わず、俯いていた私をアメリが突き飛ばして、ばちん、と目が合う。


「……………………っ」

「──────!!」


 アメリの顔が真っ赤になるのが見えた。


「あんた……………………っ!!」


 そこに、知らせを受けてオーウェンが戻ってきた。


 倒れ込んでしまっている私と、それを睨みつけているアメリ。


 血相を変えたオーウェンが私のほうへ急ぎ歩み寄る。


「シア!」

「は…………っ、はっ………」

「ゆっくり、目を閉じて、落ち着いて息を吐くんだ」


 ばちばちと竜気を放ちながら、オーウェンが学長とアメリの方を見る。


「どういうつもりか? の『歌うたい』に」

「なんでそいつが…………っ、その服を着ているの!!」


 私の衣装を踏みつけようとしたアメリを、オーウェンが指先一つで止める。


 吹き飛ばされたアメリが、置かれていた丸いテーブルにぶつかる。グラスや皿が割れる音が響き渡る。


「どういうつもりか、と聞いている」

「竜帝陛下! これは………………」


 私の顔を見た学長も顔色を変える。

 アメリを立たせながら、学長が叫ぶ。


「そやつは学院を追い出された盗人ですぞ!」


 その言葉に、オーウェンの瞳が変わるのが分かった。


「盗人って…………?」

「シアちゃんが? まさか」


 人々のざわめきが一層大きくなる。


「私が、そのような言葉に騙されると思うてか」


 地の底より這うような低音が、オーウェンの唇から漏れた。


「学長。『歌うたい』の導き手でありながら、竜に疎いとは愚かなことだな」

「は…………?」

「竜に嘘は通じぬ。その程度も、知らなんだか」


 学長が、嘘を吐いている…………?


 途端、私の混乱する頭に一つの正解が浮かび上がる。




 そうか、学長は本当の犯人を知っているんだ。

 私が追い出される原因になった、あの盗みの。




「いや、長く時が経ち過ぎたのだな。我々のいかる姿を人は忘れたと見た」


 今のオーウェンからは、普段の穏やかで爽やかな様子は欠片も窺えない。


「いい加減に、してよ…………!」


 アメリが、呟くように言った。それから、鬼のような形相で叫ぶ。


「ようやく…………! いなくなったと思ったのに!!」

「アメリ…………っ」

「ッ馴れ馴れしく呼ぶなァ!! お前は薄汚い盗人なんだよ!!! 黙って消えとけよ!!! 私がァ!!! ここまで手を尽くした・・・・・・のにィ!!!!」


 …………手を、尽くした?


「まさか…………」


 あなたが、と零れた声も、彼女の怒声に掻き消される。





「──────────────────ッ!!」





 何と言われたのか、分からなかった。死ね、だったのか、邪魔だ、だったのか、その音は私の脳が理解を拒んだ。


 力のある『歌うたい』が放つ、殺意の込められた悪性の言葉。それが、私に突き刺さる。


 魂をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられるような感覚がして、私は意識を失った。

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